獣人王女エルヴィールは、客人と話す
帰宅すると、レナータが血相を変えてやってくる。
いったいどうしたのか。彼女の背中を摩りながら話を聞く。
「あ、あの、へ、陛下が、こちらにいらっしゃっておりまして、ルヴィ様とお話ししたいとおっしゃっているそうです」
彼女が血相を変えるわけだと納得してしまった。
それにしても、アルノルト二世が直々にやってきて用事があるというのは、どういうことなのだろうか。
ドキドキしながら、客間へと急いだ。
アルノルト二世は三人掛けの長椅子にどっかりと座り、まるでここの主だとばかりの威厳を放っていた。
その向かいにアルが腰かけていて、手招きしてくれる。
「ルヴィ、ごめんね。収穫祭で疲れているのに、帰って間もなく呼び出してしまって。陛下がどうしてもルヴィとお話ししたいって言うものだから」
アルが隣をポンポンと叩くので、そこに腰を下ろす。
「収穫祭に参加していたようで、ご苦労だった。何やら、とんでもない事態に巻き込まれたようだな」
どうやら、ルビーが起こした騒動についてはすでに耳に届いているようだ。
「ルヴィが考えた果物紅茶を無料配布していたなんて、彼女は何を考えているんだろうね」
アルは私を抱きしめ、頭を撫でながら「辛かったね」と言ってくれる。
アルノルト二世の前でされていい行為ではないとわかっているものの、疲れていて指摘する元気は残っていなかった。されるがままになってしまう。
そんな私達を前にしたアルノルト二世から、うんざりという空気がビシバシと伝わっていた。仮面で顔は見えていないのに、心底呆れているという表情が想像できた。
もしかしたら突然呼び出されてしまったアルによる、アルノルト二世への抗議活動だったのかもしれない。
ひとまずアルから離れ、話に耳を傾ける。
「あの者には正式に抗議しておく。まあ、その程度では堪えないだろうが」
まったくもって同意である。
前置きはこれくらいにして、本題へと移ってもらった。
「ふたつ、話したいことがある。ひとつ目は、〝スアリルの秘宝〟についてだ」
「!」
それは私が離宮から逃げる際にアルへの置き土産として託した、母だけが知っていた魔法で隠された金だ。
アルはアルノルト二世に相談し、その後、調査させたらしい。
「土地の権利者は、〝ルヴィ、もしくはヴィルという名の、秘密の魔法を知る者〟となっていた。これは、お前で間違いないな?」
アルノルト二世の言葉に、コクリと頷いた。
獣王国アレグリアでの土地の管理は、すべて魔法で行われているらしい。
母が私の本名ではなく、愛称で登録していたなんて驚きだ。もしかしてルビーの乗っ取りを予想していたのだろうか? その辺はよくわからない。
なんでも隠密部隊に調査させたところ、本当に金は存在したらしい。
魔法の力で強固に封印されているようで、権利者以外は採れないようになっているのだとか。
「お前の隣に座る男は、秘宝はすべてルヴィの物だと言って聞かない。あれからしばらく経ったが、今はどう思っている?」
私はアルを見上げ、頷く。手のひらにも、獣王国アレグリアにある秘宝はアルに託したものだと伝えた。
「おい、なんて言った?」
「……」
「黙っていないで答えるんだ」
アルノルト二世のヒリヒリするような空気に耐え切れなくなったのか、アルは私の主張を伝えてくれた。
「ルヴィは僕に秘宝を託してくれるらしい」
「そうか! よくやったぞ!」
ここで、驚くべき計画が語られる。
現在、悪政を強いているアレグリア王に、反旗を翻す者達がいるらしい。
「それは四大獣王家の者のひとりなのだが――」
あとは兵を率いて、アレグリア王を亡き者とするばかりだという。
しかしながら、兵力に若干の不安を覚えているらしい。軍事資金不足が問題となって浮上しているようだ。
「私達は以前から、その男と繋がりがあった。たびたび支援していたものの、こちらが大々的に金を動かすと、情報や作戦が露見してしまうかもしれない」
どうすればいいのかと悩んでいるところに、私が所持していた秘宝を発見した。
それがあれば、確実にアレグリア王を亡き者にできるのだという。
「ルヴィ、母君の財産を、戦争に使ってもいいのかい?」
母はアレグリア王の悪政が原因で国を出た。それがなければ、幸せに暮らしていたのだ。
もちろん、母だけではない。奴隷となったファストゥの獣人達も、アレグリア王のせいで不幸になった。
アルノルト二世にひとつだけ願う。
もしも獣王国アレグリアが平和になったら、各地に散った獣人達が元の生活に戻れるようにしてほしいと。
アルノルト二世は私の訴えに対し、「約束する」と言ってくれた。
獣王国に保管されていた権利書を、アルノルト二世は預かっていたようだ。
それは母の文字で丁寧に書かれたものだった。文字を見ただけで、懐かしさがこみ上げてくる。
権利者は母から私に変更されていた。魔法で上書きされているようだった。
そんな契約書に、アルの名前を書こうとしたら待ったがかかる。
「ルヴィ、ごめん。アルノルト二世のほうで、書いてくれるかな?」
アル個人の財産とするより、国王が管理する財産としていたほうが都合がいいのだろう。言われたとおり、書き直す。
「深く感謝する」
謀反が成功した暁には、ツークフォーゲルとアレグリアは良好な関係が築けるだろうと、アルノルト二世は話していた。
もしも母がアレグリアに戻ってきたら、会いたい。そんな希望を胸に抱いてしまった。




