獣人王女エルヴィールは、アレクシス閣下とお喋りする
食後のお茶の時間に、エプロンをまとってみた。
閣下は私のエプロン姿に満足したようで、「画家に描かせようかな」と本気か冗談かわからない言葉を呟いていた。
「今日は、果樹園で果物を収穫するようだね」
そうなのだ。離宮には大規模な果樹園があり、収穫された果物は幻獣の食料となる。
離宮の先代が果物を好んでいたようで、果樹園はもともとあったらしい。
幻獣の保護施設に選ばれた理由も、果樹園の存在が大きかったという。
「ルヴィも、果物をたくさんお食べ。体がこんなにやせ細って、可哀想に……」
たくさん食事を取ったら、ルビーみたいに背が伸びて、凹凸のある身体付きになるのだろうか。と、思ったが、彼女の場合は山よりも高い美意識の元、絶え間ない努力の結果手に入れた体だ。ただ、たくさん食べただけでは無理に決まっている。
ただ身長だけは、もう少しほしい。現在の私は5フィート1インチ(155センチ)ほどしかない。せめて、5フィート3インチ(160センチ)くらいはほしかった。
「ルヴィ、難しい顔をして、何を考えているのかな?」
身長についてだと答える。そういえば閣下は、見上げるほどに大きい。いったいどれくらいあるのか、質問してみた。
「身長か。長い間、身長を測っていないな。ウルリケ、僕はどれくらいだと思う?」
「5フィート11インチ(180センチ)くらいかと思われます」
「だって。ルヴィは、僕について気になるんだ」
その聞き方は余裕たっぷりの大人の男性という感じで、なんだか照れてしまう。
慌てて、ウルリケの身長も気になると、付け足しておいた。
「ルヴィ様、私は5フィート7インチ(170センチ)ですよ」
ウルリケも背が高い。上背があると強そうに見えるので、羨ましくなってしまった。
私も耳の毛先を先端にしたら、5フィート4インチくらいはあるだろう。けれどもたいてい耳の位置は無視され、頭のてっぺんから計測するのだ。
もうひとつ、質問する。閣下の年齢についてだ。
「僕の年齢? いくつだったかな?」
閣下はウルリケのほうを見る。どうやら、よく把握していないらしい。
「アレクシス様のご年齢は、二十五歳ですよ」
「そう、二十五歳! ルヴィ、僕の年齢について、どう思う?」
どう、と聞かれても困る。二十五歳くらいだと思っていたと、正直な気持ちを閣下の手のひらに書いた。
「ん? 二十五歳に見えるだって?」
閣下がそう呟いた瞬間、ウルリケがプッと噴きだした。一方で、閣下は眉間に皺を寄せている。
「ああ、ごめんねルヴィ。君は悪くないよ。僕は昔から老けていると言われていてね。その話を思い出してしまっただけなんだ」
閣下は心の中や実情を見抜いているような雰囲気がある。そのため、実年齢よりも上に見られるのかもしれない。そんな感想を伝えると、閣下は目を見開いていた。
「驚いたな。ルヴィはそういうふうに感じてくれたんだね」
閣下は私の手を握り、ありがとうと言って頭を下げた。
初めて、つかみ所のない閣下の心と触れ合えたような気がして、なんだか嬉しくなる。
「ルヴィは、やわらかい表情を見せてくれるようになったね」
みんなのおかげだと答えると、閣下は具体的な話を聞きたがる。
「閣下やウルリケ、ヴァイス、それから使用人のみなさんのおかげ、か」
少し拗ねたように呟く。この返答には納得いかなかったらしい。ウルリケのほうを見ると「どうやら閣下のおかげだと言ってほしかったようです」と解説してくれた。
閣下は時折、子どもっぽい態度を見せるときもあった。そういうときは、二十五歳には見えない。
二十歳だというアルノルト二世も、こんな一面があるのだろうか?
第一印象は仮面を着けていて、冷たそうな人という感じだった。けれども、アルノルト二世のおかげで、私は牢屋行きを逃れたのだ。その点は、感謝しかない。
アルノルト二世は獣人の差別をなくし、獣人を尊重してくれる人だと聞いた。彼ならば、私が獣人だと知っても、普通に接してくれたのかもしれない。
ただそんな情報も、今は意味のないものになってしまったのだが……。
会話が途切れたタイミングで、ウルリケが閣下に声をかける。
「そろそろご出勤されたほうがいいのでは?」
「ああ、そうだね。でも、ルヴィが初めてする仕事を見守りたくもある」
「戯れもそれくらいになさってください」
「ウルリケは手厳しいな」
閣下は立ち上がり、身をかがめて「行ってくるね。名残惜しいけれど」なんて言ってくる。これも、ウルリケ風に言えば「お戯れ」なのだろう。
苦笑いをしつつ手を振ると、閣下は美しい微笑みを振りまきながら出勤していった。
「ルヴィ様、嵐は去りました」
ウルリケのそんな言葉に、思わず頷いてしまった。




