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25 新教皇就任式

「わぁ……!ジェローム、教皇様の衣装がよく似合ってとても素敵だわ!」

「そ、そうでしょうか?オレはまだ全然着慣れなくて、衣装に着られてるみたいです」


 ジェロームが纏っているのは、アベラ教において最上とされる生命の赤色で作られた教皇様の聖衣だ。今までの真っ白な聖衣も似合っていたけれど、教皇様だけが纏う事を許されているこの色に身を包んでいる所を見ると、教皇様らしさがぐっと増した様に見える。


 しかも式典用のものなので、金糸の刺繍も美しいし、私はかなり良いと思うのだけれど、ジェロームはどことなくまだ照れた様子が見える。


「本当に馬子にも衣装とはよく言ったものですね、ジェローム」

「クロヴィス……お前それ絶対馬鹿にしてるだろ!」

「それは君の被害妄想でしょう。とても立派だと言いたいだけですよ」


 こんな日でも相変わらずの二人に苦笑を漏らしつつ、それでもクロヴィス様がいつも通りに接しているからなのかジェロームも幾分か緊張が和らいできたみたいだ。


 東の神殿から王都にある大神殿へと引っ越して早数日。今日は現教皇様であるマティアス・ヤン・ティエリー様からジェロームに全ての教皇様の権限を移す就任式だ。


 儀式は大神殿にある大聖堂にてこの後執り行われる予定なのだけれど、既にかなりの人が訪れているらしく、ここからでも賑やかな人々の喧騒が聞こえてくる。


 それでなくとも新しい教皇様が、しかも歴代最年少の教皇様が誕生するとあって、最近の王都はお祭の様な盛り上がりなのだ。


 大聖堂での儀式を厳かに執り行った後は、上が解放された馬車にジェロームが乗り込み、大神殿の司祭様達の先導で街中を回ってお披露目する事になっているから、馬車が回る道には既に待機している人が大勢いると聞いている。


 そこから少し逸れた所には出店も多く出ているというのだから、本当にお祭みたいだ。


 私とクロヴィス様は大神殿にお世話になっていても聖職者ではないから、今日はジェロームのお友達として大聖堂のかなり前の方の席で儀式を見させてもらった後は、馬車のお披露目を所々で見つつ出店を回る予定なので今からとても楽しみだったりする。


 でもやっぱり一番の楽しみといえばジェロームのこの晴れ姿だろう。新しい教皇様は本当に優しくて素敵な人なのだという事を、王都にいるたくさんの人々に知ってもらえたらいい。


 そう思っているのは私達だけではなく、寧ろこの日を一番喜んでいるであろうその人の姿がちらりと視界に入ってしまえば、どうにも顔が緩んでしまう。


「アルベール枢機卿様、そんなに離れた所にいらっしゃらないで、もっと近くで見られたらどうですか?」

「いや、私にはこれくらいの距離が丁度いいのだ。あまり近寄ると見えすぎてしまうからね」


 何故か真顔の枢機卿様は、恐らくあれ以上近寄れば感動で泣いてしまうに違いない。


 妙に遠巻きにこちらを見ているせいで、当のジェロームは「養父(おやじ)殿は本当の所は、オレにはこの聖衣はまだ早いとお思いなのかもしれねぇ……」とぼそりと呟いた後にしゅんとしていたから、そんな事は全くないと一応フォローはしているけれど、恐らくジェロームは勘違いしたままだ。


 現に今もちらちらと枢機卿様の方を見ては、捨てられた子犬の様な表情をしているのだから、相変わらずこの親子は拗れていてなんとももどかしい。でもそんなジェロームを見ていると、よしよしと撫でたくなる可愛さを感じてしまうのは、きっと私だけではない筈だ。


 そんな時、正午を告げる大きな鐘の音が鳴り響く。これこそがもうすぐ儀式が始まる合図なのだ。


「もう始まるわね。私とクロヴィス様は席で見させてもらうからそろそろ行くわ」

「メラニー様……もう行ってしまわれるのですね……」


 ぽつりと漏らすジェロームは、やはりまだ緊張の色が見える。私は彼の手を取ると、その手の中に用意していたサシェを忍ばせた。


 ジェロームは一瞬驚いた表情を浮かべると、手の中にあるサシェへと視線を落とす。


「今日のお祝いとお守りに作ったタイムの花と葉のサシェよ。タイムの香りは勇気をくれるわ。これがなくてもジェロームは大丈夫だと思うけれど、私も少しでも力になれたらと思ったのよ」


 ぎゅっと彼の両の掌を包み込む様にすれば、すっとした爽やかなタイムの香りが広がる。


「席からジェロームの勇姿をしっかり目に収めておくわね!」

「っ……はい!」


 顔をあげたジェロームの表情は、覚悟を決めた様なそんな顔つきになっていた。横にいたクロヴィス様もホッと息を吐き出されていたから、もうなんの心配もなさそうだ。


「ジェローム新教皇猊下、アルベール枢機卿猊下、そろそろお時間です」

「解った、今行く」


 二人を呼びに来た助祭の青年に少し頭を下げてから、私とクロヴィス様は大聖堂の方へと向かう。儀式の最中は大聖堂には限られた人数しか入れない為、あらかじめ招待された方々で既に席はいっぱいの様だ。


