23 世界の成り立ち
「それには代々アベラ教の教皇と枢機卿にしか閲覧が許されていない『世界の成り立ち』が記されている。現存しているのはこれと教皇様がお待ちの2冊のみだ。一般に流布されている聖書の内容とは異なるのだが、メラニーくんに関係の深い事でもあるし、クロヴィスくんは時空の妖精の契約者だ。特別に閲覧を許可する」
そうして枢機卿様は、私達一人一人の顔を見渡し、静かに微笑まれた。
その本は重厚な装丁ではあるものの、そこまで古い本には見えないのだからこれも時空の妖精さんの時を止める魔法の賜なのだろう。
ジェロームが私とクロヴィス様にも見える様に開いてくれたので覗き込んでみたのだけれど、書いてある文字が私には全く理解できないものだった。
思わず真顔になってしまった私を見て枢機卿様は、ふっと少しだけ笑みを漏らす。
「古語で書かれているから君には難しいだろう。クロヴィスくんは当然読めるだろうが、ジェローム、お前も古語については学んだ筈だね?復習も兼ねて彼女に要約してあげなさい」
「うっ……はい……」
返事はしたものの、眉根を寄せているジェロームは古の聖書に目を通しながらがしがしと頭を掻いている。恐らくこの本が相当難しい内容なのだろう事はその表情からも伝わってくる。
そうして時々驚いた顔をしながらも、時間をかけて読み進めた彼が要約してくれた聖書の内容はこうだ。
生命の女神アベラ様によって全ての生命は作られた。
自然に存在する植物や水、炎、風――それらが出来ると次に作り出したのはそれらに宿る女神の力を循環させる妖精だ。
世の中の全てに微弱に宿っているそれは妖精によって集められ、結晶石となる。結晶石を作る事で妖精は自身の力を高め、階級を上げていくのだ。
力を蓄え、それぞれの妖精の王となった者は、長い時間をかけて自身に宿る力を凝縮させていく。そうして次に妖精王となれる者が現れた時、凝縮した力を世界に解放し、その身は敬愛する女神の元へと還りまた巡るのだ。
そして女神は最後に自身の姿を模した人を作りあげた。彼らの殆どは妖精の様に循環させる力も女神の力を使う事も出来ないが、彼らには知恵を与え、その魂に力を自然と貯める事が出来る様にしたのだ。それは人と妖精が協力する事で世界がより良く機能していくように願う女神の祈りそのものだった。
妖精は人と契約する事で力を貸す代わりに、人が死んだ後、その魂に宿る力を自身のものと出来るのだ。それは世界に散らばる微弱な力を集めるよりも効率が良いものだった。
人の生は短いが、人と関わる事で妖精にも知恵と豊かな感情が生まれていく。上級の妖精にもなれば感情や知性も人と大差はなくなる様になっていた。
そうして妖精の中には人に対して恋愛感情を抱く者も出始める。妖精と人とでは生きる長さも違うというのにだ。
中でも妖精王の見た目は成人した人と変わらず、見目は総じて美しい。彼らは特に女神の力をより多く宿す事の出来る特別な人に惹きつけられた。その者は総じて妖精を惹きつける様で、多くの妖精が進んで手を貸す様になったのだ。
本人が望む望まないに関わらず妖精に愛されし者は、女神の力の一部である自然に干渉する力と癒しの力を使う事ができる稀有な存在だ。その魂は妖精が最も好み、心安らぐもので、傍にいるだけで妖精達は幸せだったのだ。
けれど妖精王は感情を得た事で、妖精に愛されし者と結ばれたい、独占したいと思うようになっていく。
その内の一人、光の妖精王も例外なく妖精に愛されし一人の女性に心を奪われる。彼女はとても心優しく、美しい女性だった。二人は互いに想い合い、やがて子を成した。
その子は自然に干渉する力は持たなかったが、優れた癒しの力と結界を作る事が出来る光の妖精王の力を引き継いでいたのだ。
その子こそが初代のアベラ教教皇であり、人でありながら神の力を行使できる存在となった。神力を持つ者は須く古の光の妖精王と妖精に愛されし者の子孫であり、光の妖精は何度巡っても神力を持つ者を守護するであろう。
「……つまり、ジェロームもアルベール枢機卿様もずっと遡れば光の妖精王様に行き着くって事なの?凄いわね……!」
ジェロームの要約が終わり、私は信じられない思いで彼とアルベール枢機卿様の二人を交互に見る。
御伽噺の様な存在である妖精王様は確かに存在していて、それが目の前にいる二人の先祖だというのだから驚くしかない。でも確かにそれなら奇跡の様な神力がある事も納得できる。
思わず感心していれば、クロヴィス様も含めた三人共に私の事をなんとも言えない表情で見ている事に気付く。
「流石というか何というか、メラニーさんがまず気にするのはそこなのですね」
「えっ」
「『妖精に愛されし者』とは正にメラニー様の事です。オレや養父殿の遥か遠い遠い先祖の事なんかよりもそちらを気にしてください」
「えぇ?でも私は皆様がどうして神力を持っているのかの方が気になったのだもの。妖精王様の血を引いてるだなんて本当に凄い事だわ」
どうしてそんな信じられない者を見る様な目で見られなくてはいけないのかが解らず、私は少しだけ眉根を寄せる。
妖精の加護を受けし者は、古の聖書によれば普通の人よりも少し魂の質が違うという事なのだろう。猫にとっての木天蓼の様に、妖精さんにとっての私は正にそういう存在だという事に他ならない。
