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隣国に輿入れした王女付きモフモフ侍女ですが、本当の王女は私なんです〜立場と声を奪われましたが、命の危機に晒されているので傍観します〜  作者: 江本マシメサ
第三章 火花散る散る

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30/80

獣人王女エルヴィールは、王宮に行く

 果樹園から戻ってきたヴァイスを連れて、馬車へ乗りこむ。

 閣下のもとに行くと言ったら、持ち帰ってきたアンズを一粒持ってついてきた。閣下にあげるつもりなのかと聞いたら、『ジュ!』と元気よく鳴く。


 久しぶりの外出だからだろうか。なんだか心が躍っているような気がする。

 いいや、違う。

 きっと、これから閣下に会えるので、ワクワクドキドキしているのかもしれない。

 忙しい御方だから、もしかしたら会えないかもしれないのに。

 先触れもなく、押しかけるのは迷惑である可能性もある。果たして、よかったのか。それに私が閣下のもとに行くことで、ウルリケが叱られる可能性だってあった。


「ルヴィ様、いかがなさいましたか?」


 ウルリケが閣下に怒られるかもしれないと、不安を口にしてしまった。


「私が閣下に怒られるか心配なのですね。大丈夫ですよ。閣下はきっと怒りません」


 私がやってきてから、閣下は驚くほど穏やかになったのだという。それまで、ウルリケは毎日閣下に怒られていたようだ。

 怒る閣下というのが、そもそも想像できない。いったいどうなるのかと聞いたら、ウルリケは眦を指先で押し上げ、つり上がった目を作る。


「こーんなふうに、怖い顔で怒るんですよ」


 ここ最近、怒ることはほぼないようで、見られたら稀少レアだという。


「ルヴィ様からしたら、私を叱る閣下というのは新鮮に映るかもしれないですね。どうぞ、お楽しみに」


 話しぶりから、閣下とウルリケの間にはたしかな信頼感があるのだと思う。姉弟きょうだいのような、母子おやこのような、遠慮のない関係なのだろう。少しだけ、そういうふたりが羨ましくなってしまった。


 ウルリケと話しているうちに、王宮へと辿り着く。

 離宮にやってきてからというもの、敷地の外には一回も出ていない。王宮へとやってくるのも二回目だった。


 注目が集まらないようにと、ウルリケは馬車を裏門に停めるよう命じてくれた。

 馬車を降り、閣下の執務室を目指す。

 私はペストリーを入れたバスケットを胸に抱き、先導するウルリケのあとをちょこちょこ歩いて続く。

 警備の騎士がたくさん配置されているものの、頭巾を深く被っているからか誰も私を気にしない。きっと、メイドか何かだと思われているのだろう。心の中で、頭巾付きのケープを着せてくれた侍女に感謝した。


 螺旋階段を上がった先に、閣下の執務室があった。ここにも多くの騎士がいる。ウルリケに気づくと、敬意を示し会釈しているように見えた。

 たぶん、ウルリケは私の護衛をしている場合ではない、とんでもなくすごい騎士なのだろう。

 扉の前にいた騎士が申し訳なさそうに報告する。


「今、閣下は席を外しておりまして」


 どうやら、閣下は不在のようだ。突然、思いつきでやってくるので、こういうすれ違いが起きてしまうのだろう。

 がっかりしつつも、勉強になったと自らに言い聞かせる。


「ルヴィ様、閣下を待たれますか?」


 ウルリケの言葉に、首を横に振る。

 ここに残るのも、迷惑になるだろう。さっさと帰って、閣下の帰りを待つほうがいい。

 せっかくここまでやってきたので、ペストリーは閣下に食べてもらいたい。それが可能かウルリケに相談する。もちろん、それは問題ないと返してくれた。


「閣下に差し入れです。ルヴィ様が手作りされた、サクランボのペストリーだと、報告していただけたらなと思います」

「了解しました」


 ウルリケにバスケットを差し出すと、それはそのまま騎士の手に委ねられた。

 閣下は喜んでくれるだろうか。そんなことを考えながら踵を返し歩き始める。


「ルヴィ様、少しくらいでしたら、閣下を待ってもよかったのですよ?」


 迷惑になりたくない。そう答えると、ウルリケは諭すように言った。


「ルヴィ様は、もっと我が儘をおっしゃっていいと思うのです」


 ファストゥからやってきた、素性がわからない私が離宮に滞在するだけでも、たいそうな我が儘だろう。離宮の人達には心から感謝している。これ以上望むことは何もないのだ。


「あ――!」


 ウルリケが歩みを止める。何事かと顔を上げたら、ドレスをまとった女性達が前方から歩いてきていた。

 先頭を歩く豪奢な金髪美女は――ルビーだ。

 ゾッと、全身に悪寒が走る。額からは汗がぶわりと吹きだし、くらりと目眩も覚えた。

 彼女は私にとって、悪夢のような存在だ。二度と、会いたくないと思っていた。

 ウルリケは私を背に隠すように、壁際に立つ。私も、見つかりたくないのでウルリケのマントを握り、身を潜めた。


 どうか、気づかないで!

