13 感謝の手作りサシェ
「じゃあこの花達の時間を早めたらいい訳ね!」
「そう、全部ドライフラワーにしたいのよ。できるかしら?」
テーブルの上には神殿の庭園から摘んできたジャスミンやラベンダー、ピオニー、薔薇などの特に香りがいい花々やハーブを大量に並べていた。
今日はドライフラワーを使ってサシェを作るつもりなのだ。
いつもならお日様に晒して乾燥させるのだけれど、シエルちゃんは時空の上級妖精さんだ。時を操れば、花の時間を早めて乾燥させるのもすぐ出来るのではないかと思ったのだ。
「やった事はないけど、多分できるわ!任せといて!」
シエルちゃんはそう言うや否や、広げられた花々の周りをくるりと囲む様に飛ぶ。一周した所で花々がキラキラとした眩い光に包まれ、その眩しさに思わず目を瞑ってしまう。
「メラニー、もう目を開けて大丈夫よ。ちゃんと乾燥出来てるわ」
ゆっくりと目を開けると、先程まで瑞々しい美しさだった花々はすっかり水気が抜けた状態に変わっていた。そっと触れれば、かさりとした乾いた感触がする。
「まぁ!本当に凄いわ!一瞬でこんな事が出来るだなんて、シエルちゃんのお陰で助かったわ」
一枚一枚剥がしてみてもしっかりと乾燥できているそれらを手に取り、香りを確認する。私が触れた事で更に香りが強くなっていたから、乾燥してもどれも香りは華やかなままだ。
「うん、これならとっても良い香りのサシェが出来そうよ」
「後はこれを袋に詰めるだけでいいの?」
「そうね。香りの相性が良いお花とハーブを混ぜて入れてもいいし、混ぜなくても良い香りよ」
サシェには通気性の良い袋が必要なのだけれど、先日テーブルクロスを購入したお店で可愛い刺繍がされた小袋をたくさん発注しておいたのだ。
出来た分から届けてもらったから、今日作る分は試作品としてクロヴィス様やジェロームにジスラン、神殿の皆さんにも渡すつもりだ。それから――
「じゃあこれを姫様の大切な方にもお送りするのですね」
「そのつもりよ。いつも手紙にサシェを入れていたから、もう習慣ね」
今までシエルちゃんの魔法を横で見ていたルフレくんも、乾燥させた花弁を手に取って香りを確認している。彼は少しだけ考えた後、私の方に視線を向けた。
「あの、姫様。ぼくも守護の魔法をかけてもいいですか?癒しの効果は姫様が触れた事で十分すぎるので」
「守護の魔法はどういうものなの?」
「ちょっとした危険から守ってくれるものです。おまじない程度の効果ですが、姫様の祝福の力で強化されるのでそれくらいで丁度いいと思います」
気休め程度でも守ってくれる物なら、御守りにもなりそうだ。たぶんルフレくんは私がテオの事を本当の弟の様に気に掛けているのを知っているから、こんな風に気に掛けてくれるのだろう。その気持ちが嬉しくて、つい笑みが溢れた。
「ありがとう。本当にルフレくんは優しいのね。それじゃあお願いできるかしら?」
「はい!」
さらさらとした髪を優しく撫でると、彼はふわりとはにかむ様に優しく微笑む。
そうしてルフレくんはテーブルの上の花々に向けて両手を向けると、花々は白い輝きに包まれる。暫くすると光はすぅっと消えていった。
「これで大丈夫です!」
「やっぱり祝福されたものは魔法の吸収が良いわね」
「あら、そうなの?でも、本当にありがとう。これで皆も喜んでくれそうね」
試作品という形ではあるけれど、実際は皆さんへのこれまでの御礼のつもりだ。どうせなら喜んでもらえるといいなと思う。
「それじゃあ今から袋に詰めていきましょう!二人とも手伝ってもらえる?」
「もちろんよ!あたし達を頼ってくれて嬉しいわ!」
「姫様の手作りなのですから、皆は泣いて喜ぶに決まっています!」
「ふふっ、ありがとう。とっても心強いわ」
可愛い二人の妖精さん達を前に、私も顔が自然と緩んでしまう。
三人で協力してドライフラワーを小袋に詰めていけば、ほんの一時間くらいでテーブルの上は小袋でいっぱいになった。綺麗なリボンで袋を閉じれば、手のひらサイズの可愛らしいサシェの出来上がりだ。
香りはそれぞれ違うけれど、すぐに配ってしまうから香り移りはそこまで心配しなくても大丈夫だろう。出来あがった大量のサシェを籠に詰めれば準備完了だ。
「よし、それじゃあ神殿の皆さんに配りに行きましょう!」
「「おー!!」」
シエルちゃんとルフレくんが片手をあげて応えてくれたのをにこにこと見守りながら、私は意気揚々と扉を開ける。扉の前には護衛をしてくれていたジスランが、むすっとした少し拗ねた様子で待っていた。
