獣人王女エルヴィールは、まさかの命令を受ける
「普段は冷静沈着を売りにしているような男なのだが、お前がひとりいなくなっただけで精神不安定になり、まったくの無能に成り下がったのだ」
アルノルト二世の言うことは本当なのか。閣下が取り乱すなんて、信じられないのだが。
「今日も、落ち着かない様子を見せていたのだが、仮装仮面パーティーは潜入調査をするのに打ってつけの場だ。無理矢理会場へ向かわせたのだが、まさか真っ先に女の尻を追いかけていたとは」
「だって、ルヴィがいたから」
「しかしこの女、仮面をつけていた上に仮装をしていたんだろう? よくわかったな」
「わかるよ。ルヴィは特別だから」
私が足音で閣下だとわかったように、閣下もひと目で仮装したネズミが私だと気づいたらしい。なんとも不思議なものだ。
「女、ひとつ確認する。離宮から逃げ出したのは、罪の発覚を恐れていたわけではないな?」
その質問をした瞬間、閣下はアルノルト二世を睨みつける。
渾身の鋭い目付きは、アルノルト二世でさえもたじろかせるような威力だった。
「おい、その目は止めろ。寒気がする」
「陛下がお約束を破ったからです。もう二度と、ルヴィを疑わないと約束しましたよね?」
「それはそうだったが、逃げ出したと聞いたら疑いたくもなるだろうが」
「ルヴィは無実です。僕の命を賭けたっていい」
「わかった。わかったから、凄み顔でこちらを見るな」
離宮から逃げ出したせいで、私を保護していた閣下にまで迷惑をかけてしまった。ひたすら頭を下げるばかりである。
「大丈夫、ルヴィは悪くない。悪いのは、ルヴィの気持ちを考えずに結婚を迫った僕のほうだ」
そんなことはないと、首を横に振る。私が〝ルヴィ〟として生きる決意を固めることができたら、すべて解決する問題なのだ。
すべては私の弱い心が起こした事件である。
アルノルト二世が私をジッと見つめる。探るような、何かを疑うような目だった。
「ルヴィと言ったか。お前はどうして、アレクシスとの結婚を拒む? 褒めるのは癪だが、このようないい男、他にいないぞ」
それに関しては完全に同意する。閣下ほど優しく、すばらしい御方は他にいない。
けれども私はファストゥの王女エルヴィールとしてこの国へやってきて、アルノルト二世と結婚するはずだった。お役目もまともに果たせない私が、閣下と結婚して幸せになっていいわけがない。
「陛下、ルヴィは何か言えない事情を抱え込んでいるのでしょう。責めないでください」
「責めていない。ただ、気になったから聞いただけだ」
アルノルト二世は顎に手を添え、「ふむ」と何やら考え事をしているような仕草を取る。
「ひとまず、ルヴィとやらは離宮に戻ってもらう。これは国王たる私の決定だ。意志に関係なく従え」
ここはツークフォーゲルだ。国王の命令に反するわけにはいかないのだろう。
素直に頷くと、隣に座る閣下がホッとした表情を見せていた。
「もうひとつ、命令だ」
それは離宮に滞在し続けないといけない私の待遇について。
なんの関係もない独身女性を、客人として長期にわたって置くわけにはいかないという。世間体が悪くなるようだ。
「そんなわけで、お前はアレクシスの仮の婚約者として、滞在するように」
「!」
仮の婚約者とは、いったいどういうことなのか。
閣下も初めて聞いたようで、目を見開いている。
「現状、お前はいつ事件の犯人から命を奪われてもおかしくないという状況だ」
現に、離宮に忍び込もうとした輩を拘束したらしい。その者達は私の近況について調べにやってきたようだ。
詳しい話を聞こうとしたところ、自害してしまったという。
「離宮の外にでて、無事だったことは幸運としか言いようがない」
自分で思っていた以上に、私は危うい立場にいたようだ。
この先、ここに居続けたらレナータにも迷惑をかけてしまう可能性がある。それを思うと、ゾッとしてしまった。
「そのため、お前はアレクシスの仮の婚約者とし、その身の守りを固めようと思っている」
仮の婚約者とは!?
閣下も初めて耳にしたようで、驚きの表情を浮かべている。
「陛下、仮の婚約者とはいったいどういうことなのでしょうか?」
「この女がお前との結婚を嫌がっている以上、仮とするしかないのだろう」
事件が解決したら、婚約を解消すればいいとアルノルト二世は言う。
「婚約破棄など、日常茶飯事で行われているからな」
婚約関係にあれば、私に手を出しにくくなるという。王家の者に喧嘩を売ることになるからだろう。
「盛大な婚約披露パーティーを行い、周知する必要もあるな」
これまでと異なる手段に出たら、敵も違う動きを見せるだろうと推測しているようだ。
「陛下は、また勝手にそういうことを決めて……」
「仕方がないだろうが。その女は、酷く頑固なのだろう?」
アルノルト二世の言葉に、閣下は視線を宙に泳がせる。どうやら私は頑固者だと思われていたようだ。間違いはないので、そのまま黙っておく。
「そんなわけだ。ふたりとも、その浮かれた仮装は脱いで、離宮に戻って婚約披露パーティーの準備でもしておけ」
その前に、お願いがあった。私は挙手し、閣下を見つめる。
「ルヴィ、何かお願いごとでもあるのかな?」
そうだと頷くと、閣下は手のひらを差し出してくれた。
「ふむ……。一緒に働いていたレナータ嬢を連れていきたい、と。彼女の父親は確か中立派だったかな? まあ、娘だからいいか」
レナータを同行させるのは問題ないようで、ホッと胸をなで下ろした。
続いて、ルビーのもとで飼育されていたヒポグリフォンについて報告した。
これに関しては、閣下も驚いているようだった。
果樹園の果物が届けられたので、把握しているものだと思っていたのだ。
「たしかに、僕の命令で果物を運ばせた。けれども、それらは幻獣保護に利用すると聞いていたんだ。まさか、王女殿下がヒポグリフォンを所持していたなんて……!」
すぐにでも、アルノルト二世の名の下に保護するという。
そのさい、レナータも一緒に連れて行ってくれるようだ。




