獣人王女エルヴィールは、レモンを収穫する
レモンの収穫シーズンも冬から秋までと、品種によってバラバラだ。
今日は冬の初めに収穫期を迎えるレモンを採っていくという。
レモンの木に近づくと、爽やかな匂いに包まれる。ただ、おいしそうな匂いに反して、果実は非常に酸っぱい。そんな果実でも、好む幻獣がいるようだ。
レモンの木を襲う病気や虫は少なく、農薬や殺虫剤は必要としないらしい。そのため、皮ごと食べたり、加工したりしても問題ないという。
強い農薬を使う果物は、しっかり皮を剥いてから幻獣に与えているようだ。
収穫前に、ネリーが注意してくれる。
「レモンの木は棘があるから、注意するんだよ」
ヴァイスは片手を挙げ、『ジュ!』と元気よく返事をする。ヒンメルは翼をバサッと広げ、棘など恐るるに足らず、といった態度でいた。レナータは棘と聞いて怖がっているように見える。
そんな彼女にはヴァイスからレモンを受け取って木箱に詰める作業を頼んだ。
「そ、そんな! ルヴィ様は収穫なさるのに、私だけ逃れるわけにはいきません」
分厚い手袋があるので平気だ。逆に、箱詰めのほうが苦手である。レナータは木箱に果物を詰めるのが上手なので、適材適所だろう。
どうしてあんなに上手く詰められるのか、尋ねてみた。
「小さい頃の遊びで、父の荷造りをするメイドを手伝っていたんですよ。だからだと思います」
レナータの父親は商人でもあるので、各地を転々としていたらしい。彼女が幼かった頃は、しょっちゅう買い付けに行っていたのだとか。
大きなテーブルに服や小物、携帯食料や飲み物の瓶などが並ぶ様子は、これから冒険が始まるのだと物語っているようで、見ているだけでワクワクしていたようだ。
「絶対に鞄に入らないだろうって量が広げられているわけですよ。それらを、メイド達は上手く詰めるんです」
その作業を手伝った経験が、果物の箱詰めに役立っているようだ。
と、お喋りはこれくらいにして、作業を開始する。
ヴァイスは軽やかにレモンの木へするする登っていったが、途中で尻尾の毛先が棘に引っかかって『ジュー』と悔しそうに鳴いていた。私も髪を引っかけないように気を付けなければならないだろう。
ひとつひとつ、レモンをもいでいく。茎からプツンとレモンの実が採れた瞬間、匂いが濃くなる。それをかぐのは幸せの瞬間だ。
枝葉の奥に大ぶりのレモンがあった。手を伸ばし、身を前にかがめていたら、頬に痛みが走る。どうやら棘を引っかけてしまったようだ。収穫に夢中になるあまり、棘について失念していた。
深い傷ではないので、そのまま作業を続ける。
カゴがいっぱいになったので脚立を下りたら、下で待機していたウルリケにギョッとされてしまった。
「ルヴィ様、頬から血が滲んでおります」
ち? とポカンとしてしまったが、すぐに棘を引っかけていたことを思い出した。そこまで痛みはないので、すっかり忘れていたのである。
「おケガをされたときは、私にご報告ください」
ごめんなさいと謝ると、怒っているのではない、心配しているから言っているのだと諭される。
母がいなくなってから、風邪を引いても、転んでケガをしても、ルビーに嫌がらせをされて擦り傷を作っても、誰も心配なんてしなかった。そのため、その辺の意識が疎くなっていたのかもしれない。
今度から擦り傷でも報告すると、ウルリケと約束を交わす。
すると、彼女は安堵するように微笑んでくれた。
「では、治療をしましょう」
ウルリケはレナータを呼び、応急処置をするように頼み込む。
「う、うわ! ルヴィ様、おきれいな顔に傷が……!」
レナータは大げさであった。皮膚を棘で軽く擦った程度の傷なのに、重傷者のような扱いをしてくれる。
傷口を洗い、傷薬を塗った。
「たぶん、しばらく経ったら傷は塞がると思います」
レナータとウルリケに感謝の気持ちを伝えた。
収穫が終わったら、レモンを保存させる。ネリーが教えてくれた。
「比較的早く食べるレモンは、新聞紙にひとつひとつ包んでおくんだ」
レモンは紙で包んでおくと乾燥を防ぐようだ。このまま常温保存だと五日間くらいしか保たない。魔石保冷庫の中で保管しておくと、十日から二十日ほど保つようだ。
「これ以外にも、果汁を搾って保存しておく方法もある」
凍らせたレモン汁は、約十ヶ月間保つらしい。この状態のレモンは夏期の暑いシーズンに、幻獣達のおやつになるという。
「あとはカットして乾燥保存したり、ジャムにしたり、クリームを作ったり、まあいろいろあるね」
冬のレモンは収穫量が多いため、保存用に加工するものが多いようだ。
「今日は年に一度の収穫祭で販売する商品作りをするよ」
初めて聞く催しに、耳がピン! と立ってしまった。




