獣人王女エルヴィールは、逃亡生活1日目の朝を迎える
ヒポグリフォンがやってきてからというもの、レナータはここで寝泊まりしているらしい。
続き部屋には洗面所と風呂があり、ひとまず生活に困らないような必要最低限の品々もあった。
「眠るときはですねえ――」
鳥カゴの部屋に戻ると、ヒポグリフォンが寝台の上にドーンと横たわっていた。これ見よがしというように、私達を見る。まるでこの扱いは当たり前、といった感じでいた。
レナータはこれまでどうやって眠っていたのか。窓の結露に書いて質問してみる。
「あ、あはは、私はですねえ、布団を部屋の隅に敷いて寝ていました」
床は冷たい石が敷き詰められている。よく眠れなかっただろうと問いかけると、レナータは眉尻を下げながら「まあ、そうですねえ」と言葉を返した。
何かないものかと、辺りを見回す。すると、果樹園の木箱が目についた。
あれを並べて、簡易的な寝台が作れるかもしれない。あの木箱は果物を運搬する目的で頑丈に作られている上に、使うたびに消毒しているので清潔だ。
レナータに提案してみたら、いい案だと言ってくれる。
「でも、果物は木箱から出していいのですか?」
それに関しては問題ない。木箱に入っていると、果物に重圧が加わり、傷みやすくなる。そのため、木箱から出して保管するほうがいいのだ。
さっそく、木箱の果物をテーブルに並べていく。作業をしていると、ヴァイスも手伝い始めた。
それを見たヒポグリフォンも、嘴を器用に使って果物を床に並べ始める。
「あ、ヒポグリフォンちゃん、賢いですねえ」
そうなのだ、幻獣はとても賢い。人の言葉も理解していると言われている。そのことに気づいたのか、レナータはポツリと独り言のように呟く。
「人間達の心ない言葉を理解して、傷ついていたのかもしれないですね」
レナータは顔を上げ、ヒポグリフォンに向かって語りかけた。
「見ず知らずの人間達がこんなところに無理矢理連れてきて、酷い扱いや言葉をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ヒポグリフォンはレナータの謝罪を受け入れてくれたのか、『ピィ』と優しい鳴き声を返す。反応があると思わなかったのだろう。レナータは目を見開き、驚いた表情を浮かべていた。
「ルヴィ様! い、今、ヒポグリフォンちゃんが返事をしてくれました!」
よかったねという気持ちを込めて肩を叩くと、涙ぐんだ目を向けながら大きく頷いていた。
果物の木箱で作った寝台は無事完成し、上から布団を並べていく。清潔なシーツを被せると、立派な寝台のように見えるから不思議だ。
完成したと喜んだところで、ヒポグリフォンがのっしと簡易的な寝台に乗った。
「あら、ヒポグリフォンちゃん、こっちのほうがいいのでしょうか?」
『ピィ!!』
どうやら、皆で作った寝台をお気に召してくれたようだ。
「じゃあ、私達はあちらの寝台で眠りましょうか?」
大きな寝台なので、私とレナータのふたりくらいだったら眠れる。迷惑でなかったらと伝えると、「とんでもない!」と返してくれた。
そんなわけでシーツを取り替えたあと寝間着に着替え、レナータと共に眠りに就くこととなった。
◇◇◇
翌朝――カーテンの隙間から差し込む太陽の光を浴び、目を覚ます。ヴァイスは『ぷううう……!』という寝息を立てていた。つんつんと指先で突いても、起きそうにない。
レナータはまだ眠っているようで、幸せそうな寝顔を浮かべていた。ヒポグリフォンはすでに起きていて、私と目が合うと『ピ』と低い声で鳴く。
そっとカーテンを開いたつもりだったが、レナータは目を覚ましたようだった。
「ううん……! あ、ルヴィ様、もう、起きていらっしゃったのですね」
おはようと口をぱくぱくさせると、気づいてくれたからか挨拶を返してくれる。
新しく訪れた朝と生活が今、始まろうとしていた。
まずは幻獣達の食事の時間だ。
ヒポグリフォンに果物の前で、何が食べたいか聞いていく。
賢いヒポグリフォンは嘴で果物を選び、私が持つカゴの中へと入れていった。テーブルにカゴを置くと、ひとつずつ食べ始める。果樹園の果物をお気に召したようで、尻尾が揺れていた。
そんな様子を見たレナータは、胸に手を当てて感激しているようだ。
「うううう、ヒポグリフォンちゃん、あんなに食べてくれるようになって、本当によかったです!」
レナータの言葉に、深々と頷く。
目覚めたヴァイスはヒポグリフォンが果物を食べる様子を見て、自分もと離宮から持ち込んだ植木鉢に生る木の実を食べ始める。こちらも食欲旺盛なようだ。
幻獣の食事が済むと、私達は身なりを整える。
侍女はドレスにエプロンを合わせて働く。レナータがお仕着せ用のドレスを貸してくれるようだ。
「どれでも、お好きなものをどうぞ」
並べられたドレスは、使い古したお仕着せ用には見えない。いいのかと確認すると、レナータは「ええ、もちろん」と言ってくれる。
「うちの実家、成金なんです。お金だけはたくさんありまして」
彼女の家は新興貴族で、歴史はないが財産だけは多く所持しているらしい。他の貴族との縁故はないようで、必死に社交界の付き合いをしているのだという。
「通常、高貴な御方の侍女は、母親の世代が務めるものなのですが、私の母は三年ほど前に愛人と駆け落ちしてしまって、私が王女殿下の侍女になることになりまして。あはは……」
通常、侍女は経験豊富な貴族の夫人がなるものである。結婚前の行儀見習いとして侍女を務めることはあるが、王女相手にするものではない。
レナータの父親は出世のため、大金を積んで娘を王女付きの侍女にしたようだ。
「慣れないことはするもんじゃないって、ヒシヒシと痛感しているところですよ」
成金貴族に生まれたご令嬢は、結婚相手も見つからず、社交界でバカにされるばかり。王女の侍女を勤めあげたら、誰かに見初められるかもしれない。そんな父親の言葉を信じて頑張っていたが、結果は振るわなかったという。
「やっぱり、貴族女性の価値はよい家柄と、すばらしい振る舞い、それから絶対的な自信なんですよ。わ、私なんか、どれも、持っていなくて……」
レナータの声は震えている。泣いてしまいそうになるのを、ぐっと耐えているように思えた。
私はレナータの手を握り、首を振る。
そんなことはない。人の過ちをきちんと指摘できる正義感を持ち、幻獣に優しくできるレナータはすばらしい女性だ。
それを今、伝えることができなくて、涙が溢れてくる。
ふがいないという気持ちで、胸がいっぱいになってしまった。
「ど、どどどうしたんですか!? 私が惨めなあまり、涙が出てきたのですか?」
違うと否定する。レナータの手を引いて、窓際に導いた。
先ほど思ったことと、泣いてしまった理由を窓の結露に書いていく。
すると、レナータはハッと目を見開いて、消え入りそうな声で「あ、ありがとうございます」と言ってくれた。




