ルヴィと陛下の朝散歩
朝――目を覚ますために庭を散歩するのは、私と夫の日課である。
今日は朝霧が濃いからと言って、夫は私の手を握って離さない。
「大丈夫なのに」
「ルヴィは世界一愛らしいから、朝霧に紛れて悪い妖精に攫われてしまうかもしれないからね」
今日も夫は過剰なほどに過保護なのだ。
はあ、と盛大なため息を吐いていたら、夫が私を見ながら微笑む。
「どうしたの?」
「いや、いい朝だと思って」
「嘘ばっかり」
「本当だよ。毎日、僕は朝が楽しみなんだ」
夫は遠い目をしながら、薄曇りの空を見上げる。
「ルヴィ、これまでの僕は朝が嫌いでね」
「起きられないから?」
「それもあるけれど、新しい一日が始まるのが、嫌でたまらなかったんだ。希望も何もない人生だったんだよ」
かつての夫は人々から恐れられ、幽閉されていた。誰からも愛されず、いない存在のように扱われていたのだ。
このまま目覚めなければいいのに、と思った朝は一度や二度ではなかった、と悲しげな様子で語る。
私はかける言葉が見つからず、代わりに繋いだ手をぎゅっと握った。
すると、夫は私のほうを見て、嬉しそうに微笑む。
「でも、ルヴィとこうして出会ってからは、毎朝、起きるのが楽しみになったんだ。早くルヴィに会いたいから、早起きしているくらいなんだよ」
それは私も同じだ。朝、一刻も早く夫に会いたくてたまらなくなるから、早起きできるのだろう。
「これまでずっとルヴィがいない人生だったのに、今はもう、ルヴィがいない人生なんて考えられない。僕にとって、ルヴィが人生で、生きる意味なんだ」
……とてつもなく重い。
私なしの人生なんて~というのは何回も聞いていたが、それ以上巨大感情を胸に秘めていたなんて、知らなかった。
もしも私が先に死んだら、夫はどうなるのか。
いや、考えたくない。
一日でも多く夫よりも生きなければならない、と心の中で強く誓った。
「僕は、世界一の果報者なんだ。ルヴィみたいな愛らしい妻がいてくれるからね」
「私も、幸せ」
そんな言葉を返すと、夫は私をぎゅっと抱きしめる。
「僕、ルヴィを幸せにできてる?」
「で、できてるよ」
「よかった。不安だったんだ。僕みたいな人間が、ルヴィを幸せにできているかって」
まさか、夫を不安にさせていたなんて、夢にも思っていなかった。
普段、感謝していたのだが、それだけでは伝わっていなかったらしい。
お礼を言うだけでは、心の奥底は伝わらないのだ。
「私、言葉が少なくって」
「僕もだ。ルヴィからいろいろ気持ちを引き出さないといけないのに、できていなかったから」
照れもあったのかもしれない。そう告げると、夫は思いがけない提案をする。
「だったら、言いにくいことは今度から、僕の手のひらに文字を書けばいいよ」
そう言って、夫は私に手を差し伸べる。
口に出すには照れてしまって言えないこと。
すぐに思いつき、私は夫の手のひらに指先で文字を書く。
だいすき。
夫はすぐに意味を理解し、幸せそうに微笑んだ。
たったそれだけで、私は夫の心を満たすことができるようだ。
これからは恥ずかしがらずに、どんどん夫に本心を伝えたい。
けれどもまた照れるので、手のひらに文字を書くところから練習しようと思ったのだった。




