獣人王女エルヴィールは、新たな住人を気にかける
今日、ひとりで完成させたスモモジャムを、閣下に紹介する。
「これをルヴィ、ひとりで作ったのかい?」
そうだと頷くと、「すごい!」と褒めてくれた。喜びが胸の中でじわじわ広がっていく。
さっそく食べてもらおうと、瓶を手に取った。だが、蓋がなかなか開かない。
たしか、蓋を閉めてくれたのはウルリケだったような……? いったい、どれくらいの力で閉めたのだろうか。
「ルヴィ、開かない? 開けようか?」
閣下が手を差し伸べる。私はどうしようか迷った挙げ句、ウルリケのいる方向を振り返ってしまった。
「へえ、ルヴィ。僕よりウルリケを頼るんだ」
そうではないと否定しようとしたそのとき、ウルリケが物申してくれる。
「閣下、誤解です。その瓶の蓋を力いっぱい閉めたのは、わたくしめなのです」
「なるほど。ウルリケの全力か。ならば、僕の腕力では開かないのかもしれない」
ウルリケに差し出した瓶を、なぜか閣下が受け取る。そして、あっさりと蓋を開いてくれた。
「よかった、開けられて。失敗したら、かっこ悪かったね」
そんなことはないと首を横に振る。閣下からスモモジャムの瓶を受け取り、クラッカーに載せた。それを差し出す。
「ありがとう。ああ、いい匂いだね」
閣下はぱくりと一口で食べ、笑みを浮かべながら「甘酸っぱくって、おいしいね」と言ってくれた。
「すばらしいよ、ルヴィは。ジャムをひとりで作れるなんて」
今日はそれ以外にも、たくさん働いた。
摘果と呼ばれる枝を保護するために未熟な実をあえて取り除いたり、幹を這う毛虫の退治したりなど、さまざまな作業を行ったのだ。
そのひとつひとつの話を、閣下は興味深い話だと耳を傾けてくれた。
「そういえば今日、パウリーネ嬢が来たらしいね」
婚約破棄について、聞いていいものなのか。考えていたら、ウルリケのほうから質問してくれた。
「閣下、その、婚約関係を解消したようですね」
「そうだね。まあ、決めたのは僕じゃないし」
実にあっさりとした様子である。政治的な問題なので、深く突っ込まないほうがいいだろう。
「ああ、それと明日から、新しく保護した獣人が来るらしいよ。仲良くする必要はないけれど、喧嘩はしないでね」
なんでも私と同じ年頃の、黒兎獣人の女性らしい。
獣王国アレグリアから亡命してきたばかりで、ツークフォーゲルの言葉は喋れないらしい。つまり私と似た境遇にあるようだ。
通訳を付けるようで、ひとまず意思の疎通には困らないという。いったいどんな人なのか。少しだけ興味がある。
「ルヴィ、気になるの?」
コクリと頷くと、閣下は笑みを浮かべ、「あまり近づかないほうがいいかもね」と言っていた。なんでもこれまで酷い扱いを受けていたようで、周囲の者達を引っ掻いたり、噛みついたりしているのだという。
おそらく、今必要なのは療養である。私が彼女に対して、できることはないのだろう。
ここでゆったりとした時間を過ごして、一刻も早く元気になってほしいと思った。
◇◇◇
黒兎獣人を迎えるため、離宮の人々はバタバタと忙しそうだった。
閣下も、今日は日の出よりも早く出仕していったらしい。だから今日は、ひとりで朝食を食べた。
ウルリケと共に果樹園へ向かい、今日はアンズの収穫を行った。
アンズは眩しいと思うくらいの鮮やかな橙色に染まっていた。甘い匂いも漂っている。
ヴァイスはアンズの匂いが好きなようで、うっとりとした表情で収穫作業を手伝ってくれた。
休憩時間になると、ネリーが隣に座って質問を投げかける。
「ルヴィ、今日はどうしたの? なんだか上の空だったけれど」
ウルリケを通じて、新しい獣人の女性がやってくるという旨を伝えた。
「そうだったんだ」
先ほど思い出したのだが、獣人の中には区域を気にする種族もいる。たしか、兎獣人もそうだと本で読んだ覚えがあった。
区域を重視する獣人は、他の獣人がいると争うために獰猛になったり、逃げ出したり、具合が悪くなったりとさまざまな変化をもたらす。
そうなった場合、私は住居を別に移さなければならないだろう。
果樹園の休憩所を貸してもらえるのか。なんて質問をネリーにしようとしたら、ウルリケが待ったをかける。
「ルヴィ様、ご安心ください。あなた様が出て行くような事態には、させませんので」
言われてから気づく。私は事件の重要参考人で、証拠は十分に集まっていない。そのため、閣下の監督から外れる場所に拠点を置くわけにはいかないのだろう。
どうか、区域を重視する獣人でありませんようにと祈るばかりだ。




