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獣人王女エルヴィールは、アレクシス閣下の話に耳を傾ける

「まず、ルヴィ、君に罪をなすりつけるような状況が、あえて作られているように思えたんだ」


 なんでも、閣下は私が筆談で事情聴取を受ける場にいたらしい。頭巾を深く被っていたようで、存在にまったく気づいていなかった。


「おかしいと最初に思ったのは、そのときだ。ルヴィ、君は左利きだね?」


 その言葉に、こくりと頷く。


「やはりそうか。筆談するさいに、左でペンを握ろうとしていたし、先ほど私の手のひらに文字を書くときも、左だったからね」


 利き手がどうしたのか?

 首を傾げていたら、その理由について閣下は話し始める。


「君を発見したとき、リンゴは左手に握らされていたんだ。左利きならば、ナイフを持っているはずなのに、右に持っているのはおかしいだろう?」

「!!」


 そうだ。たしかに私は、左手にリンゴを握っていた。

 おそらく魔法使いの男は私が右利きだと思い、左手にリンゴを握らせたのだろう。

 ルビーは私の利き手なんか知らないので、当たり前のように右利きだと思われていたに違いない。


「罪を犯した者は、保身に走る場合が多い。けれども君は、まったくしなかった。いいや、違うな」


 〝できなかった〟のではないかと、ズバリと指摘する。そのとおりだが、これも呪いで行動が制限されているのか、身動きが取れなくなってしまった。


「君は、もともと言葉を話せるだったのだろう?」


 その質問についても、反応できない。閣下は眉尻を下げ、小さな声で「そうか」と言葉を返す。


「自分に有利になる証言ができなくなる魔法か何かがかかっているな。これは厄介だ」


 これは呪いではないと閣下は言い切る。


「呪いだったら、呪術医がすべて解いているはずだ。彼は口は悪いものの、腕前は確かだからね」


 呪いではなかったらなんなのか。それは閣下にもわからないという。


「一応、呪いについて詳しいつもりだったけれど、想像もつかない」


 念のため、もう一度呪術医を呼んで診てもらうようだ。

 そのさいに、何か明らかになればよいのだが……。


 私の様子がおかしな点以外にも、不審に思うことがあったらしい。


「王都近郊で襲撃を受けるなんて、ありえないんだ」


 なんでも王都の周辺は警備が厳しく、騎士隊が常に巡回している。さらに、夜には魔物も多く生息していることから、闇に紛れて襲撃でもしようものならば、逆に自分達が襲われる可能性もある。盗賊も事情を把握しているので、この辺りでは悪さをしないらしい。


「この事件は君にすべての罪が被るよう、仕組まれたものではないかと思っている」


 ただ、証拠がない。そのため、私を保護したのだという。


「おそらく犯人は君以外の誰かなんだろうね」


 犯人だと疑われているが、様子がおかしいのでここに連れられてきた。そう思っていたのに、閣下は私が犯人ではないと言い切る。

 その瞬間、涙がこみ上げてくるかと思ったが、何も出なかった。これも、私が有利になる反応だと判断されたのか。


「ペンダントの盗難騒ぎがあったようだけれど、侍女が主人の持ち物を保管しておくなんてよくあることだからね。王女も、君に預けていたのを忘れていたんだろう」


 私が着ていたメイド服のポケットから発見されたペンダントは、絹のハンカチで包まれていた。その点から、王女から保管しておくように命じられて、その状況でできる限りの丁寧な保管方法で持ち運んでいたのだろうと閣下は推測する。


 そのとおりだと言いたかったが、やはり何も行動は起こせなかった。


「盗んだ品をポケットに入れたままにするなんて、見つけてくださいと主張しているようなものだからね。私だったら、そうだな。自分とは関係のない鞄に細工して隠すかもしれない」


