19 動き始めた想いと願い
街の広場は既に多くの人で賑わっており、その中央には大きな木製の柱が横たえられていた。人々は思い思いの花々を持ち寄っている様なのだけれど、どうやらまずは柱を蔦で覆うらしい。
「蔦を基礎にして、そこに花を装飾していく感じなのね。蔦で覆ったら柱を建てるの?」
「いえ、上の方は建ててしまうと装飾するのが大変ですから、この後は上側だけを少し持ち上げて先に花の装飾をしていきます。出来るだけ天に近い方がアベラ様に願いが届くのではという考えから、此方に自分の花を飾りたがる者が多いんですよ」
「あぁ、それで上の方にはより多くの人が飾れる様に輪っかが付いてるのね」
柱の上部には輪っかの様な物が下から大中小と3つ連なっている。恐らくあれでより多くの花を飾れる様にしているのだろう。
「メラニー様も上の方に飾られますか?」
私が輪っかの辺りをじっと見ていたからか、ジェロームがそう尋ねてくれるけれど、私は首を横に振る。
「私は後で大丈夫よ。先に屋台の用意をしないといけないわ!」
「屋台の設営はガエルとジスランがしていますから、もう少しお待ちください。それよりも……」
ジェロームはちらりと背後へと視線を向ける。その先に誰が居るのかは私も解ってはいるのだけれど、どんな顔をしたらいいのかが解らず、ついジェロームの影に隠れてしまった。
「メラニー様……あからさまに避けていますね」
「えっ!?な、何の事か解らないわ!?」
変な風に声が裏返ってしまい、彼は少しだけ苦笑を漏らした。
「確かにクロヴィスの行いは不埒で許し難い事ではありますが、その様に避けられてはあまりに気の毒というか、オレがもし同じ目に遭ったら生きていけなくなりそうなので……」
どうやら我が身に置き換えて想像したらしいジェロームは、今にも泣き出しそうな程にしょんぼりとしてしまっていて申し訳ないのだけれど少しだけ可愛いと思ってしまった。
「ふふ、ジェロームは本当に優しくて友達思いね」
「べ、別にあいつとは腐れ縁ってだけですから!」
「そういう事にしておいてあげるわ」
くすくすと笑みを漏らしながら、気付かれない様にこっそりとジェロームの影からクロヴィス様を盗み見る。彼は別に私の方を見ている訳でもなくシエルちゃんとルフレくんの相手をしていて、ホッとしつつも何故かもやもやとするのだから本当に自分で自分の気持ちがよく解らない。
「……クロヴィス様に怒ってる訳でも嫌だった訳でもないのよ。ただ何となく今は顔を合わせたくないだけなの」
「そうですか。オレは別にあいつの肩を持つつもりもないですが、できれば夏至祭の最終日までには許してやってください」
「そうね……とりあえずは屋台の販売の事を一番に考えるわ!」
忙しく働いていればこのもやもやとしたよく解らない感情を考えている暇もない筈だ。ぐっと両手を握り締めていた所でガエル司祭様とジスランから準備が整ったと声が掛けられる。
広場の周囲には同じように屋台の設営を行なっている人々が多くいて、食べ物だけではなくて様々な品物を売る屋台が並ぶ様だ。
「メラニーちゃん、こっちこっち!」
「ジスラン、ガエル司祭様も設営の準備をありがとうございます!」
「お嬢ちゃん、こういうのは適材適所だって言ったろ。オレとジスランは力仕事は得意だからな!」
ジスランと肩をがっちりと組んで豪快に笑うガエル司祭様は、本当にいつも気持ちの良い笑顔を向けてくださって頼りになる御方だ。ジスランもガエル司祭様の事はとても信頼している様で、どことなくいつもより楽しそうに見える。
屋台は組立式だったので、神殿からはバラした物を運んできていたのだけれど、しっかりとした屋根もついていてちょっとした小屋の様になっているとても立派な造りだ。強い日差しの下では生花が萎れやすいので、屋根があるのは有難い。
「それじゃあまずは生花を並べてしまいましょう。出来るだけ日陰にね」
「水は入れ替えた方がいい?結構暑くなってきたから水温上がってるみたいだよ」
「うーん……朝交換したばかりだからまだ大丈夫よ。あまり頻繁に変えすぎてもお花にとってストレスだし、水温と気温に差がありすぎてもお花が驚いてしまうのよ」
本当は水温は低い方が水が清潔に保てて良いのだけれど、この暑さだ。水を変えた所ですぐに水温は上がってしまうし、入れ替えを繰り返す方がかえって花にとっては疲れてしまう事になりかねない。