それよりも先祖に妖精王様がいる方が余程凄いと思うのだけれど、この雰囲気だと私の考えの方がおかしいみたいだ。
溜息をつかんばかりの二人に、私はどう言ったものかと考えていれば、アルベール枢機卿様が耐えきれなかったかの様に噴き出してしまわれた。それに一番驚いているのはジェロームだ。
「養父殿!?」
「ふっ……くく……いや、すまない。この話を聞いてまさかこんな反応になるとは思ってもみなくてね」
「そんなに笑われるだなんてあんまりです……!」
思わずじとりとした目で枢機卿様を見てしまうのだけれど、彼はまだ可笑しそうに口元を押さえていた。
「そんな不満そうな顔をしないでくれ。普通なら自分は特別な存在だと驕りそうなものだが、君は自分の事は瑣末な事で、大切なのは常に周りの者なのだね。そういう所も妖精に愛されるのだろう。……まぁ、愛されるのは妖精だけではない様だが」
ふっと意味ありげに笑うアルベール枢機卿様に小首を傾げていれば、クロヴィス様もジェロームも何故か咳払いをし始めるのだから益々よく解らない。そんなにこの部屋は空気が悪い訳でもないのに、余程喉の調子が悪いのだろうか。
「……それにしても、この古の聖書は私も初耳の事が多いですね。流石は秘匿されてきた内容と言えますが……これを歴代の教皇猊下も枢機卿猊下もご存知であったのなら、神殿は妖精の加護持ちをもっと積極的に保護しそうなものです。それをなさらなかったのは何故なのでしょうか?」
クロヴィス様の疑問は、言われてみれば確かにそうだと思えるものだ。その質問に、先程まで笑みを漏らされていた枢機卿様も真剣な面持ちに変わる。
「クロヴィスくんの疑問はもっともだ。だが、神力を持つ者のルーツは秘匿されている事であるし、公に保護する理由がない。それに妖精に愛されし君に価値を見出しているのは我々だけではなく殆どの人がそうだと言える。しかも普通は周りに多くの妖精がいるから一目瞭然なのだよ。メラニーくんが特殊すぎるだけでね」
「あ……制約の魔法……」
私の漏らした声に、枢機卿様はぴくりと反応する。と、少しだけ考え込む様に眉根を寄せた。
「成程、君には制約の魔法がかけられているのか。具体的にはどの様な?」
「野生の妖精には姿が曖昧に見える上に、人が契約している妖精でさえメラニーさんと目を合わさないと見えなくなっているというものです。他にもメラニーさんに知られたくない情報は彼女の前では言えなくなるのですが……あの聖書の内容は際どい所だったと思いますよ」
私が説明する前にクロヴィス様が上手く説明してくださったので、私はその通りだとこくこくと頷く。
枢機卿様はそれを聞いて少し驚いた顔をされるものの、少しだけ口元を緩めて優しく微笑まれた。
「その制約の魔法をかけた者は、メラニーくんの事をとても愛しているのだね。その魔法がなければ、君はあっという間に妖精に愛されし君だという事が露見して、今頃はどこぞの貴族や豪商、果ては王族に囲われていただろう。君の意思とは関係なくね」
「っ……!」
制約の魔法は私を守る為の魔法だとシエルちゃんが前に言っていたけれど、本当にそれがなければ今頃どうなっていたか解らない事に気付いて恐ろしくなる。
私の気持ちなんてお構いなしに囚われてしまっていたのかもしれないと思えば、今の現状はとても恵まれている。私は自由で、助けてくれる人達もたくさんいるのだから。
自分の意思とは関係なく震えてしまっている手をもう片方の手で押さえ込んでいれば、アルベール枢機卿様が優しく声をかけてくださる。
「安心しなさい。君の事は、君が望む限り我々が全力で守ろう。その為にも、君もジェロームと一緒にこの大神殿に越してくるといい。王都で花屋を開くのが夢なのだろう?」
「ですが、東の神殿にあるお店はどうなるのでしょう?常連のお客さん達も大勢いますし、私がいなくなっては祝福の花が……」
「そんなもの、クロヴィスくんが居れば問題なかろう?」
そう言ってアルベール枢機卿様はクロヴィス様ににっこりと微笑まれる。
「クロヴィスくん、君の妖精の魔法でここと東の神殿を繋げる事を許可しよう。ただし悪用されては困るから、使用出来るのはある程度の神力を持つ者に限る。君程優秀なら簡単な事だろう?」
「枢機卿猊下……私も万能ではないのですよ。ですが他ならぬメラニーさんの為ですから善処致します」
なんだかトントン拍子に話が進んでしまっているけれど、これはもしかしなくても夢の王都でのお花屋さんが実現するのだろうか。
夢でも見ているのではないかと頬を軽く摘んでいれば、それを枢機卿様に見られてしまい、またしても噴き出されてしまった。
「くくく……大丈夫だ、メラニーくん。夢などではないよ。実は既に店舗用の場所は改装が終わっていると言ったら、更に驚かせてしまう様だね?」
「えぇっ!?」
「養父殿……それは最初からオレが今回の話を受けると踏んでいたのですか?」
ジェロームが恐る恐るそう尋ねれば、アルベール枢機卿様はとても穏やかな笑顔を私達に向けられる。
「当たり前だろう。お前のアベラ様への信仰心は私が一番よく知っている。お前は必ず受けるだろうと信じていたよ」
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次回はジェローム視点のお話です。




