獣人王女エルヴィールは、ルビーの愛人を追い詰める?
ヴァイスとヒンメルは少しゆすったら目を覚ました。深い睡眠状態ではなかったようだ。幻獣が拍節器の音を聞いただけで眠ってしまうという謎現象について気になるものの、今は任務に集中しなければならない。
ひとまず、会場をあとにするようだ。
レナータは幻獣を競りにかけるという酷い場面を目撃してしまったからか、顔色が悪いように思える。
彼女の肩を支えつつ、先へと急いだ。
最後列だったのと、皆、珍しいという白銀のワイバーンに夢中だったため、目立たずに扉まで辿り着く。
ただ、廊下には見張り役がいて、「どうかなさいましたか?」と声をかけてきた。途中で抜け出したので、少し不審な様子が声色に混じっているような気がする。
すかさず、アルが胸を手に理由を申し出た。
「すみません、連れの者が興奮しすぎて、具合を悪くしてしまったので」
具合が悪い者というのは、レナータのことだろう。見張り役の男は体を支える私とレナータを一瞥し、「そういうことでしたか」と小さく呟く。
アルが一歩前に出て、見張り役の男に物申す。
「大変、すばらしいものを見せていただきました。また、絶対に再訪します」
そう言って、アルは見張り役の男の腿にそっと触れた。すると、男の顔はみるみるうちに赤くなっていく。
アルの美貌は男性をも魅了してしまうらしい。恐れ入ってしまった。
おそらく、彼の記憶をアルに集中させるために、あえて行っているのだろう。さすがとしか言いようがない。
「では、ごきげんよう」
きっと彼の中にあった具合が悪そうなレナータの記憶は薄れ、色っぽい美女の印象しか残っていないだろう。
廊下を急ぎ足で進み、外に出た。
別部隊と合流し、レナータは女性騎士達の手で馬車に運ばれていった。
ウルリケが私も馬車にいたほうがいいのではと提案したものの、アルが却下する。
「ヴィルの夜目と鼻、耳はきっと役立つだろう。だから、同行させる」
「承知しました」
アルの信頼に応えられるように、頑張らないといけない。その前に、足手まといにならないのが最大の目標だろう。
関係者が出入りする扉を発見したようで、案内する者のあとを続いていく。
会場に残って現場を監視する者から、最新情報が鳥翰魔法で届いた。
なんでも白銀のワイバーンは過去最高額で取り引きされたようで、小切手のやりとりもその場で行われていたらしい。
競りは終了したようで、続いて別会場で参加者達の立食パーティーが始まったようだ。
一応、親睦会と名乗るだけの催しは行っているようだ。最初から、幻獣愛好家が集まって仲良くパーティーだけしていたらよかったのだが……。
帽子を外し、耳がよく聞こえるようにピンと立てておく。
周囲は不気味なくらい静寂で、風もなく、夜鳴きする鳥のさえずりさえ聞こえない。
そんな状況の中、アルがぐっと接近し、耳元で囁く。
「ヴィル、今日は例の男だけ捕まえる。他の者達は、印を付けておいたから」
印というのは先ほど見張り役の男に触れたものだったのか。
まさか、あの一瞬の間に仕込みをしていたとは……!
きっとひとり捕まえたら蔓を引っ張って大本を辿るように、関係者をずるずると把握できるのだろう。
ルビーの愛人が出てきたときのみ教えてくれと、アルは指示を出す。
とんでもない大役を引き受けてしまった。
大型の馬車の陰に隠れ、様子を窺う。どくん、どくんと胸が高鳴っていた。
扉が開き、ひとりの男が出てきた。帽子を深く被り、黒い外套をまとっている。
姿形、歩き方――間違いない。
あの人だと、アルの腕を引く。すると、すぐさま指示が出された。
どこに隠れていたのか。騎士達が次々と出てきて、男を取り囲む。
「な、なんだ、お前達は!?」
「大人しくしろ!」
想定外の展開だったようで、明らかにうろたえている。
すぐに懐を探って紙片を取り出した。
あれは、魔法巻物だ!
以前、彼は転移魔法が付与されたもので逃走を図ったとアルが言っていた。また、逃げられてしまうのか!?
魔法巻物が破られたものの、魔法は発動しない。
「な、なぜだ!? どうして――」
「足元を見てごらん」
アルが優しく声をかける。
ルビーの愛人の足元には、赤く輝く魔法陣が展開されていた。
「こ、これはなんだ!?」
「反魔法だよ」
魔法を無効化にする仕掛けを、アルは展開させていたようだ。
強い風が吹き、ルビーの愛人の帽子が吹き飛ぶ。アルと同じ銀の髪に紫の瞳が露わとなった。
アルノルト二世と顔立ちが少し似ている。
きっと彼は、王族の一員だったのだろう。
アルは静かに問いかける。
「このような罪を働いて、恥ずかしいとは思わなかった?」
「お前は、誰だ!?」
「名乗るほどの者ではありません」
アルは女装している上に暗い中なので、誰かはっきりわからないのだろう。
「なぜ、このような愚かな行いを?」
「うるさい!!」
ルビーの愛人は叫んだあと、口笛を吹く。
すると、どこからともなくワイバーンが飛んできた。
ルビーの愛人はワイバーンの足を掴み、そのまま飛び立って行った。
騎士のひとりが叫ぶ。
「ヒポグリフォンで追跡を!!」
「いや、止めておこう」
ヒンメルはそういった訓練を受けていないのと、夜間は空に魔物が出現しやすくなる。そんな危険な中を飛ばせるわけにはいかないと、アルは即座に判断したようだ。
「例の男が彼だと確信できたのは、大きな収穫だろう。皆の者、ごくろうだった」
アルは私を見下ろし、淡く微笑む。
「ヴィルも、協力してくれてありがとう」
彼の言葉に、私は頷いたのだった。




