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獣人王女エルヴィールは、生きたいと叫ぶ

 現場は静まり返る。死体の後処理は別の者にと話していたので、騎士の亡骸と共に置き去りにされてしまったらしい。

 周囲は血の臭いが充満し、吸い込んだら気持ち悪くなった。

 多くの騎士達が、命を落としたのだろう。

 生きている者はいない。助けを求める声も、呼吸音も、何も聞こえないから。

 こういうとき、獣人である自らの鼻のよさを呪ってしまう。

 それにしても、酷い事件だ。主犯はルビーで間違いない。

 自分が王女に成り代わるために、魔法使いの男と計画を画策したのだろう。

 なんてことをしてくれたのか。父王にバレたら怒りを買うに違いない。


 息を大きく吸い込み、目いっぱい叫ぶ。


「――、――、――!!」


 ヒュウヒュウという息づかいすら、発することはできなかった。


 声は出ないし、身動きも取れないし、どうにもならない。

 おそらくだが、魔法使いのナイフに刺された瞬間、なんらかの呪いが発動したのだろう。

 呪いの解呪はもっとも難しいこととされていた。自力で解くことができないに等しい。

 どうしてこうなってしまったのか……。

 太陽もだんだん沈んできた上に、静けさが恐怖を駆り立てる。

 夜になったら、魔物の活動も活発になる。騎士達の血の臭いに誘われて、集まってくるに違いない。

 生きながら魔物に貪られる可能性がある。

 ――怖い。

 アルノルト二世との結婚を聞いたときは、呪われて死んでも構わないなんて考えていた。

 けれども、いざ死に直面してしまうと、恐怖に支配される。

 死にたくない。まだ、生きていたい。

 そんな思いが、生まれて初めて浮かんできた。


 ――誰か、誰か助けて!!


 声にならない声で、助けを求める。

 その瞬間、近くでガサリという物音が聞こえた。

 現場の検分にやってきた者達だろうか? なんて期待したのは一瞬だった。


「ウウウ~~、グルウウウウ~~!!」


 それは、獣の唸り声だった。一頭ではない。複数の気配を感じる。

 魔物だ。まだ夜になっていないのに、血の臭いに誘われてやってきたのだろう。

 ガリゴリ、パリポリ、ピチャピチャ……。

 それらは騎士の死体を喰らい、血を啜る音だろう。


  息を殺し、必死になって気配を消していたが――ついに魔物に見つかってしまう。

 夕暮れに染まる中で、魔物の赤い瞳が私を覗き込む。あれは、三つ目オオカミだ。 

 獰猛な気性で、人の血肉を好んでいる。

 血で真っ赤になった状態で、舌なめずりしていた。


 嫌だ。死にたくない。誰か、誰でもいいから、助けて!!


 三つ目オオカミが扉に前脚をかけ、ぐっと体重をかけると、むわっと血の臭いが濃くなった。

 もう、終わりだ。

 目を閉じることもできず、三つ目オオカミをジッと見つめる。


「グルルルウウウウ、オオ!?」


 喉を絞ったような、妙な鳴き声を上げる。どうかしたのかと思った次の瞬間、三つ目オオカミの首が吹き飛んだ。


 三つ目オオカミの首はくるくると回り、私の足元に落ちる。入り口にかかっていた胴体は、突如として現れた男性が蹴り飛ばした。


「閣下! おケガは?」

「ないよ」

「生存者は?」

「外にいる騎士達は全滅。馬車の中には――」


 〝閣下〟と呼ばれた男性が、馬車の中を覗き込む。

 年頃は二十代半ばくらいだろうか。

 銀色の髪を持つ、美しい容貌の青年であった。ひと息で横転した馬車に乗りこみ、ジッと私を見つめていた。

 目を見開いたまま、身動きを取らないので死体に見えているのだろう。


 ――お願い、気づいて!


 気づくわけがないと思いつつも、願わずにはいられなかった。


「閣下、生存者ですか?」

「いいや、死んでいる」


 その言葉を聞いた瞬間、落胆してしまった。どうやら、この男性にも私は死体に見えているらしい。


「でも、おかしい」


 男性は手袋を外し、私のほうへと腕を伸ばす。

 首筋に、温かな手がそっと添えられた。


「生きてる!?」


 男性は私を傍に抱き寄せ、顔を覗き込んだ。頬をぱしぱしと叩かれるが、私の体はまったく動かない。


「なんなんだ?」

「閣下、いかがなさいましたか?」


 馬車に乗りこんできたのは、青年を「閣下」と呼ぶ女性だった。年頃は三十代半ばくらいか。短く髪を切り揃え、騎士のような装備を身に着けている。

 ツークフォーゲルには女性の騎士は珍しくない、なんて話を耳にした覚えがある。

 ファストゥでは女性が騎士になることは認められていないので、信じがたい気持ちになってしまった。


 男性は私を不思議そうに見下ろす。美貌が眼前に迫っていた。


「彼女、生きているのに、まるで死んでいるようなんだ」

「どういう意味ですか? っていうか、その前に生きているならば、ナイフを引き抜いて治療の魔法をかけたほうがよいと思うのですが」

「いや、彼女は回復魔法をかけるようなケガはしていないよ」

「しかし、胸に血が出ているようですが?」

「これはイチゴジャムだ」

「イチゴジャム、ですか?」

「ああ、間違いない。ウルリケ。目を閉じておくから、胸元を調べてくれ」

「御意に」


 ウルリケと呼ばれた女性騎士が私の傍にやってきて、胸元を寛がせる。すぐに、胸にパンが詰め込まれていると気づいたようだ。


「あ――閣下のおっしゃるとおりです。ナイフは先端が肌を引っ掻いたように、わずかな傷がついているだけで、深くは刺さっていません」

「やはり、そうだったか。刃に何か呪文でも刻まれているか、ナイフに触れないようにしつつ確認して」

「はい」


 すぐに、ナイフの刃に呪文が描かれているという報告があがる。


「おそらく、彼女は呪いがかかっている。このままの状態で、呪術医に診てもらおう」

「承知しました」

「帰る準備を」

「はっ!!」


 女性騎士が出て行ったあと、男性は私の手の中にあるリンゴに気づいたようだ。


「主人のためにリンゴの皮を剥いているときに、襲撃を受けたのか?」


 魔法使いの男はそう見えるように、細工をしていたのだろう。芸が細かいことだ。


「呪いのナイフと知っていて使っていたのか。それとも知らずに使っていたのか。まあ、先に到着した王女に事情を聞けばわかるか」


 ドクンと胸が跳ねる。

 どうやらルビーは本物の王女として、ツークフォーゲルに受け入れられたようだ。


 あれは偽物だ。本物の王女は私である。そう訴えたいのに、声が出ない。なんとももどかしい気持ちになる。


「閣下、荷車の用意ができました」

「ああ、わかった」


 私は死体の回収用に用意されていた荷車に乗せられ、ツークフォーゲルの王都を目指したのだった。

 

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