獣人王女エルヴィールは、目覚める
死体回収用の荷車には、騎士隊の遺品らしき私物も乗せられていた。夜盗に奪われないよう、集めて回ったのだろう。
血肉が付着し、とんでもない臭いを放っていた。普段だったら涙を流すくらいの悪臭である。
けれども救助された安堵感からか、私はまどろんでしまう。
さんざん酷い目には遭ったものの、ひとまず命は助かった。
よかった……のかはわからない。
ルビーが王女に成り代わり、ツークフォーゲルにいるという。
ただ、ツークフォーゲルには呪術医と呼ばれる呪いに関する専門の医者がいるようだ。呪いが解かれたら、私が本物の王女だと主張できるだろう。
幸いと言えばいいのか。私のポケットには王女の証であるペンダントがある。これで、証明できるだろう。
太陽はあっという間に沈み、夜の帳が下りてくる。
ツークフォーゲルの夜空は、星がキラキラと瞬いていた。
ファストゥは魔石工場から輩出される煙のせいで、空が常に霞んでいるのだ。
ああ、なんて美しい夜空なのか。
なんてことを考えているうちに、私は深く寝入ってしまった。
◇◇◇
――ドクン! と胸が大きく鼓動し、勢いよく目を開く。
「先生、目覚めたようです」
「ああ、そのようだな」
視界はぼやけていたものの、何度か瞬くうちにはっきり見えるようになった。
私を覗き込むのは、二十歳前後のメイド服をまとった女性である。その女性を押しやり、褐色の肌を持つ青年が視界に飛び込んできた。
ナイフのような尖った耳に、褐色の肌――驚いた。彼は世にも珍しいダークエルフである。年頃は二十代後半くらいか。エルフの寿命は三百年から五百ほどと長いため、見た目イコール実年齢ではないだろう。
鈍色の髪は長く、三つ編みにして胸の前から垂らしていた。琥珀色の瞳は、私を睨みつけるように眺めている。
「おい、女。声は聞こえるか?」
その問いかけに、こくりと頷く。
「耳は聞こえる。体も動くようだな」
その言葉を聞いてハッとなる。これまで動かせなかった体が言うことを聞くようになっていた。
慌てて起き上がろうとしたが、ダークエルフの傍にいたメイドらしき女性に止められる。
「ああ、まだ動かないほうがいいですよ。解呪にご自身の魔力を大量に消費したので、目眩がするはずです」
言われたとおり頭は痛いし、くらくらする。しかし呪いは解けたようで、ホッと安堵した。
「これから事情聴取があるだろう。それまで休んでいたほうがいい」
「――!?」
事情聴取? どういうことなのか。
なんて言おうとしたものの、声が出ない。
パクパクと口を動かしていると、ダークエルフが私の異変に気づいたようだ。
「どうした? 呪いはすべて解いたはずだが?」
「――、――、――!!」
解けていない、ぜんせん、解けていない。
なんて言おうとしたが、まったく言葉にならなかった。
「お前、自分の命が惜しいから、喋らない演技をしているんじゃないだろうな?」
「先生! 彼女は目覚めたばかりです! どうか、乱暴な物言いで責めないでくださいませ!」
「うるさい! 俺の解呪は完璧だったんだ! このようなケチがつく結果など、納得できない!」
「事故のショックで、言葉を失っている可能性もあります!」
呪いは解けたと言っていた。それなのになぜ、喋れないのだろうか。
わからない。
「まあ、事情聴取は筆談でもできるからな。お前、字は書けるのか?」
ダークエルフの問いかけに、こくりと頷く。小さな声で「だったらいい」と呟き、部屋から去って行った。
メイドの女性は、私に優しく声をかける。
「ごめんなさいね。先生は、悪い人ではないんです」
食事を用意しているので、好きなときに食べるようにと言ってメイドの女性も去って行った。
寝台の近くに置かれた円卓には、果物とパンが山盛りになったカゴ、茹でた卵にジャムの入った小瓶、水差しなどが置かれていた。
果物はつやつやと輝き、ひと目で新鮮なものだとわかった。パンは焼きたてなのだろう。香ばしい匂いが漂っている。けれども食欲はまったくないので、手をつけようとは思わなかった。
私が今いる場所は、医務室だろう。四方は白いカーテンに囲まれていて、薬品の匂いもする。
周囲には見張りだろうか。剣を佩いた女性のシルエットが見える。
おそらく私は、事件の重要参考人なのだろう。逃げ出さないように、見張っているのだ。
手をにぎにぎと握り、足先をパタパタと動かしてみる。体の自由は利くようだ。
服装は白い寝間着を着せられていた。ジャムパンを詰め込んだメイド服は脱がされていたようだ。
ここでハッとなる。頭に触れてみると、被っていたメイドキャップは外されていた。
父王より、獣人であることは秘密にしておくようにと言われていたのに――。
口封じを、と思ったものの、あの高慢なダークエルフの口を封じるのは難しいだろう。それに彼はツークフォーゲルの者だ。父王の命令なんぞ聞く義務はない。
がっくりと肩を落としてしまう。
私が獣人だとわかっているのに、先ほどのメイドの女性は優しかった。いったいどういうことなのか。ファストゥのメイド達はいつも、私を不吉なものを見る目で蔑んでいたのに。用意された食事も、私にはもったいないくらいおいしそうな物ばかりだ。なぜ、このような扱いを受けているのか。わからないことだらけである。
そういえば、私物!
ポケットには一揃えの宝飾品のひとつであるペンダントが入っていたのだ。それから肌身離さず持っているようにと言われた、懐妊のさい父親の特徴のみを引き継げる薬も入れていたのに。辺りを見回しても、私の私物らしき品はどこにもなかった。
あれがないと、アルノルト二世との子に獣人の特徴が出てしまう。
父王に相談したら、同じ薬を送ってくれるだろうか?
いや、もう私が獣人だとバレているので、隠そうとするだけ無駄なのか。
これからどうなってしまうのか。まったく想像がつかない。
縁談が失敗となり、ファストゥに送り返されたりでもしたら、これまで以上に酷い扱いを受けるだろう。
仮に逃げ出したとしても、私は外の世界で生きる術なんか知らない。カゴの中の鳥なのだろう。外に放たれたら、すぐに死んでしまう。
ああ……と嘆く言葉さえ口から発することはできなかった。