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獣人王女エルヴィールは、隣国の国王に嫁ぐ

「お初にお目にかかります、陛下。ファストゥの第一王女、エルヴィール・ド・バラウールと申します」


 玉座に腰かける二十歳の年若き王、アルノルト二世に恭しく頭を下げるのは――金髪碧眼の美女。

 彼女は大国ツークフォーゲルに輿入れした王女、ではない。


「この度、わたくしめにはもったいない縁談を受けてくださり、心から感謝しております」


 殊勝な態度でアルノルト二世に話しかけるのは、公妾の娘ルビーだ。

 そしてそんな彼女の背後に控える私こそ、ファストゥの第一王女、エルヴィール・ド・バラウールである。


 なぜ、立場が逆転しているのか。それに対し異議を申し立てないのか。

 それは少し話を遡らないといけない。


 ◇◇◇


 火山国ファストゥ――魔石の採掘が群を抜いており、裕福な国として名を馳せる。

 そんな国の第一王女として生を受けたのが、この私。エルヴィール・ド・バラウールである。

 私は王妃の子どもではなく、父王と恋仲になった女性の間に生まれた子だ。

 当時ファストゥに王女がいなかったことから、例外として王家の一員として認められた。以降、王妃以外の女性との間に子どもが生まれても、非嫡出子ひちゃくしゅつしとして扱われ、王女の称号も与えられなかった。


 ファストゥ唯一の王女として、確固たる地位にいるかと思えば、そうではないとはっきり言える。

 母は山猫獣人リンクスで、娘である私はその血を色濃く受け継いでいた。

 耳は猫と同じ形で、感情の浮き沈みによってピコピコ動く。聴力は人間よりも優れていて、遠くの悪口も拾ってしまうのだ。 


 なぜ、王女という身でありながら、嫌われているのか。

 それは、私が獣人だからだろう。


 ファストゥでは獣人の売買が行われており、国民のほとんどが召使いとして傍に置いている。

 獣人達は魔石採掘の場にも送り込まれ、日夜関係なく働かされているのだ。

 ファストゥが裕福なのは、獣人に労働を強いているからだろう。彼らのおかげで、この国は発展したのだ。

 獣人達の出身国である獣王国アレグリアは、荒くれ者の獅子王が支配する独裁国である。そこから多くの移民がファストゥに逃げ込み、奴隷商に捕まって市場に出されるという流れができているのだ。


 獅子王のイメージが強いのか、獣人全員が粗野で乱暴者だと思われている。そのため、ファストゥでは獣人に対する差別が激しい。

 獣人を母に持つ私は、王宮内で忌み嫌われ、王妃や兄、弟達だけでなく、召使いからも陰口を叩かれることは珍しくなかった。


 優しくしてくれる人もいたが、それは下心がありきで、裏切られたときは本当に悲しかった。

 しだいに他人が信用できなくなり、図書室と地下の実験室に引きこもる毎日である。


 そんな私に縁談が舞い込んでくる。

 もう十八歳なので、そろそろだろうなと考えていた。

 私を王女にしたのは、政略結婚させるためである。わかっていたが、相手を聞いて驚いてしまった。


 結婚相手は隣国ツークフォーゲルの国王、アルノルト二世。

 彼は私よりもふたつ年上の二十歳。五年前に即位した王である。

 ツークフォーゲルはファストゥよりも大きな国で、隣に位置していたが、長年外交らしい外交はなく、ぴりついた関係だった。


 国の規模も、軍事力も、ツークフォーゲルがファストゥよりも上回っており、戦争なんぞふっかけられたら瞬く間に蹂躙じゅうりんされてしまう。


 長年悩みの種だったようだが、結婚をもって友好関係を築こうという政策に打って出たようだ。


 つまり、私は政治の駒にするために王女として育てられたというわけである。

 獣人であることは隠せと、父王より厳命されていた。

 私が獣人であると知っているのはファストゥでも近しい者のみ。国民でさえも、王女たる私が獣人であることは隠されているのだ。

 それにしても、結婚しても隠せというのは無茶ぶりだろう。

 帽子を被ったり、リボンで押さえつけたりしたら、まあ、なんとか隠せる。けれども、夫となったアルノルト二世に隠し通せるのか。正直自信がなかった。

 ちなみに子どもは、獣人の特徴がでないよう、特製の薬を飲むように命じられている。その薬を飲んだら、父親の特徴だけを引き継いだ子どもが生まれるらしい。

 そこまでして、私を嫁がせる必要はあるのかと呆れてしまう。

 ちなみに非嫡出子の娘は他にもいる。私よりも数日あとに生まれた娘だっていた。

 なぜ、山猫獣人である私が王女に選ばれたのか。

 その理由は、召し使い達の噂話を聞いて納得した。


 ――魔眼王に嫁がせるには、公妾の娘だってもったいないわ。

 ――ああ、呪われた王に嫁ぐなんて、恐ろしい。


 隣国ツークフォーゲルのアルノルト二世は、魔眼を持つ呪われた王だと囁かれていた。

 常に仮面を装着しており、彼の瞳を見た者は死してしまうという。

 アルノルト二世の魔眼については、幼少時から噂されていたらしい。

 父王も、どうせ嫁がせるならば、獣人の娘である私を当てがえばいいと考えていたのだろう。


 ――呪われた魔眼王と卑しい獣人の王女、お似合いだわ。

 ――ええ、本当に。


 そんな言葉を耳にしても「そうなんだ」としか思わなかった。

 魔眼王だか、呪われた王だか知らないけれど、どこに行っても私の扱いは変わらないだろう。

 魔眼に呪われて死んだって、構わない。

 だって私に政治の駒になる以外の、生きる理由なんてないのだから。


 この時はそう思っていた。 

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