獣人王女エルヴィールは、命について葛藤する
命を預かるというのは、大変だ。私にできるのだろうか?
自分ひとりでも生きていけるかわからない。そんな私に、契約を結ぶ価値なんかないように思えた。
可哀想だと思うが、私と契約したらもっと可哀想なことになる可能性があった。
とても、責任は持てない。
断ろうと思って顔をあげると、閣下が優しい目で私を見下ろしていた。
「ルヴィ、大丈夫。そんなに難しく考えることはないんだよ。これはルヴィひとりだけの問題ではない。幻獣保護に関わる全員の問題だ。このジュリスが幸せに暮らせる可能性があるのならば、試してみたい。世話や餌やりについても、みんなでやろう」
この小さな命は、私ひとりで預かるのではないと閣下は言う。
手を差し伸べて、ジュリスが受け入れてくれるならば、新しい道を探ってもいいのではないか。
そのまま気持ちを伝えようとしたが、閣下は読唇術が使えない。
ウルリケに通訳を――と思っていたら、目の前に閣下の手が差し出された。
どうやら、筆談で話していいらしい。
閣下に、ジュリスとの契約をやってみたい、と伝えた。
「わかった。だったら名付けの契約を、と思ったけれど、ルヴィは言葉を発することができなかったね」
その場合は、魔法陣で名付けの契約を行えるらしい。閣下は懐からシガーケースのようなものを出す。中に入っていたのは、白墨だ。
すらすらと魔法陣を描き、中心に名前を書くように教えてくれた。
魔法陣を描く間に、ウルリケがジュリスを捕獲してきたようだ。革袋に入れられているようだが、案外大人しい。顔だけ出している様子が、なんとも可愛らしく見えた。
そんなジュリスを、魔法陣の上に置く。
魔法陣の真ん中に、白墨を滑らせた。
ジュリスの名前は、ツークフォーゲル語で白色という意味で〝ヴァイス〟。
名前を書いた瞬間、光り輝いた。それに呼応するように、ジュリスが鳴く。
『ジュ~~~!!』
パチンと何かが弾ける音が聞こえた。チリッと痛みが走った腕を確認してみる。
そこには、小さな呪文が刻まれていた。これは契約が成功したという証らしい。
できた! 私にも、幻獣の契約ができたのだ。
ジュリスは革袋から飛び出し、私の顔面にしがみつく。
勝手にオスだと思っていたが、ジュリス改めヴァイスはメスだった。
契約の成功を、閣下が祝福してくれた。
「おめでとう、ルヴィ。ジュリスとの契約が無事完了したようだね」
閣下の手のひらに、背中を押してくれてありがとう、と感謝の気持ちを書いておいた。
それから、私の顔色が悪いということで、離宮に戻ることとなった。
行き同様、閣下は私を抱き上げて移動する。
そこまでしなくても大丈夫と言いたかったものの、少しだけ目眩を覚えていた。
幻獣への名付け契約は魔力を消費するようで、その影響で貧血状態になっている可能性があるという。
「閣下、別に契約は今日でなくてもよかったですよね?」
「ああ、そのとおりだ。興奮して、ついつい魔力について失念していた」
閣下は私に「悪いことを唆した」と言っていた。けれども、思い立ったらすぐに行動に移すのはいいことだろう。
こうして、ヴァイスと契約できたわけだし。
ヴァイスは閣下との距離が近いからか、「ジュジュジュッ!!」と激しく鳴いて威嚇していた。
喧嘩を売らないの、と思いながら、ヴァイスの鼻先を優しく突く。すると、大人しくなった。
なんとも不思議なものである。契約によって、気持ちが通じるのだろうか?
帰宅後、ヴァイスに木の実を与える。勢いよく、パクパクたべていた。これまでの食欲のなさが嘘のようだと閣下はしみじみ話していた。
ヴァイスは時折、木の実を私にくれた。それを食べるふりをして、再度与える。その繰り返しだ。
お腹いっぱいになったヴァイスは、私の膝の上で丸くなって眠っていた。なんとも幸せそうな寝顔である。
「あとで小さな木の実の苗を運ばせよう。ジュリスも喜ぶだろうから」
ジュリスは木の実を収集し、土の下に隠す習性もあるという。そのため、木の実の苗を部屋に用意してくれるようだ。
他にも習性があり、閣下はひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
「ルヴィ、今日はありがとう」
閣下は深々と頭を下げる。いったいなんのお礼かと手のひらに書いて問いかけると、閣下は「ジュリスについてだよ」と言葉を返す。
「まさか、このジュリスがこんなにも嬉しそうに餌を食べるなんて、嘘みたいだ。本当に、喜ばしいことだよ」
幻獣保護について、久しぶりにいい報告ができると閣下は嬉しそうに語っていた。
まさか、ここで私が役に立てることがあるとは思わなかった。
私までも、嬉しくなってしまう。
元気になったら、ジュリスの檻の掃除や餌やりにも挑戦してみたい。
新しい目標ができてしまった。




