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28 休息の依頼

「メラニーくん、クロヴィスくん。今日は折り入って二人に頼みがある」


 お花屋さんの営業時間も終わり、生花の手入れをしていた時に訪ねてこられたアルベール枢機卿様は開口一番にそう仰った。


 今日はクロヴィス様がお店のお手伝いをしてくださっていたものだから、私達はお互いに顔を見合わせると、作業の手を止めて枢機卿様に向き直る。


「アルベール枢機卿様が私達に頼み事だなんて、ジェロームに関係した事でしょうか?」

「あぁ、流石メラニーくんは慧眼だ。よく解ったね」


 驚いた様子で枢機卿様は目を丸くされているのだけれど、枢機卿様が気にされているのは大概ジェロームの事だから、多分大神殿の誰もが私と同じ事を言うに違いない。そう確信しているものの、それは言わずに言葉を呑み込む。


「ジェロームが何かしでかしましたか?最近は大人しく御役目を果たしている様に思いましたが……」

「いや、その逆だよ。どうも根を詰めすぎていて、まともに休息を取っていないのだ。あれではその内倒れるのではないかと心配でね」


 大きく溜息を漏らす枢機卿様が仰る通り、最近のというか教皇様に就任してからのジェロームは毎日忙しそうにしていた。東の神殿での習慣のまま朝食と夕食は一緒にとっているけれど、その他の時間はいつも仕事に追われている様に見える。


 東の神殿ではかなり余裕がありそうに見えたし、毎日一回はお花屋さんに顔を見せに来て花を一輪買って行っていたのに、教皇様に就任してからは一度も来ていないのだから。


 慣れない教皇様という立場に加えて、傍にいるのは敬愛している養父のアルベール枢機卿様だ。


 クロヴィス様に以前聞いた話では、ジェロームが子供の頃はよく昼寝をしてサボっていたらしいけれど、大人になった今ではそれもしないのだから、きっと枢機卿様の前では以前と違ういい格好を見せたいのかもしれない。


 でもそれで自分を追い詰め、結果として枢機卿様に心配をかけてしまっているのだから本末転倒と言えるだろう。


「私が少し休む様に言ってもあまり効果がないのだ。だがメラニーくんとクロヴィスくんの言う事ならあの子は聞くんじゃないかと思ってね」


 この親子関係もどうにも拗れてしまっているから、枢機卿様がいつもの調子でジェロームに少し休めと仰った所で、彼は逆に休めなくなってしまったに違いない。


 私は少しだけ苦笑を漏らすと、こくりと一つ頷いた。


「事情は解りました。それでは私達はジェロームを息抜きに誘ったら良いのですね?」

「あぁ、その通りだ」

「でしたら、どこか息抜きできそうな場所はご存知でしょうか?私はまだあまり王都に詳しくなくて……」

「それなら神域の森へ行くといい。あそこなら神殿の敷地内であるし、妖精が住まう森だから清浄で美しい所だ。先代の教皇様もあそこによく息抜きに行かれていたからね」


 神域の森。


 それはこの大神殿と国王陛下のいらっしゃる王城との間に広がる広大な森の事だ。神域と言うからには女神様の力が色濃い場所なのだろうけれど、妖精さん達にとっては過ごしやすい環境でもあるその森に私達が入っても問題ないのだろうか。


 ちらりと枢機卿様の方を見れば、私の意を汲んだ様に優しく微笑まれた。


「神域の森は只人には清浄すぎて負荷があるが、メラニーくんは妖精に愛されし君であるのだし、クロヴィスくんは妖精の契約者だ。何の問題もないだろう。君の妖精も連れてたまにはゆっくりしてくるといい」


 アルベール枢機卿様の許可が出たのは明日丸一日だ。お店には明日に備えて臨時休業の札をかけておき、明日営業しないのならとカフェ用に作っておいた薔薇のジャムを使ったパウンドケーキを籠に詰めて私達はジェロームの元へと向かう。


 教皇様の執務室の前には丁度ジスランが警備の為に居て、私達を見るなり笑顔で手を振ってくれた。


「メラニーちゃんにクロヴィス殿!二人揃ってジェローム教皇様に会いに?」

「えぇ、そうなの。差し入れに来たのだけれど、今入っても大丈夫かしら?」


 手に提げた籠を見せれば、ジスランの顔がぱぁっと輝いた。


「この香りは薔薇の菓子だな!?前にメラニーちゃんが作ってくれた薔薇のジャムと林檎のタルト。あれ、めちゃくちゃ美味かったんだよね」

「ふふ、そんなに気に入ってくれてたなんて嬉しいわ。今日は薔薇のジャムのパウンドケーキなんだけれど、一つ食べる?」


 籠にかけた布を取って、あらかじめ食べやすい大きさに切っておいたパウンドケーキの一切れをジスランへと差し出す。


 生地にたっぷりの薔薇のジャムを練り込み、ストロベリーやクランベリーなどのベリー系のドライフルーツを加えて焼いたパウンドケーキに、エディブルフラワーの薔薇を上に散らした可愛らしいケーキだ。


