表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣国に輿入れした王女付きモフモフ侍女ですが、本当の王女は私なんです〜立場と声を奪われましたが、命の危機に晒されているので傍観します〜  作者: 江本マシメサ
第二章 離宮での暮らし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/80

獣人王女エルヴィールは、ソーダブレッドを作る

 それから、閣下が私に今日一日どうだったか聞いてくれた。

 私は夢中になって、話していたように思える。

 ずっと閣下の手のひらに文字を書いていたのだが、長く話すのは負担になるかもしれない。そう思って手を引っ込めようとしたが、閣下はすべて教えてほしいと言ってくれた。

 ネリーについてや、イチゴ摘みについて、イチゴを使ったお菓子作りやヘタ取りまで閣下に話す。

 閣下は穏やかな表情を浮かべ、「うん、うん。それはすごい」と丁寧な相づちを打つ。落ち着きのある声が耳に心地よくて、猫の耳を無意識のうちにぴこぴこと動かしていたようだ。閣下に指摘されて、気づいた。

 どうして? と聞かれたが、なんだか恥ずかしくて獣人の習性だと答えてしまった。

 山猫獣人は珍しいので、同族に出会って嘘を指摘されることもないだろう。


 閣下は少し眠そうな、とろんとした表情で「食事は取った?」と気にかける。もちろんだと頷くと、ホッと安堵したような表情ではにかんだ。

 閣下は食べたのかと問いかけると、首を横に振る。


「今日は偉いおじさん達にこてんぱんに打ちのめされてね。なんだか食欲が失せてしまったんだ。正直、何も口にしたくないんだけれど」


 食欲が湧かず、何も食べたくないという気持ちはよくわかる。けれども何も食べないで眠るのはよくないだろう。そう思って、ウルリケが私のために用意してくれた一口大にカットされたサンドイッチを手に取る。それを、閣下の口元へ差し出した。


「もしかして、食べさせてくれるの?」


 そんなつもりはなかったが、食べるのも億劫なのだろう。仕方がないのでそうだと頷くと、閣下は「そこまでしてくれるのであれば、いただこうかな」と独り言のように呟く。私の差し出すサンドイッチを、ぱくりと食べてくれた。

 こういうのは、毎日ヴァイスとしている。それなのに、ヴァイス相手にするのと、閣下にするのでは、わけが違った。

 なんというか猛烈に照れてしまう。ただ、サンドイッチを食べさせてあげただけなのに。

 閣下は私の動揺になんて気づいていないようで、柔和な微笑みを向けながらお礼を言う。


「うん、おいしい。ルヴィ、ありがとう」


 まだ食べるかと聞いたら、閣下は頷く。ふたつ目のサンドイッチを閣下の口へ運んでいった。


 サンドイッチはキュウリとゆで卵、チキンとチーズ、ベリージャムの五種類。ちょっとしたコース料理みたいに、前菜風のあっさりしたキュウリからゆで卵と続き、メインのチキン、チーズ、最後にデザートとしてベリージャムを食べさせた。

 何も食べたくないと言っていた閣下であったが、ぺろりと完食する。


「おいしかった。ルヴィ、ありがとう」


 とんでもないことだと、首を横に振る。閣下の役に立てたことが、なんだか嬉しかった。

 そろそろ解散だと、ウルリケの指示で部屋へと戻る。閣下は手を振って見送ってくれた。


 温かいお風呂に入り、ふかふかの布団に潜り込む。

 目を閉じると、今の状況は夢なのではないかと思ってしまう。

 夢ならばさめないでほしい。そう願いながら眠りに就いた。


 ◇◇◇


 翌日も、果樹園でネリーから仕事を習う。薄明性のヴァイスは、元気いっぱい参加していた。私と同じ時間に眠り、起きるという生活を繰り返しているからか、昼間の活動中もぱっちり目が覚めている。

 今日は畑を耕す作業をするのか。それとも果物の収穫か。脚立に登って枝を剪定するのかもしれない。

 いろいろと想像していたが、ネリーから言い渡された作業は意外なものだった。


「昼食を作るよ」


 なんでも果樹園では、食事は自分達で用意するらしい。


「離宮の料理人は閣下の食事を作るためだけに存在しているんだ。屋敷の召し使い達も、自分達で作っているみたいだよ」


 果樹園で働く人達全員分作るのではなく、いくつかの班にわかれていて、そのメンバーの人数分だけ作ればいいらしい。


「今日はソーダブレッドを焼こうか」


 初めて耳にするパンだ。ソーダブレッドとはなんなのか。小首を傾げていたら、ネリーが説明してくれた。


「ソーダブレッドは酵母の代わりに、重曹を入れて焼くパンだよ。発酵させなくていいから、短時間でパパッと作れるのさ」


 説明していたネリーは、突然しゃがみ込む。何事かと思い、ネリーを覗き込んだ。すると、何やら細長い草を引き抜いているではないか。

 もしや、道草でも食べるというのか。ネリーが顔を上げ、私を見つめる。不思議そうに眺めていたのが面白かったようで「はは」と笑っていた。


「ルヴィ、これは〝チャイブ〟っていう薬草ハーブだよ。刻んでソーダブレッドに混ぜたらおいしいんだ。多分、食べたことのある薬草だと思うけれど」


 先にヴァイスが匂いをくんくんとかぐ。口にした覚えがなかったからか、手をぶんぶんと横に振っていた。私もかいでみる。するとすぐにジャガイモのスープに浮かんでいる葉っぱだということに気づいた。


