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獣人王女エルヴィールは、初めての夜を過ごし、新しい朝を迎える

 ひとまず仮の部屋だと言って案内されたのは、豪奢なシャンデリアが輝く白を基調とした美しい部屋だった。


「ルヴィ様の私室はすぐに用意しますので、ひとまずこの部屋で我慢をお願いいたします」


 ここは我慢するような場所ではない。私にはもったいない部屋である。

 牢屋で過ごしていたときを思えば、窓があり、風通しのいい部屋にいるだけでも贅沢だ。だから、私は夜勤をする使用人が仮眠するような部屋でかまわない。

 そう訴えたものの、ウルリケは頷いてくれなかった。


「ルヴィ様、私は閣下に、あなたを丁重に扱うよう命じられています。どうか、受け入れてくださいませ」


 ウルリケが困っているように見えたので、これ以上何も主張しないほうがいいだろう。勧められた待遇を、そのまま受け入れるしかない。

 こくりと頷くと、ウルリケは安堵していた。なるべく、彼女を困らせないようにしなくてはならないだろう。


 それからしばらくして、ウルリケがオートミール粥を運んでくれた。

 ミルクの甘い匂いが、ふんわりと漂う。


「ゆっくり召し上がってくださいね」


 ありがとうと言うと、ウルリケはにっこりと微笑みを返してくれた。

 匙を持ち、オートミール粥を掬う。すると、お腹がオートミール粥を欲しているように思えた。

 ほかほか漂う湯気が収まるまで待ってから、匙を口へと運んだ。

 オートミールはくたくたになるまで煮込まれ、口に含むと優しい味わいが広がっていく。

 ――おいしい。

 運んできてくれたウルリケに、感想を伝える。


「お口に合ったようで、何よりです」


 もう何を食べてもおいしいと感じないのではと不安でたまらなかった。けれども、それは杞憂きゆうだった。

 温かいオートミール粥を食べるにつれて、体が内側から温まっていく。

 抜け殻みたいだった私に、命が宿ったように感じた。

 きっとこのオートミール粥には、作ってくれた人の、運んできてくれたウルリケの優しさが溶け込んでいるに違いない。

 ツークフォーゲルにやってきてからというもの、どこか投げやりになり、自分なんてどうでもいいと思っていた。

 けれども今、それではいけないと考えるようになる。

 私を保護してくれた閣下や、よくしてくれるウルリケに恩返しするためには、たくさん食べて元気にならないといけない。


「ルヴィ様、もう一杯、お召し上がりになりますか?」


 ウルリケの問いかけに、深々と頷いたのだった。


 食後は休憩をしたのちに、お風呂に入らせてもらった。

 ツークフォーゲルにやってきてから一度も入浴していなかったので、正直に言うとありがたかった。

 ウルリケは浴室までもついてきて、私が溺れないようにと言って見守る。いささか過保護ではないのかと思いつつも、心配してくれることはありがたい。

 結局、ウルリケは私が布団に潜るまで、一緒にいてくれた。


「ルヴィ様、今日はゆっくりお休みください。明日、お元気になっているようでしたら、幻獣を見に行きましょうね」


 ウルリケは私の頬を優しく撫で、毛布を被せてくれた。

 昔、母が同じようにしてくれた記憶が甦り、涙が出そうになる。

 薄暗い中、〝ウルリケ、ありがとう〟の一言が伝わらなくって、歯がゆく思ってしまった。


 ◇◇◇


 翌朝――チュリチュリという雲雀ひばりのさえずりで目を覚ます。

 外は明るい。一晩、ぐっすり眠っていたようだ。

 このようにきちんと睡眠を摂ったのは久しぶりかもしれない。輿入れが近づくにつれて、眠れなくなっていたのだ。

 起き上がって背伸びをしていると、扉が遠慮がちに叩かれる。


「申し訳ありません、入りますね」


 ウルリケの声だった。私が目覚めているのに気づくと、ホッと安堵したような表情を浮かべる。


「おはようございます。よく、眠れましたか?」


 頷いてみせると、ウルリケは嬉しそうに微笑んだ。

 今日は一日晴れだという。そんな話をしながら、ウルリケはカーテンを広げてくれた。 外は青空が広がり、庭の草花は光を浴びてきらめいているように見えた。空はどこまでも澄んでいて美しい。

 今、輝く朝を迎えられていることが奇跡のように思えた。


「お湯を用意しました。どうぞご利用ください」


 寝台にテーブルがかけられ、その上に湯が置かれた。すでに泡立てたふわふわの石鹸や、髪を結ぶリボンや前髪を留めるピンまで用意されている。

 ありがとうと伝えると、ウルリケは「どういたしまして」と返してくれた。


 ウルリケが持ってきた湯で顔を洗い、歯を磨く。


「お召し物は昨晩、急遽用意したものですが、お気に召すものがありますでしょうか?」


 寝台にずらりとドレスが並べられた。どれも丁寧に仕立てられた一着だとわかる。


「申し訳ありません。こんなにたくさん用意しても、困りますよね」


 なんでも閣下の命令だったらしい。


「まるで、初孫を喜ぶ爺やみたいですよね」


 私を可愛がる爺やなんていなかったけれど、物語の中でそういう場面を読んだ覚えがあった。

 本当にそのとおりだと思い、ウルリケの言葉に深々と頷いた。


 ウルリケに選んでくれないかと頼むと、若葉色のドレスを選んでくれた。

 先ほど見た、離宮の庭みたいな色合いで美しい。

 すてきだと伝えると、ウルリケは「よかったです」と言葉を返してくれた。

 ウルリケの手を借りてドレスをまとい、長い髪は三つ編みにして後頭部でまとめる。


「ルヴィ様は手先が器用なのですね。私は自分で髪をまとめられないので、短く切ってしまったのですよ」


 少し羨ましそうに見えたので、ウルリケも結ってあげようかと提案してみた。


「え、私に三つ編みですか? きっと、似合わないですよ」


 そんなことはない。絶対に可愛い。そう伝えると、ウルリケは姿勢を低くし、私に身を任せてくれた。


 ウルリケの髪を指先で掬い、編み込んでいく。ピンで留めたら完成だ。鏡を持って確認するように示すと、ウルリケはハッと驚くような表情を浮かべた。


「うわ、お嬢様みたいです!」


 優雅な物腰から、ウルリケは良家の子女だというのはわかっていた。ただ、騎士の道を進んだので、普通の令嬢がするようなことはしていないのだろう。


「ルヴィ様、ありがとうございました」


 髪結いは侍女が仕事放棄をしたので、身に付けた技術だった。それも無駄にならなかったのだと、ひしひし思ったのだった。


「あ――すみません。ご用件をお伝えしておりませんでした」


 これから何かするのか。

 小首を傾げていたら、ウルリケが思いがけない用件を述べる。


「これから、閣下とご朝食を召し上がっていただきます」

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