18 生命の赤
テオの事は気掛かりだけれど、私が思い悩んでいた所で日にちはあっという間に過ぎ去っていく。今日はもう夏至の前日、夏至祭の1日目だ。
「わぁ!メラニー、その花冠よく似合ってるわよ!」
夏至祭には蔦や花の模様をふんだんにあしらった衣装が伝統だという事で、ジェロームが張り切って用意してくれたのは花々の刺繍が美しく施された淡い赤色のエプロンドレスだった。レースやフリルが裾にたっぷりで、くるりと回るとふわりと広がるのが可愛らしい。
ドレスが赤だったので、花冠は赤い蔓薔薇をメインにピンクの薔薇も混ぜて編み込んだ物だ。
テオの事で気分が沈みがちだったけれど、やっぱり可愛らしい服を着ると気分が高揚するものだ。シエルちゃんもいろんな角度から見て可愛いと褒めてくれるのも、照れ臭いけれど嬉しい。
「実はシエルちゃんにもお揃いで作ってあるのよ。被せてあげるわね」
「本当!?お揃いだなんて、すっごく嬉しいわ!」
嬉しそうに私の周りを飛び回る彼女は微笑ましくて、自然と笑みが溢れる。こっそりと作っていた少し小さめの花冠を彼女に乗せてあげれば、思った通りとても可愛らしかった。
「うわぁ!ありがとう、メラニー!大好きよ!」
鏡を何度も見て確認したシエルちゃんは、ちゅっちゅっと頬に何度もキスしてくれる。これだけ喜んでくれるのなら作った甲斐があるというものだ。
「じゃあそろそろ行きましょ!クロヴィス達も今日のメラニーを見たら腰抜かすわよ!」
「ふふっ、そんな事はないと思うけれど、私は皆様の格好を見るのが楽しみだわ」
夏至祭での男性の衣装の基本はズボンに白シャツ、ベストというのは決まっている。どこで個性を出すのかといえば、白シャツのデザインやベストに施す蔦や花々の刺繍、そしてベストとズボンの色の組み合わせだろう。
クロヴィス様は普段ローブを着られている事が多いし、ジェロームや司祭様達は基本的に聖衣を着用されているから祭の伝統衣装を着られている姿がなかなか想像がつかない。
でも皆様きっととても素敵に着こなされているのだろう事は想像がつくから、むしろ私が一人浮いてしまうのではないだろうか。
屋台の用意もあるので、集合場所はお花屋さんの前だ。シエルちゃんと話しながらジェロームの邸を出た所で、なんだかそわそわと落ち着かない様子のサミュエルとイヴァン司祭様の姿が見える。二人は普段通りの聖衣姿だ。
私が声を掛ける前に気付いた二人は、目が溢れ落ちるのではないかというくらい目を丸くしている。
「う、わ……めちゃくちゃ可愛いよ!花の妖精みたいだ!しかもその色……ずるいなぁ、あの人たちがどんな顔するか想像できるよ」
「あぁ……アベラ様、感謝致します。この様に美しいメラニー様を拝ませて頂けるだなんて、なんという幸福でしょう」
素直に褒めてくれるサミュエルはともかく、イヴァン司祭様は相変わらず大袈裟だ。普通にしてほしいのだけれど、最近はもうこういう人なのだなと思う様にしている。
「ありがとう、二人共。ところで二人はその格好……という事は夏至祭には行かないの?」
「うん、夏至祭はアベラ教にとって大切なお祭だけど、流石に司祭全員が神殿を離れる訳にはいかないからね。3日間交代で残る事になってるんだよ」
「本日はわたくしとサミュエル、ブノワ司祭様が神殿を守っております。ですがどうしてもメラニー様の御姿を一目見たく、こうしてサミュエルと二人お待ちしていた次第です」
神殿は街を守る結界の要でもある。万が一の事がない様に、誰かは必ず残る事になっているのだろう。
「そうなのね。でも二人とブノワ司祭様がいらっしゃるなら安心だわ」
「はい!メラニー様のその御言葉を頂けただけで、わたくしは感無量です」
「それで今日僕たちは一緒にいられないからさ、ちょっとだけ屈んでくれる?」
サミュエルの言葉に私は何だろうと首を傾げつつも少しだけ腰を落とす。と、花冠に何かが差し込まれる様な感触がした。