 なんて願いも空しく、ルビーはウルリケの前で立ち止まった。


「あなたは確か、アルノルト閣下の護衛騎士の……あら?」


 ルビーはウルリケの背後を覗き込み、にやりと笑った。


「まあ! 〝ルビー〟ではありませんか! お元気になったようで、本当によかった」


 ルビーは私の手を取り、痛いくらいにギュウギュウと握りしめる。

 そんな彼女の行動を、ウルリケが諫めた。


「あの、どうか接触はご遠慮ください」

「一介の騎士が、ファストゥの王女たるわたくしに意見するなんて、生意気ですわ!」


 生意気なのは間違いなくルビーのほうだろう。けれども、騒ぎにしたくない。

 ウルリケの手を握り、首を横に振る。それで伝わったのか、ウルリケは「申し訳ありませんでした」とルビーに一言謝罪した。


 これで私を守る者がいなくなったと思ったのだろう。ルビーはさらに私に絡んできた。


「みなさま、この子、わたくしの侍女だったのですが、ちょっとした事件をきっかけに病んでしまって。離宮で療養されていましたの」


 人嫌いで引きこもりな閣下が他人を離宮に招くなんて、前代未聞。社交界でも謎だと噂になっていたらしい。


「その理由は――」


 ルビーは私の頭巾に手を伸ばし、そのまま乱暴に掴んで下げる。猫の耳が露わになった。


「この子は男を堕落させる、山猫獣人の娘ですの! 閣下も、魅了されたに違いありませんわ」

「そんなのデタラメ――!!」


 ルビーに意見しようとするウルリケの腕を引っ張る。何も言わなくていいと、必死になって首を横に振った。


 彼女は目的のためならば手段を選ばない、残忍な一面がある。魔法使いを手中に収めているので、何をしでかすかわからない。

 ウルリケが敵だと認識されたくない。だから、何も言わないで大人しくしてほしい。そう、訴える。


「ルヴィ様……」


 ルビーや取り巻きの女性達は、なんてはしたない娘なのかと嘲笑っている。


「この子の母親も、とんでもなくみだらで」

「!!」


 ルビーの言葉に、カッと頭に血が上る。

 私を悪く言うのは構わない。けれども、母を悪く言うのは絶対に許せなかった。

 私が手を出すよりも先に、ヴァイスが飛び出す。


『ジュー!!』


 ルビーの顔目がけて飛んでいき、額を引っ掻いた。


「きゃーーーー!!」


 その叫びを聞いて、騎士が駆けつける。顔にしがみついていたヴァイスを剥がし、乱暴に扱った。


「この、乱暴なリスめ!」

「!!」


 ヴァイスに手を伸ばし、一歩踏み出した瞬間、体がぐらりと傾く。そのまま倒れてしまった。

 顔を上げると、ルビーが憎しみの籠もった視線で私を見下ろしている。

 ルビーが私の足を引っかけたのだろう。なんてことをするのか。抗議の気持ちを込めて見上げた。


「ルヴィ様!!」


 すぐにウルリケが私を抱き起こしてくれた。

 私はいい。ヴァイスを助けてと訴えたが、それを遮るようにルビーが叫ぶ。


「そのリスを殺して! わたくしを傷物にした、凶暴なリスですの!」


 待ってと叫びたいのに、声が出てこない。

 ヴァイスは密猟で捕獲され、仲間を信じられず、やせ細っていた。

 そんな中で私と契約し、果樹園での交流を経て、やっと人を信じられるようになったのに。

 私の命なんていらない。

 気に食わないのであれば、私を殺せばいい。

 だから、ヴァイスは助けて――!


 去りゆく騎士を追いかけ、腕を伸ばす。私の後に続くウルリケの制止の声が聞こえていたが、それに従うわけにはいかない。

 勢いのまま、騎士の腕にしがみついた。


「何をするんだ!!」


 激昂した騎士は、私を振り払う。勢いがあったからか、私の体は宙に浮き、そのまま廊下に叩きつけられる形となった。


「なんの騒ぎだ! アレクシス様の御前だぞ!」


 よく通る声に騎士達はギョッとし、壁のほうへ避けていく。

 コツ、コツ、コツとゆったり歩く足音が聞こえた。


「ルヴィ!?」


 私の名を呼んだのは閣下だった。

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