「……それで、俺を除け者にして悪巧みはすんだみたいだな?」
「まぁ!悪巧みだなんて人聞きが悪いわ!」
驚かせようと思っていたから、いろいろと言い訳をして締め出してしまっていたけれど、そんな事をされれば良い気がしないに決まっている。
私はごそごそと籠を探ると、心を落ち着けるラベンダーの香りのサシェを彼に差し出す。
「はい、ジスランには特別に一番最初にあげるわね!」
「特別にって…………いや待て、何だこれ!?」
何の気無しにサシェを受け取ったジスランは、驚いた様子で目を丸くする。普段体を鍛えてばかりいるジスランは、サシェなんて見た事がないのかもしれない。
「ふふっ、これはサシェって言うのよ。ドライフラワーやハーブを入れた良い香りのする匂い袋の事ね。クローゼットに入れておくと服に香りがつくからお勧めよ!」
「いや、サシェは知ってるよ。知ってるけどこれは俺の知ってるサシェと全然違うというか……」
彼は何と言ったものかと視線を彷徨わせていたものの、私の持っている籠を見てギョッとした表情を浮かべる。
「待て待て……その大量のサシェはどうするつもり?」
「これは日頃の御礼に神殿の皆さんに配ろうと思って作ったのよ。これから配りに回るからついてきてくれる?」
「大司教様とクロヴィス殿だけじゃなくて皆!?司祭様達や助祭にもって事!?」
「そうよ。だって皆さんには随分とお世話になっているもの、当然だわ」
にっこりと笑う私とは裏腹に、ジスランはなんだか疲れた表情だ。サシェの効果があまり効いてないのだろうか。
「はぁ……これはいよいよ審問会が開かれるな……」
「……?何か言った?」
「いや、なんにも。ところでこれ、確かに心が落ち着く気がするよ。物凄く良い香りだし、御守りに良さそうだ」
「是非そうしてちょうだい!それにはルフレくんの守護の魔法がかかってるんだもの」
同意を求める様にルフレくんを見れば、彼はぱぁっと嬉しそうな表情でこくこくと頷いている。本当に可愛らしくて見ているだけで癒される笑顔だ。
「光の上級妖精の魔法まで……これは確実に今夜開かれるな……心構えだけはしておくか……」
ジスランはまた何事かぶつぶつと呟いた後、覚悟を決めた表情をしていた。それを不思議に思いながらも、私はサシェ配りに集中する。何せまだまだたくさんあるのだから気合いを入れて配らなくてはならないのだ。
そうして私達は広い神殿の敷地内を端から端まで練り歩き、出会った皆さんにサシェを配っていく。この神殿は東部で最も規模が大きいから、司祭様は7人いらっしゃってその下の助祭の皆さんは60人程になるだろうか。
助祭の皆さんは、殆どの方が喜んで受け取ってくださったけれど、中にはジスランの様に驚いて固まってしまう方もいた。
司祭様になると全員が信じられない物を見る様な顔で私とサシェを交互に見てらしたけれど、そんなに驚く様な事だったろうか。
「……あ!ジスラン、前に結界の事で御礼を言われた事がないって言ってたわね。もしかしてこういう感謝の贈り物とかもあまりないのかしら?だから皆さんあんなに驚いてらしたのかもしれないわね」
「あー……そう、だな。そういう事にしとくよ」
なんだかジスランは乾いた笑みを漏らしているけれど、日々体を鍛えている彼が神殿内を歩き回っただけで疲れる筈もないし、どうかしたのだろうかと小首を傾げる。
「そういえば司祭様はジェロームよりも年上のおじ様達が多いのね。若い方はお二人だけだったもの」
「あぁ、イヴァン司祭様とサミュエル司祭様な。あのお二人は生まれつき神力をお持ちで、ジェローム大司教様みたいに幼い頃から聖職者として期待された方々だからさ」
「へぇ……そうなのね。特にイヴァン司祭様は中性的というのかしら?物凄くお綺麗な方よね」
今日初めてここにいらっしゃる全ての司祭様にお目にかかったけれど、特に印象的だったのがイヴァン司祭様だった。
長く美しい銀の髪を三つ編みにされていて、氷の様に透き通るアクアマリンの瞳をされた美丈夫だ。氷の妖精王だと言われたら信じてしまいそうな程にお美しくて、少し近寄りがたい神秘的な雰囲気の方だった。
そんな方でも私のサシェを見て物凄く驚いてらしたのだから、やはり皆さんに贈り物をして良かったなと思う。
「あの方はさ、一見冷たそうに見えるけど、実は可愛らしい物がお好きなんだよ。神殿に入り込んだ子猫にこっそり餌付けしているのを見た事あるから」
