表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/79

獣人王女エルヴィールは、離宮でアレクシス閣下と会う

 そこは広い庭に豪壮ごうそうな宮殿が佇む、洗練された場所だった。

  これだけ広い敷地と宮殿を与えられているということは、閣下は王族で間違いないのだろう。

 そんな人物がなぜ、私の身柄を騎士隊に渡さず、自ら引き取ったのか。

 最大の謎であった。


 辿り着いたのは離宮の裏口だった。誰にも会いたくないだろうと話しながら、ウルリケは宮殿内へと案内してくれる。

 離宮は床も壁も天井も、白い大理石でできており、どこもかしこも贅が尽くされていた。

 美しいとしか言いようがない建物だが、行く先は王城と変わらない。薄暗い地下の牢屋だろう。

 そう思っていたのに、辿り着いたのは瀟洒しょうしゃな家具が並ぶ客間だった。

 どう振る舞っていいのかわからず、呆然と立ち尽くしていたら、椅子を勧められてしまった。

 大人しく座ると、続けざまに話しかけられる。


「私はウルリケ・フォン・ザイファートと申します」


 会釈を返すと、「以後お見知りおきを」と丁寧な挨拶を受けた。


「あなたはルビーさん、でしたっけ?」


 違う。ルビーではない。

 否定しようとしたものの、体が硬直したように動かなくなってしまった。

 文字を書こうとしたらペンが吹き飛ばされたことを考えると、ルビーに不利な証言や動作ができなくなっているのだろう。


 反応がない私をウルリケは追及せず、優しい言葉をかけてくれる。


「ここにに来てから何も召し上がっていないそうですね。食事を用意しましょうか?」


 ツークフォーゲルの王城に連れられてから水しか飲んでいなかったが、依然として食欲はなかった。

 首を横に振ると、ウルリケは眉尻を下げ、困った表情を浮かべる。


「ここにあるサンドイッチやジュースは、お好きなときに召し上がってくださいね」


 閣下がくるまで、しばしゆっくりしておくようにと言われる。

 ウルリケはそのまま、客間から去ってしまった。


 信じがたい気持ちになる。見張りはつけないようだ。

 気になって客間のドアノブを捻ってみたが、鍵なんてかけられていない。

 いつでも逃げられるような状況である。

 まさか、逃走防止の魔法でもかけているのか。だとしたら、今の状況も納得できた。


 このような中で落ち着けるわけもなく、刻々と時間だけが過ぎていった。

 ウルリケが出て行ってから一時間半ほどで、客間の扉が叩かれる。


「失礼」


 一言断ってから中へと入ってきたのは、閣下だった。

 素早く立ち上がり、彼のほうを見つめる。すると、あろうことか閣下は柔らかく微笑んだ。


「大丈夫、緊張しないで。僕は、君にとっての敵ではないから」


 味方ではないが、敵ではないと言いたいのか。その言葉の本意はまだ見えない。

 大公は向かい合った位置に腰かけ、ジッと私を見つめる。

 見透かされているような、心地悪い感覚を味わう。

 遅れてやってきたウルリケを見つけた瞬間、安堵してしまった。


「あの、閣下、そのように見つめては、彼女も緊張されるのでは?」

「ああ、そうだね。すまなかった」


 閣下は長い足を組み、リラックスした様子で自らを名乗る。


「僕はアレクシス・フォン・アルムガルドという。陛下の筆頭秘書官を務めている」


 アルムガルドという家名は覚えがある。王家の傍系だ。やはり、彼は王族の一員だったようだ。


「気軽に、アルと呼んでも構わないよ」


 アレクシスだから、愛称は〝アレク〟か〝アレックス〟なのではないか。なぜ、家名からアルを取るのか謎でしかない。


「君は王女殿下の侍女で、ルビー・ド・ボワデフル、だったかな?」


 違う。私はルビーではない。けれども、否定する手段は持たなかった。


「――君は、ルビーではない?」


 そう問いかけられた瞬間、閣下を見つめてしまう。


「そうなんだね。だったら、本当の名前を教えてくれるかい?」


 閣下は立ち上がり、何を思ったのか私の隣に腰かける。そして、大きな手を差し出してきた。

 握手を求めているのではないことは、かろうじてわかる。

 この手はいったいなんなのか?

 顔を見上げると、閣下は再び柔らかく微笑んだ。


「僕の手のひらに、指先で名前を書いてごらん」


 そうだ! ペンは掴めなくても、指先だったら邪魔されずに書けるはず。

 だが、ここで本名である〝エルヴィール〟と書いても、また嘘をついていると言われるかもしれない。もう、犯人扱いされるのはこりごりだった。

 私は閣下の手のひらに、自らの名前を書く。


「――〝ルヴィ〟! そうか。発音はルビーではなく、ルヴィなんだね?」


 そうだと頷いた。

 どうせ、エルヴィールと名乗っても信じてもらえないだろうし、呪いの力で邪魔される可能性があった。ペンが弾かれたように、指先が吹き飛んだら大変だ。

 だから、幼少期の愛称であった〝ルヴィ〟を名乗る。


「ルヴィか。品があって、いい名前だね」


 母しか呼んだことのない愛称である。そう言われると、照れてしまった。

 閣下は私の手を両手で包み込むように握り、噛んで含めるように言った。


「僕はね、君が王女の襲撃事件の犯人だとは思っていない。だから安心して、ここに滞在するといい」

「――、――!?」


 声が出せないのがもどかしい。そう思っていたら、閣下は手を差し出してくれる。ここに書け、と言いたいのだろう。


 好意に甘え、閣下の手のひらに「それはどうして?」と書く。

 きちんと伝わったようで、私が書いた言葉を復唱し、間違いがないか確認してくれた。

 頷くと、閣下は話を続ける。


「あの事件は、不審だと思う点しかないからだよ」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