「へぇー……生の花ってのは結構繊細なんだな。何でも冷てぇ方が良いかと思ってたぜ」
「お花も生きていますからね。私達と同じだと思って丁寧に接したらそれだけ応えてくれるんですよ!」
「ウッ……なんと深い御言葉でしょうか。私は大変感銘を受けました。これこそ後世に遺すべき御言葉であると日記に書き記しておかねばならないでしょう」
ルノー司祭様が何故か涙ぐまれていらっしゃるけれど、それだけ親身にお花の事を考えてくださるだなんてやはり慈悲深い御方なのだわと感心してしまう。
私達がせっせとお花達を並べている中、ナルシス司祭様はそのうちの一つから深紅の薔薇を一輪抜き取るとその香りを堪能される。その仕草がなんとも絵になるものだから、遠巻きにそれを見てしまった女性たちが黄色い悲鳴をあげていた。
「成程、これからはこの美しい花一輪を一人のレディだと思って接する事にするよ」
そうして愛おしそうに薔薇を見詰めたかと思えば、そっと優しく口付けてしまわれるのだから、先程よりも大きな悲鳴があがり、どなたかが倒れた音までする。「気をしっかりするのよ!」「生きてて良かった……ここが天国だったわ……」という様なやり取りまで聞こえてくるのだけれど、私はといえばそれを見てうっかり今朝のクロヴィス様のあれこれを一瞬で思い出してしまったのだ。
「メラニーちゃん、大丈夫!?顔が赤いけど、この暑さでのぼせた?」
「えっ!?だ、大丈夫よ!本当になんでもないの!」
心配してくれるジスランには悪いけれど、私は必死に冷静さを装いながら顔を俯けて作業に没頭する。
「くそっ……やっぱり面白くねぇな。クロヴィスだけ意識されんのはずるいだろ……」
だから横で小さく呟かれたジェロームの言葉も、集中しようと心がけていた私の耳には届く事はなく、私はこの時彼がどんな顔をしていたのかも気付く事はなかったのだ。
屋台の設営と販売の準備も無事に終わった頃、広場中央の柱も上部の飾り付けが終わった様で、いつの間にか柱は真っ直ぐ建てられていた。
蔦に覆われた柱にたくさんの人々の思いを乗せた花々が風に揺れているのは壮観だ。
「凄いわ!綺麗だし、良い香りね」
「メラニーは花を飾り付けないの?高い所ならあたし達が持っていってあげるわよ」
「姫様の代わりにぼく達が飛んでいきますから!」
私の横を飛んでいるシエルちゃんとルフレくんは、いつもよりキラキラと輝いて見える。それというのも、神殿の外では妖精が目立たない様に光の魔法で見え難くしているのだ。
魔法をかける瞬間を見ている者にはいつも通りに見えるけれど、他の人には光の屈折で姿が見えなくなるらしい。
なので今の私は声を潜めて会話をしないと、宙に向かって独り言を言う怪しい人に見えてしまうという訳なのだ。
「大丈夫よ。私は下の方で十分なの。だって私の願いは殆ど叶ってしまっているから、アベラ様には感謝だけ伝わればいいのよ」
私は声を落として、二人にだけ聞こえる様に囁く。
お父様の借金は途方に暮れたけれど、クロヴィス様に出会えて、ジェローム達神殿の皆様に助けて頂いてお花屋さんまで開けているのだ。
ただ気掛かりなのはテオの事くらいだろう。今どこでどうしているのか、元気にしているのか。私に本名を隠していたのはどうしてなのか。会って聞きたい事はたくさんあるけれど、それが今すぐ叶う事は難しい事も解っている。
「ただ、そうね……大切な皆が幸せである事。それだけはアベラ様に叶えて頂きたいわ」
思い出の詰まった邸や生まれた時から良くしてくれた使用人達。失ったものは多いけれど、その代わりに新しく大切な人達も増えたから。
全ての人が幸せである様にだなんておこがましい事は願わないけれど、目の届く範囲の人達だけでも助けられたらいい。
「ならやっぱり天辺に飾るべきよ!」
「姫様の願いが届く様に、一番高い所に飾りましょう!」
「そう?そこまで言うならお願いするわね」
力強く主張する二人に私は笑みを溢すと、手に持っていたブライダルベールの花をそっとその小さな手に乗せる。小さな白い花を咲かせたそれは、二人の手によってふわりと舞い上がり遥か頭上にある柱へと飾られた。
出来る事なら、これまで関わった大切な人達が笑顔でありますように。その願いを乗せて。
読んでくださってありがとうございます!
作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!