「まぁ!それは素敵ね!私も子猫は大好きよ」
近寄りがたいと思っていた方が、可愛らしい小動物がお好きだなんてなんだか親近感がわいてしまう。今度お会いしたらもう少しお話しできたらいいのだけれど。
そんな事を考えているうちに、最後の目的地だったジェロームの執務室前に辿り着く。クロヴィス様は暫く御実家に呼び出されてしまっているから、今日サシェを渡せるのはジェロームが最後だ。
コンコンと軽くノックすれば、中から入室を促す彼の声が聞こえるのだが、いつもよりも少しだけ声が低い。扉を少し開けて中を覗き込むと、彼はこちらを見ようともせず、真剣に机に向かっている様だ。
「なんだ、追加の仕事か?はは……オレはこんな事務仕事をする為に大司教になったんじゃねぇってのに……」
「お仕事大変そうね……お疲れ様、ジェローム」
「……っ!?!?!?」
声を掛けた瞬間、がばりと勢いよく顔をあげたジェロームは、目を丸くして私を見た後、首を勢いよく横に振ったかと思えば目を擦り始めてしまう。
「まずい……とうとうメラニー様の幻覚まで見え始めた……仕事のしすぎに決まってるな……」
「ふふっ、幻覚じゃないわ。正真正銘の本人よ。それだけ疲れが溜まってるのね……」
毎日本当に大変だわと彼を労いつつ、ジェロームの為に籠に残しておいたジャスミンのサシェをそっと手渡す。
「ジャスミンの優雅で甘い香りは緊張をときほぐして幸せな気持ちにさせてくれるわ。仕事は手伝えないけれど、無理はしないでね」
彼は私の差し出したサシェをぎゅっと掴みながら、ぽかんとした表情で私を見ている。やはり相当疲れが溜まっている様だ。
「え……め、メラニー様……?オレの妄想ではなく?」
「妄想じゃないわ。こうして触れられるでしょう?」
サシェを掴む彼の両手にそっと触れれば、彼はひっと声をあげると大きな音を立てて椅子から転げ落ちてしまうのだから驚いてしまう。怪我などしていないだろうかと確認するのだけれど、ジェロームは固まってしまったかの様にぴくりとも動かない。
「ジェローム!?しっかりして!?」
「うわー……実際見てみるとあまりに酷いな。メラニーちゃん、これは大司教様に同情するよ……」
「えぇ?ジスラン、訳の解らない事を言ってないでジェロームを起こすのを手伝ってちょうだい!」
何とも言えない表情をしているジスランは、溜息を一つ漏らすと私の反対側に回り込みジェロームの片腕を肩に担ぎあげる。そのまま軽々とジェロームを立たせてしまうのだから物凄い力だ。
彼はそのままぐったりとしているジェロームの頬をぺちぺちと叩く。
「気を失ってる場合じゃありませんよ、ジェローム大司教様!あなたの持ってるそれ、この神殿の者皆が持ってるんですから。この意味解りますよね?」
ジスランの声に反応する様に、ハッとした表情を浮かべたジェロームは彼と私の顔を交互に見やり、その顔色はみるみる青褪めていってしまう。
「は……?皆、皆だと!?あのとりすましたイヴァンや小生意気なサミュエルだけじゃなく、くそジジイ共もか!?」
「間違いなく今夜あなたは審問会に召喚されるでしょうね。たぶん俺もですけど」
「い、嫌だ……!!オレはこのままメラニー様と夕飯をとるんだよ……!!」
審問会という聞き慣れない言葉に、私は小首を傾げるばかりだったのだけれど、ジェロームがこんなに嫌がるのだからなんだか大変な会である事は想像がついた。
「姫様、ジェロームもジスランもこの後用事ができましたから、ぼく達は戻りましょう」
「そうね。クロヴィスも暫く留守だし、あたし達だけで楽しみましょうよ」
「えぇ?本当にいいのかしら?」
ルフレくんとシエルちゃんはもう帰る気満々の様だし、ちらりと見たジェローム達もなんだか忙しそうだ。
「それじゃあなんだかよく解らないけれど、私達は先に帰るわね。ジェロームもジスランもあまり無理せずに頑張ってちょうだいね!」
「えっ!?そんな、メラニー様!?」
絶望感に満ち溢れたジェロームを残していくのは気掛かりだったけれど、ジスランがついているからきっと大丈夫だろう。私はそう思い込む事にして、夕飯のデザートについて盛り上がっているシエルちゃんとルフレくんの後に続くのだった。
読んでくださってありがとうございます!
作者のやる気に繋がりますので、面白かったと思って頂けたら下にある☆を押して評価やブクマを宜しくお願いします!
次回はジスラン視点のお話になります。