 ルビーが仕組んだ犯行を、閣下はひとつひとつ冷静に分析していた。

 ただ、それは推測にすぎず、証拠はどこにもないと言う。


「あとルヴィ、君は王女の腹違いの姉で、アルノルト二世との結婚を望んでいた、なんて話も聞いたのだけれど。それは本当なのかな?」


 なぜか、楽しげな様子で聞いてくる。これも、ルビーがついた大嘘だ。アルノルト二世との結婚を望んでいたのは、ルビーのほうである。


「反応なし、か。ということは、これも間違った情報なのかな?」


 そうだと頷きたかったが、いかんせん体が動かせない。反応がない私を、閣下は興味津々とばかりに覗き込んでいた。


「意思を奪うなんて、本当に酷い魔法だな」


 私がビクリとも動かないため、閣下は独り言のように話し始める。


「君がツークフォーゲルの国王と結婚し、下克上してやるなんて考えるタイプには、とても見えない」


 そもそも獣人だとは知らなかったと、閣下はぽつりと呟く。


「ファストゥ出身の獣人だと知っていたら、すぐにでも保護したのに」


 事故当時はメイドキャップを被っていた。そのため、獣人とはわからなかったのだろう。

 気になる点があったので、閣下をジッと見つめる。すると、文字が書けるように手のひらを差し出してくれた。


「――どうして、ファストゥ出身の獣人だったら保護したのか、だって?」 


 こくりと頷くと、閣下は真剣な表情で話し始める。


「それは、現在のファストゥが、過去のツークフォーゲルよりも獣人差別が酷い国だからだよ」


 その言葉は、まるで今のツークフォーゲルには獣人差別の思想はないと言っているように思える。

 閣下はこちらが質問せずとも、ツークフォーゲルと獣人の歴史について語ってくれた。


「かつてのツークフォーゲルは、獣人に対する差別が酷かった」


 獣大国アレグリアより逃げてきた獣人を、ツークフォーゲルの者達は好き勝手使っていたらしい。


「今は考えを改め、アレグリアの者達もごくごく普通に権利を与えられ、ツークフォーゲルの国民として生きている」


 それは獣人差別が酷いファストゥで育った身からすれば、驚くべきことだろう。

 だからここの人達は私に優しかったのだと、納得してしまった。


「しかしながら、ファストゥでは現在も獣人差別の思考がなくならない。耳を塞ぎたくなるような酷い扱いを受けているという話を、何度も耳にしていた」


 ツークフォーゲルではファストゥから逃げてきた獣人を最優先で保護し、独立して働けるよう衣食住を提供しているようだ。


「体力があり、賢く、協調性がある獣人達はとても優秀な人材で、ツークフォーゲルの各地でさまざまな仕事をし、活躍しているんだよ」


 そんな世界があったのかと、驚いてしまった。

 これまでツークフォーゲルとは国交がなかったため、どんな国であるかという情報が入ってこなかったのだ。


「これまで、辛かっただろう。ここでは、誰も獣人を差別しない。だから、心と体が元気になるまで、ゆっくり過ごすといい」


 閣下の声は優しくて、穏やかで――ここでも涙がでそうになったものの、魔法が作用したのか、単に私の涙が涸れているのか、反応できなかった。


 そんなことよりも、まさか私が犯人ではないとわかってくれる人がいたなんて。奇跡としか言いようがない。


 閣下は証拠を集め、犯人を捜すという。

 けれども私は、犯人なんてどうでもよかった。

 言葉は封じられているし、事件について私が有利になる行動はできないようになっている。

 それにルビーは私が下手な行動にでたら殺すとまで言っていた。


 今後、どうするかは心に決めている。

 声と立場を奪われてしまったが、命の危機に晒されているので、傍観を決め込もう。

 ルビーの悪事を暴こうとして、自分が深みにはまってしまったら元も子もないから。

 幸いと言えばいいのか。ツークフォーゲルでは、獣人を尊重し、差別しないと言っていた。

 叶うならば働きながら自分の力だけで、暮らせるようになりたい。

 それがすべてを奪われた私の、ささやかな願いであった。 

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