靄の中で君を見つけるまで僕は走り続ける。
雨は嫌いじゃない。
10年前に発生した世界的パンデミック。辛くも生き延びた僕たちは復興の道を探し続けている。
パンデミックはZ達を生み出し、瞬く間に全世界を覆いつくした。それでも日本の人口は50万人ほど生き残っていると考えると案外人間もしぶといものだと感じさせられる。
10年も経つといろいろとZ達の研究は進んでいた。
まずZに感染すると飢えに支配され、同族を捕食しようとする。媒体は唾液に含まれる血液。
血液が体内に取り込まれるとあっという間にZ化してしまう。その時間はなんとわずか10秒。
それも世界中で同時に発生したらしい。特に軍事基地を狙ったらしく米国、中国は壊滅的ダメージを負っており、大陸での行動は特に制限があると聞く。
一部ではワクチンや治療薬も噂されるが、未だ決定的な薬が開発されていないのが実情だ。
そんな中、がれきの中でキャンプをしている僕たちは臨時政府に頼まれた調査隊の5人。
正直、僕ひとりで行動した方がZとの遭遇は減るのだが、都心でのトラップ設置数は少ない。いざという時は彼らを囮にして逃げよう。なぜなら彼らはZなのだから。
『東京を覚えているかい?トキヲくん』体格の良い男性が少年に尋ねる。
「いえ・・出身は八王子なんですが、5歳だったので詳しくは。でもパンダは観に行ったかも」
『上野は動物たちが逃げ出して繁殖してると聞きますねぇ、隊長』細身のマスク姿が口をはさむ。『少しでも減らしてくれてるとありがたいんですがね』
Zは人間にしか感染しないため、次に脅威なのは野犬だった。猛獣も逃げ出しているはずが数は少なかろう。
『治療薬も最終段階なんだ、要治療者はなるべく減って欲しくないものだな』
『その治療薬はいつまで最終段階なんですかねぇ3年ぐらい前からちっとも進んでないですが』
『今回の遠征も横浜までの橋頭保を確認できればいい。頼りにしているよトキヲくん』隊長の赤い目がほほ笑む。
「ははっ・・横浜は何度か行ってますので」とはいうものの、隠れながらの潜入と物資輸送のルート確保は難易度が違いすぎる。あまり気乗りのしない依頼だったが、隊員の一人の少女が気になって同行することにしたトキヲだった。
5年前に生き別れた姉ナヲミと瓜二つの少女のNAO。まさか生きているなんて・・っと思ったがどうやら別人のようで落胆した。なによりNAOは記憶を失っていた。
Zに感染しても自我を失わない特異体質をハイランダーと呼んでいる。
トキヲ以外の5人はすべてハイランダーであり、自我を持ったZ達。Z化したことで常人を超える筋力を振るい、永遠の命を手に入れていた。
しかし、自我を失ったZからは仲間とはみなされず襲われ、人間からは危険視されており、肩身の狭い思いをしているはずなのに、危険な任務に赴く彼らに敬意を抱く気持ちもある。だが臨時政府に組しないハイランダーも一部存在するのもトキヲは知っていた。
以前は感染が進み、ハイランダーがZ化したこともあったが、今は抑制剤が効いており任務中に襲われることは無いだろう・・ここは腹をくくって眠るしかない。発症してしまえば普通のZだ。襲われる確率も減る。
トキヲもまた特異体質であった。小さい頃に怪我だけには気をつけろと両親に言われ続けていたのを覚えている。日本人にしかいない非常に珍しい血液型らしい。家族は普通の血液型であった。
どうもZはこの血液型への反応が鈍く、至近距離で息をひそめていれば襲われることは無い。血中の微量な酵素に反応するらしく、幾度となくこの体質に救われている。常人では皮膚呼吸でも反応してしまうほどZ達は嗅覚が鋭い。
トキヲ達はスニーカーズと呼ばれ、潜入工作員として臨時政府に雇用されている。いつか治療薬が開発されて復興が叶えば莫大な報酬と引き換えに・・そんな夢物語でも期待しなければやっていいられない。
スニーカーズは総勢100名ほど保護され、野外には20名ほど各地で活躍している。襲われにくい体質なだけで常人であることは変わらない。単に運が良いだけで、何人もの仲間が気づかれZの餌食になっている。気づかれたら逃げるしかない。Zとスニーカーズは身体能力は変わらないだけに、持久力で追いつかれてしまう。Zは夢を見ることも無く廃墟を彷徨い歩く。
スニーカーズ達はあちこちにセーフハウスを作り、トラップを仕掛け、逃げ道を確保して情報を共有している。横浜までは都心を通り抜ける必要があり、今回の遠征だけでは到達は難しいと思う。
ふと、姉によく似たNAOの顔を見つめる。彼女はどんな夢を見るのだろうか?せめて夢の中では幸せな時間を過ごして欲しいとトキヲは願わずにはいられなかった。