獣人王女エルヴィールは、事件について考える
馬車の中では誰も話さなかった。緊迫感のようなものを感じたので、私も事情を打ち明けずに大人しくしておく。
離宮に戻ると、やっと心が落ち着いたような気がした。居室の長椅子に腰かけると、ふーーという長い息が零れる。
被っていた帽子を取ると、自由を取り戻した耳がぴょこんと立つ。アルもカツラを付けているので頭が痛くないのか。なんて質問したが、大丈夫だと返された。
「それよりも、先ほどの男――」
ルビーの愛人についての話題に、胸がどくんと大きく脈打つ。
彼についてどう説明すればいいのか。核心に触れた内容は伝えられないだろう。
あれこれと考えていたら、アルはまさかの発言をする。
「知り合いに似ているような気がしたんだけれど、後ろ姿だけだったので確かなことは言えないな」
ルビーの愛人がアルの知り合い!?
だとしたら、あの男はふたつの国を行き来しつつ、暗躍していたというのか。
「ルヴィ、否定するときだけ、反応してほしい。彼は知り合いなんだろう?」
そのとおりである。私が微動だにしない様子を見て、肯定と受け取ってくれたようだ。
「事件は、あの男が関係している?」
これも正解である。さすがアルとしか言いようがない。
「もしもあの人がルヴィの事件に関わっていたとしたら、最悪だな……」
アルだけでなく、ウルリケの表情も険しくなる。ただ、似ているだけなので、今のところはなんとも言えないらしい。
アルはあの男を行き止まりまで追い詰めたようだが、捕まえようとした瞬間、転移の魔法巻物を使って逃げられてしまったようだ。
珍しく、アルは悔しそうにしている。
ルビーの愛人さえ捕まったら、私は喋れるようになれる。事件の証言についても、正確に伝えられるだろう。
ここでハッとなる。
ずっとずっと、このままでいいと思っていた。ルビーは放っておいて、私は平穏無事な暮らしを送って行きたいと考えていた。それなのに、あの男を見た瞬間、私は怒りの衝動からあとを追いかけていたのだ。
アルが私に手のひらを差し伸べてくれる。何か言いたいという私の声なき主張を、察してくれたのだろう。
まず、アルに「ごめんなさい」と一言謝る。なんに対しての謝罪かわからないので、キョトンとしているようだった。
続けて、自分が決めたことを撤回すると、アルに伝えた。
事件について、やはりこのままでいいわけがない。悪人を野放しにするなど、許していいわけがなかった。
犯人を捕まえたい。そして、声を取り戻したい。
ルビーは王女でないと証言し、私はアルノルト二世と政略結婚をしなければならない。
行動を起こせば起こすほど、アルとの別れは刻々と迫るだろう。
それでもいい。
私が傍にいたら、アルに迷惑をかけてしまうから。
彼を私という枷から解放するという意味でも、事件の謎を追究し、犯人を捕まえることは大事なのだろう。
だからアルにお願いする。どうか事件を解決するために、力を貸してくれないか、と。
「うん、わかった。ルヴィ、一緒に事件を解決して、犯人を懲らしめよう」
アルは私の手を握り、強い瞳を向ける。
これまでの私は変化を恐れていた。けれども、変わることも大事なのだと気づかされる。
今まで私の中で鈍くなっていた怒りの感情が、ルビーの愛人との再会で沸き上がったのだろう。
私に欠けていたピースが、パチッとはまって完成されたような気がした。
アルと一緒ならば、きっと上手くいく。
そして、私はファストゥの王女としての未来を歩むのだ。
不安はある。けれども、以前のようにルビーを恐れる心はない。
以前は彼女の機嫌を伺いながら生きていたが、今はどうでもいいのだ。
ルビーなんかよりも、果樹を枯らす害虫や病気のほうが恐ろしい。いつの間にか、そういうふうに考えられるようになっていた。
ここでの暮らしが、私を強くしてくれたのかもしれない。
「陛下に調査をお願いしなければならないね」
事件解決の第一歩を、私とアルは新たに踏み出したのだった。