「きっとこの後皆から花を差し込まれちゃうだろうから、僕たちが一番に君に花を贈りたかったんだぁ」
「どうか楽しんできてくださいませ。明日はどうか、わたくし達とも踊ってくださいね」
花冠に異性が花を差すのは好意の証だ。それで私が来るのを待っていてくれたのかと思うと、素直に嬉しい気持ちが溢れてくる。
「ふふっ、私は踊りは不慣れだからぎこちないかもしれないけれど、それでも良ければ喜んで」
「勿論だよ!踊りなら僕が得意だからリードしてあげる!」
「わたくしはメラニー様と踊れるのなら、明日が命日でも本望ですから」
ぱぁっと嬉しそうな表情を浮かべ、何度も頷いてくれる二人を見ていると、こちらまで元気付けられる様だ。
自分ではいつも通りにしていたつもりだったのだけれど、私が最近落ち込み気味だというのが皆様に伝わってしまった様で、この数日は気を遣わせてしまっていると感じる事が多かった。その優しさはとても嬉しく感じるのと同時に、これだけお世話になっているというのに申し訳なくも思ってしまうのだ。
でも今日からは折角の年に一度の夏至祭だ。こんなに可愛い衣装も用意してもらったのだし、全力で楽しまなくてはそれこそ申し訳ないだろう。
私は気合を入れようと自分の両頬を叩く。いつまでも落ち込んでいても、テオの事は現状どうする事も出来ないのだ。
ようやく気持ちの切り替えはできたものの、突然の私の行動に驚かせてしまったのだろう。二人共目を丸くして私を凝視していた。
「え、何!?突然どうしたの……?」
「もしや、わたくし達が何かお気に障る事をしてしまいましたか!?」
「ううん、何でもないわ!ちょっと自分に気合を入れていただけよ。夏至祭を楽しむ前に、屋台の販売もしっかりやらないとと思ったの」
そう、今日は祭を楽しむだけではなくて、大切なお仕事もあるのだ。クッキーも昨日たくさん用意したし、皆さん喜んでくれるといいのだけれど。
うんうんと頷く私に、サミュエルは未だ怪訝な顔だ。
「……本当に?それならいいけど……あんまり頑張りすぎないでよね」
「そうね、私なりに楽しんでくるわ!」
少しスッキリとした気持ちになれた事を二人に感謝しつつ、私とシエルちゃんはお店の方へと向かう。お店のある入口付近には既に人が多く集まっており、どうやら私が最後みたいだ。
「ごめんなさい!お待たせしました!」
私の声に皆様振り返るのだけれど、伝統衣装を見事に着こなされている姿が揃い踏みというのは何て壮観なのだろう。
普段は真っ白な聖衣を着ているジェローム達は、皆揃って私の衣装と同じ淡い赤色のベスト姿だ。刺繍は違う柄な所を見ると、もしかしたら聖職者の伝統衣装はこの色合いと決まっているのだろうか。
そんな中にあって、クロヴィス様だけは若草色のベスト姿なので特に際立って見える。若草色というのが植物学者のクロヴィス様らしい選択で、しかもとてもよくお似合いだった。
「うわぁ……!皆様とっても素敵です!普段と違う衣装だと非日常な感じがして良いですね」
にこにこと笑顔を浮かべながら駆け寄っていくのだけれど、どうしてだか皆様ぽかんとした表情で身動き一つされない。サミュエルとイヴァン司祭様は可愛いと言ってくれたから、可笑しな格好ではない筈なのだけれど。
「どこか可笑しかったでしょうか?あ、もしかして後ろのリボンが解けて……」
「姫様!物凄く可愛いです!本当に可愛すぎて見惚れてしまいました」
一番最初に飛んで来てくれたのはルフレくんだ。頬がこのドレスと同じ淡い赤色に染まっていて、綺麗な羽が弾んだ様にぱたぱたと動いている。
「本当?ありがとう、嬉しいわ」
「ルフレ、これ見なさいよ!メラニーがあたしの為に作ってくれた花冠よ!どう?可愛いでしょ」
「姫様の手作り……!ずるいぞ、シエル!」
夏至祭は男性が花冠を着ける風習がないからルフレくんの分は作らなかったのだけれど、今度また作ってあげようと戯れ合う二人を微笑ましく見守りながら思う。可愛い妖精さん二人が花冠……さぞ可愛らしい事だろう。