「食べたことあるだろう?」


 コクコク頷く。背後にいたウルリケが、私達のやりとりを見て感心したように言った。


「ネリーさんはルヴィ様の言いたいことが、表情だけでわかるのですね」

「なんとなくだけれど」


 不思議とネリーは私の感情を読み取ってくれる。目を見ただけなのに、改めてすごいと思った。


「閣下が羨ましがると思います」

「難しくはないんだよ。瞳を覗き込めばいいんだから」


 そういえば、私は閣下を真っ正面から見ることができないでいた。なんとなく恥ずかしくなっているのだ。これまで異性と接する機会がなく、慣れていないのだろう。

 瞳をまっすぐに見られるようになったら、筆談なんかしなくても意思の疎通ができるかもしれない。今度、頑張ってみたい。


 ネリーやヴァイスと一緒にチャイブを摘んで、昨日の休憩小屋を目指した。


「さて、ソーダブレッドを作るよ」


 ウルリケも参加する。私同様、上手くできるのか心配しているようだ。 


「作り方はそこまで難しくはない」


 ひとまず、ナイフ使いが上手いウルリケはチャイブをみじん切りにする作業が任された。

 私とヴァイスは小麦粉の分量を量るように任され、ネリーはチーズをカットし始める。


「まず、小麦粉と重曹、塩をよーく混ぜて、刻んだチーズとチャイブを加える。これにバターミルクを注いで、生地がなめらかになるまで捏ねるんだ」


 なめらかになったら、打ち粉をした板に移して生地をまとめる。


「仕上げに、生地にナイフで十字を入れる」


 これは生地が膨れて形が崩れるのを防ぐ以外に、もうひとつ意味があるという。


「ルヴィ、なんだと思う?」


 しばし考え、ネリーの問題に答えた。ウルリケを通して、伝えてもらう。


「十字を入れたほうがよりおいしくなる? 外れだな」


 正解は意外なものだった。


「このパンはあまりにもおいしいから、悪魔が奪いに来るんだ。だから、悪魔祓いの目的で、魔除けの十字を入れるんだよ」


 なるほど、そういう意味だったのか。感心しながら、石窯の中へ入れられるパンの生地を見送った。


 ソーダブレッドが焼けるのを待つ間に、パンに載せるつけ合わせを作るという。

 使うのは、果樹園の温室で育てられているトマト。


「基本的に幻獣は果物を食べるんだが、すべての好物を作れるわけではない」


 栽培が難しく、温室であっても育て上げるのが困難な果物もあるという。そういうときには、似ている味わいの果物を与えるのだとか。


「その幻獣はどの果物を与えても口にしなかったのに、トマトだけは食べたんだ」


 以降、果樹園で野菜が育てられるようになったらしい。トマトのように甘みのある野菜ならば、幻獣も喜んで食べるようだ。


「このトマトは酸味が強くて幻獣様が食べないから、人間が一生懸命食べているんだよ」


 そんなトマトを、ネリーはすり下ろしていく。それにニンニク、塩、レモン汁を加えて完成らしい。


 ソーダブレッドもふっくら焼き上がったようだ。

 ネリーは窓を開き、「お昼ができたよ!!」と叫んでいた。そうすると、仕事をしていた人達が集まってくる。

 ネリーの班は女性のみで構成されていて、年頃も下はネリーの十六歳、上は四十代半ばと、さまざまな年齢層の人達が働いているようだ。

 みんな私を受け入れ、優しくしてくれた。笑顔で食卓を囲んでくれることを、何よりも嬉しく思う。


 完成したソーダブレッドを、ネリーは慣れた手つきでカットし、全員に配っていく。

 まずは、何も付けずに一口。

 パンというよりは、ケーキに近い食感だろうか。たっぷり入れたチャイブが豊かに香り、チーズがそれによく合う。

 そんなソーダブレッドにトマトのつけ合わせを載せて頬張った。

 ソーダブレッドとトマトの酸味は相性ばつぐん。おいしくって、パクパク食べてしまった。

 ヴァイスもトマトが気に入ったようで、口の周りを真っ赤にさせながらはぐはぐ食べていた。

 お昼はさまざまな話で盛り上がる。話を聞いているだけでも楽しいのに、ネリーが私にも話題を振ってくれるのだ。

 みんな、話せない私のために根気強く耳を傾けてくれた。

 久しぶりに、笑ったような気がする。

 このように、楽しい昼食の時間を過ごしたのだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