獣人王女エルヴィールは、公妾の娘ルビーに虐げられる
私が隣国の魔眼王……ではなくて、アルノルト二世に輿入れることに対して、異議を申し立てる者がいた。
それは私より三日あとに生まれた公妾の娘、ルビーである。
彼女は絶世の美女で、社交界の赤薔薇と名高い女性だった。
幼少期から私を疎み、いじわるをしてきた。
ルビーは私よりも美しく、交友関係が広く、人を惹きつける魅力がある。そんな彼女がどうしてアルノルト二世との結婚相手に選ばれないのか。憤慨している様子だった。
父王に意見したらいいのに、なぜか私に辛く当たってくるのである。
「あなたみたいな無価値な娘が、大国に嫁ぐなんてありえなくってよ!」
ルビーは直接私に手を下さない。供として引き連れるメイドに叩かせたり、雇った魔法使いに攻撃させたりと、暴力をふるってくる。
「数日早く生まれただけで、王女を名乗るなんて、生意気ですわ!」
その生意気な決定を下したのは、父王と当時の宰相だ。私に文句を言われても困る。
ルビーは私が彼女よりも早く生まれたから、王女になれたのだと思っているのだ。
それは違う。私が切り捨ててもなんら問題ない、獣人の娘だから王女になれたのだ。
「今度の晩餐会でお父様に、隣国ツークフォーゲルの国王に嫁がせるのは私のほうがいいと進言しなさい」
「それはちょっと……難しいかもしれない」
「いいから、わたくしの言うことを聞きなさいな! もしも言うことを聞かないのなら、またあの雨の日みたいに、階段から突き落としてあげますわ!」
ルビーの脅し文句に、胃の辺りがスーッと冷えていく心地悪い感覚を味わう。
三年前に、彼女はメイドに命じて私を階段から突き落とした。
その理由はなんだったか。考えただけで、頭がずきんと痛む。
たしか、十五歳の誕生日にダイヤモンドがちりばめられた豪奢なティアラを含む、一揃えの宝飾品が父王より贈られたのだ。
これは結婚式や式典などの公式行事で着用する、成人王族の証だ。
一揃えの宝飾品は私にだけ用意され、ルビーの分はなかったのだ。そのため、妬んだ結果階段から突き落とされてしまったのである。
ルビーは公妾の娘で、王族ではない。王族の証が贈られるわけがないのに、貰えると信じて疑っていなかったようだ。
階段から落とされた私は、全治一ヶ月の大怪我を負った。雨の日で足が滑ったのだろうと、ルビーの同情する言葉が今でも脳裏にこびりついていた。
その時に負った後遺症か、雨が降ると強打した頭や骨折した足が酷く痛むのだ。
もう、このような酷い目に遭いたくないので、仕方なく父王に結婚話について意見する。
しかしながら、父王は「何をバカなことを言っているのだ!!」と激昂。罰として一ヶ月の謹慎を命じられてしまった。
その時も、ルビーは「マリッジブルーなのね」と同情するような言葉を口にしていたのである。
もう二度と、彼女と関わり合いになんてなりたくない。
そう思っていたのに、それから先もルビーは私とアルノルト二世の結婚についていろいろ口出ししてきたのだ。
ひとつ目は謹慎期間に行われていたという、肖像画について。
隣国ツークフォーゲルに贈る私の肖像画のモデルを、なぜかルビーが引き受けたのだ。
「あなたは謹慎期間だったから、無理だったでしょう? でも大丈夫。わたくしとあなたの顔立ちはよく似ているって言われるから」
たしかに、ルビーと私の顔立ちはよく似ていた。そう言われるたびに、ルビーは不機嫌になっていたのだが……。
完成した肖像画を見て絶句する。キャンバスには、ルビーそのものの姿が描かれていた。
私の髪色は影の土色なのだが、ルビーは金色。
肖像画は金の絵の具を惜しげもなく使われていた。
「あなたの髪は太陽の下だとコガネムシみたいな色になるから、平気でしょう?」
問題は髪色だけではない。獣人の耳も書かれていなかった。
父王は獣人であることはひた隠しにするように命じていたので、描かれていないのはなんらおかしなことではない。しかしながら、今の状態だと肖像画はまんまルビーである。
指摘したくなったものの、何か言ったら彼女は私に暴力を振るうだろう。
もう痛い思いはしたくないので、何も言わないで肖像画を送り出した。
ふたつ目は、ルビーが隣国ツークフォーゲルに私の侍女として同行するというものだった。
その話はすでに父王の許可を取っていたようで、私に言ったときにはすでに決定事項だったのだ。
結婚後もルビーと過ごさなければならないなんて、地獄でしかない。
けれども、アルノルト二世に嫁いだら何もかも解放されて幸せになれるとは思っていなかった。だから、ルビーがいようがどうでもいいと思って話を聞き流していた。
ぼんやりしている間に、輿入れの準備は進んでいく。
ドレスや宝飾品を選ぶのは、ルビーだった。当事者である私は、蚊帳の外である。
ルビーはまるで自分の持参品を選ぶかの如く、楽しそうに物色していた。
その時は、私の品物を買うついでに、自分の品も購入しているのだと思っていた。
まさかそのすべてがルビーの物になるという算段で選んでいたとは、夢にも思わなかった。
輿入れ当日、ルビーは魔法使いを伴って馬車に乗りこむ。
魔法使いは三十代から四十代の男性で、ギョッとした。輿入れの馬車に、男が乗りこむなど前代未聞である。
「隣国ツークフォーゲルまで、盗賊団が出るらしいの。彼は護衛ですわ」
護衛は父王が用意した騎士達だけで十分なのではないか。そう思ったもののルビーに意見するのは面倒事を引き寄せる。だから私は、魔法使いの動向を見て見ぬふりをした。
その判断が私を危機に陥れるとは、このときは想像もしていなかったのである。