「おい、ジェローム!お前、知っててオレ達に隠してやがったな!?」
そんな事を考えていれば、後ろが何やら騒がしくなっている。見ればジェロームに司祭様達が詰め寄っている所だった。
「赤は生命の象徴色ですから、夏至祭における我々の伝統衣装は決まっています。それに合わせて彼女の衣装を仕立てるだなんて何という……私達の心臓を止めるつもりですか!?」
「なんだよ、これ以上ないくらいお似合いだろうが!何でお前らそんな怖い顔してんだよ!」
「そうだよ、似合いすぎてるのが問題だ。あんなに美しいレディと俺達は揃いの衣装だっていう破壊力を、お前は全く理解できてないだろ!?」
声を抑えているのか話の内容はよく聞こえないが、どうやらジェロームが何かしでかしてしまったのだろう事は司祭様達の剣幕で想像がつく。一体ジェロームは何をしたのだろうか。
「メラニーさん、よくお似合いですよ。私も一瞬言葉を失ってしまいました」
「クロヴィス様!」
賑やかなジェローム達を見ている間に、いつの間にか傍に来ていたクロヴィス様が陽だまりの様に優しく目元を緩める。彼の視線は私の花冠へとじっと注がれていた。
「……どうやら先を越されてしまった様ですね」
「え?」
ぽつりと漏らされた言葉がよく聞き取れず、こてんと小首を傾げる。にっこりと微笑む彼の手には青紫色の小さな可愛らしい花が集まったルリマツリがあった。
「蔓薔薇は無邪気で可愛らしい貴女にぴったりですね。そこにこのルリマツリも加えさせてください」
「蔓薔薇みたいだなんて光栄です!ルリマツリも半つる性ですからぴったりですね」
流石クロヴィス様の選ぶお花は素敵だわと心が躍る。目を伏せながら花を差し込みやすいように頭を向けるのだけれど、クロヴィス様はそこで何故かくすりと笑みを漏らされた。
「メラニーさんは相変わらず不用心ですね。それだから私はいつだって貴女の事が心配で、だからこそ貴女の事ばかり考えてしまうのでしょう」
「え?」
次の瞬間、額に触れる温かな感触は指で触れたものでは無かった。てっきり花冠に花が差し込まれるとばかり思っていたのに、贈られたのは額への優しい口付けだったのだ。
「そんなに簡単に目を閉じてはいけませんよ。特に貴女に好意を寄せる男の前ではね」
「く、クロヴィス様!?」
声は変に裏返るし、私の顔は恐らくこのドレスよりも赤くなっているだろう。はくはくと酸素を求める魚の様に口を開ける事しか出来ない私に、クロヴィス様はすっと手早くルリマツリを花冠に差し込みながら悪戯っぽく微笑む。
「恋を知らないメラニーさんには、もう少し解りやすくしないと理解して頂けないみたいですからね。一番最初の栄誉を簡単に許してしまう様ですし」
冗談とも本気とも解らない彼の言葉に、私の頭は混乱の極みだった。そもそも出会った頃から妙に手慣れていたクロヴィス様が、私みたいに恋愛のなんたるかも解らない小娘を手玉に取るだなんて造作もない事だろう。
そうだ、最初だってクロヴィス様は自らの身をもって私の迂闊さを戒めてくださったのだから、これもそうに違いない。好意だってきっと妹を心配する家族愛の様なものの事かもしれないのだ。
だというのに、どうしてこんなにも顔が熱くなるのだろうか。
「おい、クロヴィス!お前、メラニー様に何不埒な事してんだよ!?」
「クロヴィス様、風紀が乱れます!神殿内でその様な事はお控えください!」
私の素っ頓狂な声に事の次第に気付いたジェローム達がクロヴィス様を取り囲むけれど、私の顔は未だ熱を帯びたままだった。
読んでくださってありがとうございます!
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ちなみにルリマツリの花言葉は『ひそかな情熱』です。
平日更新していくので、次は月曜日の更新です。