 一番前から数列はこのレヴール王国の王族、ならびに他国の王族の席だ。恐れ多くも私とクロヴィス様はジェロームのお友達ということで、彼らの後ろの席が割り振られていたものだから、変に目立たない様に大聖堂内の端の方を通って空いていた席に滑り込む。


「クロヴィス様は国王陛下の御姿を拝見された事がありますか?」

「えぇ、何度か遠くからお目にかかった事はありますが、これ程近いのは初めてですね」


 小声でそっと話しかければ、クロヴィス様の視線は最前列にお座りになられている金髪の男性へと注がれる。後ろ姿しか見えないけれど、きっとあの方が国王陛下なのだろう。


「おや、エガリテ王国からは王子様が来られているみたいですよ。あの国にはメラニーさんと同じ年頃の王子様がお二人いらっしゃる筈ですが、あの方はどちらの王子様なのでしょうね」

「エガリテ王国……」


 視線の先には見事なシルバーブロンドの若そうな青年の後ろ姿があった。エガリテ王国と聞くと、どうしてもテオの事を思い出してしまう。


 テオと別れてからもう4年近くの月日が経ってしまった。あの可愛らしかった少年も、今頃はあの青年くらいに成長していてもおかしくはないというのに、私の中のテオはずっと幼いままだ。


 今頃どこで何をしているのだろうか、そんな事をぼんやりと考えていた時、厳かなパイプオルガンの演奏が始まった。


 ざわざわとしていた大聖堂内は静まり返り、演奏も中盤に差し掛かった所で、後方にある大聖堂の入口がゆっくりと開かれる。


 まず始めに入って来られたのはアルベール枢機卿様だ。彼に先導される形で現教皇様のマティアス様の姿がある。マティアス教皇様はアルベール枢機卿様よりも少し年上で、落ち着いたブルーグレーの長い髪を垂らしたままの御姿だ。その頭上には教皇冠と呼ばれるものが輝いている。


 彼らは私達参列者が座っている座席を挟んで真ん中に敷かれた赤い絨毯の上を静々と進まれていく。そうして前方にある壇上に設置されている演台に教皇様が、枢機卿様は壇上の右端に控えられる。いつの間にかパイプオルガンの演奏は鳴り止んでいた。


「本日は新教皇の為にこうしてお集まり頂き、誠に感謝致します。まずは現教皇マティアス猊下より聖なる御言葉を賜ります」


 枢機卿様の言葉により、現教皇様による聖書の一節が語られる。それはアベラ様が全ての生命をお作りになられたというお話ではあるものの、そこには古の聖書に書かれていた様な妖精に愛されし者の話は全く出てこない。


 そうして聖書の御話が終わった後は、いよいよジェロームの入場だ。


 皆の視線が後方の扉に注がれる中、ゆっくりと扉が開く。そこには新教皇であるジェロームの堂々とした姿があった。


 彼の美しい黄金の髪は外の光を背により輝き、深紅の聖衣に施された金糸の刺繍の美しさと相まって、なんとも言えない神々しさを感じる。それはこの場にいる誰もが同様に思った様で、大聖堂内には感嘆の息が漏れた。


 この瞬間、誰もがこの歴代最年少という若さで教皇となるジェロームに対して畏敬の念を抱いた事だろう。


 絨毯の上をゆっくりと、堂々とした足取りで歩くジェロームは、私とクロヴィス様の方にだけ少し視線を向けて口角が上がったものの、それ以外は自信に満ち溢れている様に見える。


 始まる前にあれだけ緊張していたなどと全く思わせないその姿に、私もなんだか感動してしまって両手を組み合わせた手に力が籠る。


 彼はそのまま演台にいらっしゃるマティアス現教皇様の前まで真っ直ぐ進むと、その場に跪いた。


「ジェローム・サン・ヴェリテ」

「はい!」

「本日これを以て、汝を新たな教皇とする。アベラ様の(しもべ)として皆を導き、与えられた力によって多くの人を救う事を誓うか?」

「もとよりこの身は既にアベラ様に捧げております。全身全霊をもって、与えられた役目を全うする事をお誓い申し上げます」


 ジェロームが恭しく(こうべ)を垂れると、彼の前へとマティアス現教皇様がその手にされている杖を差し出し、ジェロームはそれを両手で賜る。


 この杖こそが教皇様の権威の象徴であり、これを手渡す事でその権威の委譲が成された事を示しているのだ。


 まだ頭を垂れたままのジェロームに、今度はアルベール枢機卿様が新しい教皇冠をそっとその頭上へと輝かせる。


 これも本来は前教皇様が行われるのが常なのだけれど、マティアス前教皇様の取り計らいで特別にアルベール枢機卿様が行う事になったのだ。これを聞かされた時の枢機卿様は、あまりの感動で滂沱の涙を流されたらしい。


 今も枢機卿様の目の端には明らかに光るものがあるのだけれど、当然ながら頭を垂れたままのジェロームはその事を知らず、しかも彼が顔をあげて立ち上がる前に拭ってしまうものだから、この事も彼が知る事はないのだ。


 教皇冠を被り、杖を持ったジェロームの姿は、年齢の若さで侮らせるという事も全く無く、誰がどう見ても文句のつけようがない立派な教皇様だった。






読んでくださってありがとうございます!


作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!


平日更新していくので、次は月曜日の更新です。

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