獣人王女エルヴィールは、婚約披露パーティーに挑む
馬車に揺られていると、だんだんと緊張が増していく。
閣下は堂々としているように見えたが、途中で深く長いため息をついていた。
「ああ、ごめんね、ルヴィ。これから婚約披露パーティーだと思うと、落ち着かない気持ちになってしまって」
閣下でも緊張するのかと驚いてしまう。そのまま伝えると、苦笑しながら「たしかに、こんなに緊張するのは久しぶりかも」なんて言っていた。
「華やかな場所は得意ではなくてね。ずっと避け続けていた」
私のせいで、閣下をとんでもない事態に巻き込んでしまった。謝罪すると、首を横に振る。
「原因は僕にあるんだよ。ルヴィがあんまりにもきれいだから、参加者全員が好きになってしまうのではないかとか、誰かに連れ去られてしまうんじゃないかとか」
それはありえないだろう。断言できる。
私を好きになってくれる男性なんて、きっと閣下くらいだろう。
「ルヴィは自分の魅力に気づいていないんだね」
自らの魅力について、考えてみたがファストゥ唯一の王女という以外思いつかなかった。それに関しては、閣下に伝えることはできない。
「こんなにきれいなルヴィを、他の人達に見せたくないんだけれど、婚約披露パーティーだから仕方がないよね。ベールで隠れているだけよしとするか」
私を他人に見せたくない閣下と、恥ずかしくて顔を隠したい私との間には、奇跡的な利害の一致があったようだ。
そんな話をしているうちに、婚約披露パーティーの会場となる〝ネーベル宮〟に辿り着く。ここは歴史ある宮殿で、国内でもっとも広い社交場らしい。
婚約を広く知らせるために、たくさんの貴族を招待したようだ。
ルビーも大勢の取り巻きを従えながら参加しているようだ。招待していないのに、勝手にやってきたらしい。招待客でないので騎士が止めたようだが、それを聞き入れずにずかずかとやってきたという。
念のため、用心しておくようにと閣下が耳打ちする。
長い廊下を歩いた先に、大広間があった。
そこは白の社交場と呼ばれていて、床や天井、壁、すべてが白亜の大理石でできた豪奢な空間である。
閣下に手を引かれ、白の社交場に一歩足を踏み出した。
そこには大勢の貴族がいて、私達がやってきたことに気づくと拍手喝采が起こる。
もしかしたら、私が閣下の婚約者だとわかった途端、シンと静まり返るのではないかと不安だったのだ。
ルビーはすぐわかる場所にいた。
私と目が合った瞬間、微笑みを浮かべる。
すぐに扇で顔を隠したが、あれは彼女が私にいじわるをするときにするものだ。
嫌な予感がする。閣下の腕を引いて知らせようとした瞬間、先ほど閉ざされた扉が勢いよく開いた。
「号外だ!!」
燕尾服姿の男性が、紙の束を抱えて会場へ押しかけてきた。
号外と叫び、手にしていた紙の束を天井に向かって投げていく。
はらはらと雪のように舞う紙は、参加者の手に行き渡ってしまった。
「アレクシス・フォン・アルムガルト閣下の婚約者は、ファストゥで王女になれなかった女で、日々エルヴィール王女をいじめていた上に、祖国には大勢の愛人がいる、あばずれ女だ!!」
ざわざわと、人々が記事を片手に囁く。
私に対する視線も、祝福していたものから批判するようなものになっていた。
書かれている記事は真実である。ただ、それは私に関しての情報ではなく、すべてルビーが行った所業であったのだが。
ルビーはヒンメルを幻獣保護局へ引き渡した腹癒せに、このような愚行に出たに違いない。
嫌な予感が的中してしまい、なんとも悔しい気持ちになる。
恐る恐る閣下のほうを見る。
ただ一点、記事を配る男を睨んでいた。これまでにないくらい怒っているようで、背筋がぞくっと粟立った。
「なんて愚かなことを」
閣下はそう言って、腕を伸ばす。赤い魔法陣が浮かび上がり、ぱちんと弾けた。
人々が手にしていた紙が一瞬にして燃え尽きる。
突然のできごとに、会場は混乱状態となった。
「誰の指示で、このような浅薄な行いをした!?」
鋭く責めるような声色に、騒がしかった会場はシンと静まる。
誰もが、自分ではないと首を横に振っていた。
「全員、この場に残れ。今から罪を暴く。そして、犯人を殺す」
閣下は腰に佩いていた剣を抜き、参加者のほうへ歩み寄っていった。悲鳴があがり、皆逃げようと扉のほうへ押しかける。
けれども扉の前に魔法陣が浮かんで、自動で閉まってしまった。
逃げられないとわかると、会場内はさらに混乱状態となる。
まず閣下は記事をばら撒いていた男の前にやってくる。最初の一睨みで、彼は膝から頽れた状態のまま動けなくなっていたようだ。
「お前はなぜ、このようなことをした?」
「わ、私は金で頼まれていただけなんだ! それに、正しい情報を周知させるのは、悪いことではないのだろう!」
閣下が剣を振り上げたので、慌てて駆け寄る。
背中から抱きついて、行動を止めた。
「ルヴィ、なぜ止めるんだ? ルヴィの名誉を傷つけたこの男を、今すぐ亡き者にしたいくらいなのに」
必死になって首を横に振り続ける。私のせいで、閣下を殺人者にさせるわけにはいかなかった。
「あんな記事、デタラメだ。ルヴィは、そんな女性ではない」
閣下のぶらんと垂れ下がった手に、今の気持ちを書いて伝える。
私が大切に思う人達だけが、わかってくれていたらそれでいい。名誉なんて、気にしない。だから、誰も傷つけないで。
閣下の手から剣が落ちる。カラン、と大きな音が響き渡った。
「ルヴィ……!」
閣下はそう呟き、私をぎゅっと抱きしめた。




