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隣国に輿入れした王女付きモフモフ侍女ですが、本当の王女は私なんです〜立場と声を奪われましたが、命の危機に晒されているので傍観します〜  作者: 江本マシメサ
第二章 離宮での暮らし

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獣人王女エルヴィールは、果樹園で働く

 ウルリケの案内で、果樹園まで向かう。

 先ほどまで眠っていたヴァイスは果物と聞いてぱっちり目を覚ます。私の肩に乗り、上機嫌な様子で『ジュ、ジュ、ジュー!』と鳴いていた。


 離宮には八十二種類もの果樹があるらしい。先代の主は、よほど果物が好きだったようだ。


「ルヴィ様は、祖国で栽培されていた果物の中で、お好きな物とかありますか?」


 ウルリケに聞かれ、首を傾げる。果物を食べた記憶があまりなかったから。

 それを伝えると、ウルリケは途端に涙目になる。


「ううっ、なんてことでしょう。ここの果物を、たくさん召し上がってくださいね!!」


 果樹園の果物は、幻獣の物だろう。そう思ったが、私もここに保護された幻獣みたいな存在に違いない。

 ヴァイスも手をばたつかせながら『ジュジュウ!』と主張していた。自分も食べていいのか聞いているらしい。


「ヴァイスさんも、お好きなだけどうぞ」


 それを聞くや否や、ヴァイスは両手を挙げて喜んでいた。

 果樹園は赤レンガに囲まれた塀の中にあるらしい。五分ほど歩いた先に発見した。

 

「こちらが果樹園になります」


 中へ足を踏み入れると、さまざまな種類の木が並んでいた。

 果樹園内ではたくさんの人が働いているようで、皆、ウルリケに会釈をする。そのたびに、私を紹介してくれた。


 果樹園内には、巨大なガラス張りの温室がある。そこでは、南国の果物を栽培しているらしい。


「中で火の魔石を焚いて、温度を上げるそうです」


 幻獣の中には、南国に生息する個体もいるらしい。他にも、雪国に生息する個体や砂漠に生息する個体、海辺に生息する個体と、さまざまな種類の幻獣が保護されている。

 幻獣の主食は果物だが、なんでもかんでも食べるわけではない。生息地に自生する果物しか口にしない個体もいるようで、果樹園では世界各地の果物が栽培されているのだ。


「明らかに肉食獣だろうって見た目の幻獣も、果物しか口にしないんです。なんか、可愛いですよね」


 たしかに、巨大なドラゴンが小さな木の実だけを好んで食べる様子を想像すると、たまらないものがある。ウルリケの話に同意するように頷いた。


 果樹園には管理小屋がいくつか存在し、休憩中は果物を食べてもいいらしい。

 私よりひとつかふたつ年上に見える赤髪にそばかすが散った女性が、春に食べ頃を迎えるというコリンゴの実を見せてくれた。


「ここに傷があるだろう? こういうのは、人間が食べるんだ。幻獣様は、傷ひとつないきれいな実を食べるのさ」


 幻獣は丁重に保護されているらしい。果物ひとつでも、どういう扱いを受けているかわかる。


「あたしはネリー。ネリー・ベーラーっていうんだ。あんたは?」


 私が口を開く前に、ウルリケが間に入って説明してくれる。


「こちらの御方は、閣下が保護し後見人を務めるルヴィ様です。事情があって、会話が困難な状況となっております」


 びっくりされると思いきや、ネリーはニカッと笑って「そうなんだ」と軽く流した。


「ルヴィ、よろしく」


 差し出した手を、そっと握る。貴婦人の手とは異なる、働く人の手だった。

 私も、いずれはこういう手になりたい。ふと、そんなことを思ってしまった。


 私達の様子を見ていた果樹園の長が、ある提案をする。


「どうでしょう? ネリーに指導を任せてみるのは?」

「あたしがこの子に指導? まあ、嫌じゃなければいいけれど」


 嫌ではない。よろしくお願いいたしますと頭を下げる。


「じゃあ、決まりだ。ルヴィ、よろしく」


 再び、私達は固い握手を交わしたのだった。

 

 本日はイチゴの収穫をするようで、専用の温室へと案内される。

 なぜ、イチゴは南国の果物でないのに、温室で栽培されているのか。ウルリケを通して質問すると、ネリーは丁寧に答えてくれた。


「ここの先代はイチゴが大の好物だったんだ。通常、イチゴの旬は春だが、温室内で温度を管理して、一年中育てて食べられるようにしていたらしい」


 果物や野菜の栽培と収穫を早くする方法で、〝促成そくせい栽培〟と呼ばれているという。

 幻獣はイチゴを好む個体が多いため、一年中収穫できるよう、温室で大事に育てられているのだとか。


「イチゴは温室のルビーって呼ばれているのさ。それは、実際に見たら理解してもらえるだろう」


 ネリーが温室の鍵を開き、中の様子を見せてくれた。

 扉を開いた瞬間、甘い匂いが漂ってくる。

 温室内を覗き込むと真っ赤に色付いたイチゴが実っていた。太陽の光をさんさんと浴びて、ルビーのように輝いている。


 ヴァイスがイチゴに向かって飛びつきそうになったが、寸前で捕まえる。

 食べるのは収穫して、傷ついていないか選別したあとだ。しっかり働いてからだと、念押ししておく。それを理解してくれたのか、ヴァイスはキリリとした表情で「ジュ!」と鳴いて大人しくなった。


「どうだい? うちのイチゴは」


 本当にきれいだと、口をパクパクさせて伝える。すると、ネリーはウルリケの通訳を聞かずとも「そうだろう?」と返してくれた。

 ウルリケはそんな彼女に質問を投げかける。


「ネリー、あなたは読唇術を身に付けているのですか?」

「なんだあ? 読唇術ってのは」

「口の動きだけで、言葉を解する技術です」

「んなもん習得しちゃいない。表情を見れば、だいたい何を言っているのかわかるだけだ」

「なるほど。そういうわけでしたか」


 ネリーが私の言いたいことはわかるから、ウルリケは休んでいたらどうかと提案する。けれどもウルリケは「私はルヴィ様の護衛でもありますので」と丁重に断っていた。


「こーんなのどかな果樹園のどこに、危険があるって言うんだ。騎士様はお堅いな」

「それが仕事ですので」

「はいはいっと。じゃあルヴィ、働くか」


 ネリーが拳を突き上げたので、真似してみる。すると、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。


 それから、イチゴの収穫を開始する。摘む方法をネリーは丁寧に説明してくれた。


「まず、イチゴの実をそっと包み込むように握って、ヘタの方向が下になるようにそっと持ち上げる。そうすると、プチッと茎から外れるのさ」


 ネリーがやってみたように摘んでみる。すると、驚くほど簡単にできた。


「うん、いいね」


 ヴァイスも私の真似をして、イチゴを摘んでいた。上手に採れたからか、イチゴを両手で掲げて嬉しそうに鳴いている。そのまま食べずに、私が持っていたカゴにそっと入れていた。どうやら収穫を手伝ってくれるようだ。


「驚いたなあ。幻獣様ってのは、賢いんだねえ」


 ネリーに褒められたヴァイスは、誇らしげに胸を張っていた。その様子を見て笑ってしまったのは、言うまでもない。

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