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獣人王女エルヴィールは、公妾の娘ルビーと再会する

 これからどうすればいいのか。このままずっと喋れなかったら、王妃なんて務まるわけがない。

 私にアルノルト二世の王妃になる以外の価値なんてないのに……。


 いろいろ考えたってどうにもならない。今はもう眠ろう。

 そう思っていたのに、ガヤガヤと騒がしくなる。

 誰かやってきたのだろうか?

 まさか、アルノルト二世が来たとか?

 今、喋れない状態では会いたくない。そう思って毛布を深々と被る。

 勢いよくカーテンが開く音が聞こえた。


「ルビー、よかった!!」


 私を〝ルビー〟と呼ぶ声に、覚えがあった。

 被っていた毛布をそっとずらすと、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたルビーの姿が見える。

 あれは彼女がよく使っていた、〝催涙薬〟だろう。何か騒ぎを起こすたびに、あの薬を使って泣きながら私に酷いことをされたと訴えていたのだ。


「ルビー、あなた、生きていましたのね! 本当に、嬉しい!」


 いったい何を言っているのか。私はルビーではない。ルビーという名を持って生まれたのは、彼女自身だろう。

 ルビーが王女に成り代わっているという話は聞いていたが、実際に目の当たりにすると呆れたとしか言いようがない。


 ルビーの周囲には取り巻くようにドレス姿の女性達がいた。きっと、王妃付きの侍女となる人達なのだろう。

 ルビーは彼女達に、私について嘘八百を並べていく。


「この子の名前はルビー。わたくしの腹違いの姉ですの。公妾の娘で、王族ではないものの、わたくしによく仕えてくれました」


 誰がルビーで、王族ではないのか。唯一、腹違いの姉という点は真実であるが。

 話を聞いているうちに腹立たしくなる。この女性ひとは嘘つきだと叫びたいのに、声がでない。

 きっとこのために、ルビーは私の言葉を封じる呪いをかけたのだろう。


「少し、ルビーとふたりっきりでお話ししたいと思っております。席を外していただけますか?」


 ルビーを取り巻いていた女性達は恭しく頭を下げ、カーテンの外へと下がっていく。少し離れた位置から見守るようだ。


 私は渾身の力で、ルビーを睨みつける。すると、勝ち誇ったような微笑みを返していた。 パクパクと口を動かし、どうしてこんなことをしたのかと訴える。

 ルビーはぐっと接近し、耳元で囁いた。


「ごめんなさい。何をおっしゃっているのか、まったくわかりませんの」


 何がわからないだ。私をこうしたのは、ルビーに仕える魔法使いだろう。

 今日もまた、魔法使いの男の姿はなかった。きっと、どこかに潜伏させているのだろう。


「ねえ――」


 ルビーは私の腕をぐっと掴む。長い爪が、肌に食い込んで痛い。


「もしもおかしな行動に出たら、あなたをすぐに〝殺す〟わ」

「!?」


 なんてことを言っているのか、まったく理解できない。

 本当にこのまま王妃を演じるというのか?


「せいぜい大人しくして、泥水を啜るように生きることね。ファストゥから逃げ出したあなたの母親のように」


 その言葉を聞いた瞬間、私はルビーの頬を思いっきり叩いた。

 けれども、彼女は笑っていた。

 自尊心がどこまでも高い彼女なので、やりかえすだろうと思っていたのに。

 そう思った瞬間、ルビーは甲高い悲鳴をあげる。


「きゃーーーー!!」


 その悲鳴を聞きつけた侍女が、カーテンに飛び込んでくる。


「王女殿下、いかがなさいましたか!?」

「この子が、暴力をふるいましたの! 自分が王妃になれると、思い込んでいたようで!」

「なんて生意気な!」


 女性騎士も飛び込み、私の頭を強く押さえつける。

 廊下に待機していたらしい男性騎士も押しかけてきた。


「王女殿下に手を出す無礼者め! 捕らえよ!」


 あっという間に私は拘束され、罪人のように囚われてしまった。


 ◇◇◇


 乱暴に連行され、地下の暗い牢屋に閉じ込められる。

 さすがに病人用の寝間着では寒いと思われたのか、質素なワンピースに着替えさせられた。

 ルビーについて、思い返すだけでもはらわたが煮えくり返りそうだった。

 彼女はきっと、わざと私を怒らせるようなことを言ったのだろう。

 母についていろいろ言われるのは、絶対に我慢ならなかった。

 ルビーの言っていたとおり、母はファストゥから逃げた。

 優しい人だったが、ファストゥの獣人差別な思考に我慢ならなくなったのだろう。

 母は涙ながらに言っていた。私が妾の娘であれば、連れ出すことができる、と。

 王女だった私は、母と一緒に逃げられなかったのだ。

 ルビーは私が母の悪口を言ったら怒るのを知っていたのだろう。だから、ここぞという場で使った。

 その愚かな策に、私はまんまと引っかかってしまったわけである。


 王族に暴力をふるったとなれば、一生ここから出られないのかもしれない。

 けれども私には、王女の証であるペンダントがある。所持品を調べてもらったら、正体に気づいてくれるだろう。


 そんな希望を抱き、状況が変わるのを待つ。


 数時間経ち、事情聴取をしにやってきた。

 私が喋れないというのは聞いているのだろう。ペンと紙が用意された。

 早く、私がファストゥの本物の王女であると主張したい。

 それなのに――ペンを手にした瞬間、バチンと弾かれたように飛んでいった。

 何度試しても、手からペンが離れていく。

 なぜ? どうして?

 これも、ルビーと契約した魔法使いの男の呪いなのだろうか?


 私がこのような様子なので、事情聴取は取りやめとなる。

 王女であると主張する手段を奪われ、絶望した。

 その日の晩は、一睡もできなかった。


 牢屋から出られたのは、翌日の話である。


 私は両手を拘束されたまま、女性騎士に連行された。

 王女だとわかったから、釈放されるという雰囲気ではなかった。

 質素な石畳の廊下から、毛足の長い絨毯が敷かれた通路を通り、重厚な二枚の扉の前に辿り着いた。

 大勢の騎士達がずらりと並んでいるので、きっとこの先は玉座の間なのだろう。

 拘束された状態で、私はどのような扱いを受けるのか。まったく想像つかなかった。


 扉が開かれ、背後にいた騎士より「進め!」と命じられる。


 そこには大勢の者達がいて、真っ赤な絨毯が敷かれた先に国王のみが座ることを許される玉座があった。

 玉座に腰かけるのは、仮面をかけた若き王――アルノルト二世であった。

 

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