 私も味見をしてみたけれど、華やかな薔薇の香りが口に広がって幸せな味がした。結構自信作だから、ジスランもきっと喜んでくれる筈だ。


 そう思ったのに、先程まであんなに目を輝かせていた彼は、私の差し出したパウンドケーキをじっと見詰めて固まってしまっていた。


「ジスラン?ほら、口を開けてちょうだい」

「え!?いや、まさかそれメラニーちゃんが食べさせてくれるの!?」

「だってジスランは籠手を着けているから汚れてしまうじゃないの。ほら、遠慮しないで」


 何故か顔を赤くしてたじろぐジスランに首を傾げつつも、パウンドケーキを食べさせようとしていたのだけれど、それは横から伸びてきたクロヴィス様に取られてしまった。


「メラニーさん、ジスランの籠手が汚れるのを気にしている様でしたら、その役目は私が代わりましょう。ジスランもそれでいいですね?」

「は、はい!」


 赤かった顔は今度は青くなっていたけれど、こくこくと何度も頷くジスランにクロヴィス様は半ば押し込む形でパウンドケーキを彼に食べさせてくださった。


 勢いが良すぎたのか、彼は目を白黒させながらもパウンドケーキを頬張り、ごくりと飲み込んだ時には幸せそうな顔付きになっていて私もホッと胸を撫で下ろす。


 あの表情なら味は良かったに違いない。それなら彼がたじろいだ原因は私の方にあるのだろうか。喜んでいいのか悲しんでいいのか、よく解らない気持ちになりながらも私はジスランに笑顔を向けた。


「どう?美味しい?」

「め、めちゃくちゃ美味しいよ!これならジェローム教皇様も泣いて喜ぶんじゃないかな!?」

「……そう?それなら良かったわ。じゃあジェロームに渡して来るわね」


 声が上擦るジスランを訝しみながらも私がくるりと扉の方を向けば、後ろからはクロヴィス様とジスラン二人共に溜息が漏れるのだからなんだか失礼してしまう。私の何かが悪ければはっきり仰ってくださればいいのに。


 少しムッとしながらも、そういえば前にサミュエル司祭様にハーブのクッキーを食べさせようとした時も同じ反応だった事を思い出す。もしかしてジスランも手ずから食べさせられるだなんて、子供扱いみたいで恥ずかしかったのかもしれない。


 つい無意識にやってしまっていたけれど、それなら悪いのは私の方なのだから、今度からは気をつけよう。うんうんと頷きながら、私は執務室の扉を軽くノックする。


「誰だ?今手が塞がってるんだが……」


 扉越しに聴こえてきたジェロームの声は、なんだか疲れているみたいで元気がない。


「ジェローム、私よ。差し入れを持ってきたのだけれど、入ってもいいかしら?」

「メラニー様!?」


 がたんと大きな物音がしたと思えば、少しして勢いよく扉が開かれた。私が少し驚いて目をぱちぱちとしていれば、ジェロームは心底嬉しそうに破顔した。


「メラニー様がオレに会いに来てくださるだなんて嬉しいです!今日はもうお店の方は大丈夫なのですか?」

「ジェローム……今何時か見てちょうだい。もうとっくに閉店時間は過ぎているわよ。そんな事にも気付かないくらいにお仕事をしているだなんて心配だわ」


 それだけ集中してお仕事をしていたのかもしれないけれど、こうして見れば目の下のクマも酷い。いつもの夕食の時には気付かなかったから、今迄は夕食に来る前に気付かれない様に誤魔化していたのだろうか。


 確かにこの様子ならアルベール枢機卿様が心配するのも当然だ。私達に頼み込んでまで彼を休ませようとする気持ちもよく解る。


 私は手に提げていた籠ごと彼に手渡すと、籠を掴んだ彼の手をがっしりと包み込んだ。驚いた表情で目を丸くしているジェロームに、私は真剣な目を向ける。


「アルベール枢機卿様の許可は出ているから、明日はお仕事の事は全部忘れてお休みよ!私とクロヴィス様とピクニックに行きましょう!勿論、シエルちゃんとルフレくんも一緒よ!」

「へっ?」


 訳が解らずぽかんとしているジェロームに、私はにっこりと満面の笑顔を浮かべた。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


昨日は仕事で疲れて寝落ちをしまして、更新作業をすっかり忘れましたので、明日も更新します。

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