獣人王女エルヴィールは、仮装仮面パーティーに参加する
仮装仮面パーティーとは、ツークフォーゲルに古くからある伝統的な催しらしい。
その日は無礼講で、仮面と仮装で自らを偽り、パーティーを楽しむようだ。
今回は王女の輿入れということで、盛大なものが予定されているという。
ルビーも張り切って、仮装用の衣装を用意したようだ。
トルソーに着せた衣装をルビーの侍女が運んでくる。ドブネズミの衣装は全身灰色の地味極まりないドレスだった。上はケープを合わせ、目元まで覆われる頭巾を被る。頭巾にはネズミの耳と目、ヒゲがついており、ドレスの腰辺りには尻尾が垂れていた。
続けて虹色姫の仮装が運ばれてくる。光加減でさまざまな色に見える布を使い、ドレスを仕立てたようだ。
虹色姫の仮装がドブネズミの衣装の前に置かれると、完全に霞んで見えてしまった。
レナータは「う、うわー……」と驚きとも呆れとも言えない声を漏らす。
「早く準備なさい。遅れてしまいますわよ」
レナータと私は気乗りしないのを悟られないように、こくりと頷いたのだった。
◇◇◇
ドブネズミの衣装をまとう。レナータは「壁紙と同化してしまいそうですね」と感想を述べていた。
髪は頭巾から出ないように、三つ編みにしてまとめておく。
目元は黒いレースの仮面で覆い、猫の耳は邪魔にならないよう、ヘッドドレスで押さえる。その上から頭巾を被ると、ドブネズミの装いは完成となった。
「あのルヴィ様、お耳は痛くないですか?」
平気、大丈夫だと身振り手振りで伝えたが、それでも心配されてしまった。
いつもより耳の聞こえは悪いが、その状態でも人よりは聞こえるだろう。
ルビーに参加を強制されたパーティーが、仮装仮面パーティーでよかった。もしも普通のパーティーだったら、閣下に見つかるかもしれない。
今晩は会場の端っこで大人しくしていよう。その考えに、レナータも同意してくれた。
「私も毎年参加していたのですが、こう、なんというか、賑やかで苦手なんですよね」
ちなみに、国の公式行事であるが、王族が顔を出すことはほとんどないという。
「国王陛下は、一度も参加されていないかと。あ、アルムガルト閣下もですね」
閣下は仮装仮面パーティーには参加しないようなので、いくぶんか気持ちが楽になった。参加していたとしても、仮装をしている上に仮面も装着しているので閣下だとわからないだろう。
レナータと一緒に鏡を覗き込む。示し合わせたわけではないのに、同時に笑ってしまった。
「こ、これ、私達、意外と可愛くないですか?」
単体でいると地味としか言いようがないのだが、こうしてふたりで並んでいると不思議と可愛く見える。
「なんだかちょっとだけ、楽しみになってきましたね。こんな気持ち、初めてです」
私もこれまで感じていた不安や離宮から逃げてきたことへの罪悪感が、少しだけ薄くなったような気がする。
今日はひとまず私がルヴィであることを忘れて、ドブネズミとして楽しもう。
ヴァイスは部屋に置いていく。人混みに耐えられないだろうから。
連れていけない理由を一生懸命心の中で説明したら、わかってくれた。ヒポグリフォンと一緒に仲良く留守番しておくと、大きな体と小さな体で寄り添う。
その様子をレナータとほのぼのしながら見ていたが、ルビーの侍女からすぐに来るようにと急かされてしまった。
ヴァイスとヒポグリフォンに「行ってきます」と伝えてから、パーティー会場へと移動する。
ルビーが着飾った姿でやってくる。
特にカツラなどで髪色を隠していない、ほぼいつものルビーだった。
仮面は金箔を貼り付けた豪奢なもので、孔雀の羽があしらわれている。とてつもなく派手な物だった。それに虹色のドレスを合わせているので、直視できないくらい目に痛い。
ルビーはネズミ色のドレスを着た私達を見て、鼻先で笑う。
しかしながら、私達はこの仮装の可愛さに気づいてしまったので、心的ダメージはなかったのだった。
「行きましょう。皆がわたくしを待っていますわ」
ルビーのあとに侍女らがぞろぞろと続く。
取り巻きの侍女らも人魚や妖精、獣人など、さまざまな仮装をまとっている。どれも〝虹色姫とドブネズミたち〟の登場人物らしい。
ちなみに題名にもついているドブネズミは、虹色姫を騙す意地汚い悪役だという。こんなに可愛いのに、というレナータの言葉に思わず同意してしまった。
会場に行くまでに、さまざまな姿に仮装した人々とすれ違う。
ツークフォーゲルにやってきてから初めてのパーティーだ。
いったいどんな雰囲気なのか。ドキドキしながら、大広間に足を踏み入れる。
会場を照らす水晶のシャンデリアが、キラキラと輝いていた。床は一面大理石で、歩く度にコツコツと心地よい音を鳴らす。
会場内は仮装をした人々が行き交い、華やかな雰囲気となっていた。
ルビーはあっという間に人に囲まれる。
呆然と眺めていたら、レナータがちょいちょいと私の肘を指先で突いてくる。
「ルヴィ様、あちらにお菓子があります! 食べに行きましょう!」
ルビーの傍にいなくてもいいのか。身振り手振りで問いかけると、大丈夫だという。
「しばらく離れていても、気づかないです」
今のうちに楽しもう。そう言って差し伸べたレナータの手を、私は握り返したのだった。




