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王家の『影』の回顧録

作者: 雨弓

「なんでっ!?あともう少しだったのに!!」

令嬢らしからぬ叫び声を聞きながら、自業自得だろと内心思う。

己の稚拙な企みが上手くいくと思っていたなら、彼女はあまりにも愚かだ。

彼女はまだ何事か喚きながら部屋の中をうろうろと歩きまわっている。

外から施錠され、3階の窓から出られるはずもないが、彼女の処分が下るまでは監視するのが仕事だ。



緑豊かなロクシーヌ王国。

ここ数年は隣国ともうまく折り合っていて、表面上はとても安定していた。

しかし王室内ではピリピリとした緊張感でいっぱいだった。

婚約者がいる王太子に親密な女性が現れたのだ。

現在16歳になる王太子ロイゼン殿下には、生まれたときからの婚約者がいる。

ミートレー侯爵家のご令嬢ケイト様だ。

年はロイゼン殿下と同い年で16歳。

現在二人は王立学園に通っている。


幼いころから共に未来の王国を支えるものとして育てられた二人は、仲睦まじいとは言わないまでも、それなりの信頼関係と情があるように見えていた。

そこに、とある令嬢が現れたことで、いとも簡単に揺らいでしまったのだ。


冒頭の令嬢、マイル子爵家の庶子で近年まで庶民としてくらしていたリリアである。

庶子が貴族の通う王立学園に入ってきたこと事態はそれほど珍しいことではなかった。

ある程度の学力は審査されるし、礼儀作法も最低限身につけていることが条件だ。

それでも庶民出身の彼女が嫌味を言われたり嫌がらせを受けるのは仕方のないことだ。

黙ってやり過ごせばいいものを、彼女は何を思ったか高位貴族の令息たちに近づいて、次々と籠絡していったのだ。

その中には残念ながら、王太子であるロイゼン殿下も含まれていた。


その状況はもちろん、余すところなく国王陛下に報告した。


私は『影』


国王陛下の勅命で動く、その名の通り王家を影から支える集団の1人だ。


主な仕事は諜報から暗殺の後始末まで。

時には城下や地方の街に潜り込み、情報操作や民衆を扇動したりする。

名前はない。

捨て子や貴族から望まれず生まれてきた幼児を、専門機関で徹底的に王家のために生き、そして死ぬように教育される。


私はロイゼン殿下が5歳の時から専属の影として生きている。

同僚は数名いるが詳しくは分からない、知る必要もない。

ロイゼン殿下の一挙手一投足を監視し、近づくものの素性を調べ、陛下に報告する。

悪意あるものは遠ざける、もしくは処分。

平和すぎるこの国では、護衛よりも監視の部分が大きい。


子爵令嬢の動きは派手だった。

籠絡した令息たちはロイゼン殿下を始めとして婚約者のいる者も多い。

いずれも高位貴族の令息たちばかり。

これくらいのことならいくら学生とは言えど、婚約者同士で解決できなければ、将来の手腕を問われる。

周りの大人たちはそう考えているが、事態は深刻だった。


リリア嬢は庶民出の素朴さと快活さで令息に近づき、普通の令嬢では嗜まない手作り菓子を振舞っていた。


「やあ、リリア。今日もお菓子をくれるかい?」

中庭の東屋にいるリリア嬢に、ロイゼン殿下はうっとりした顔で声をかける。

「ロイゼン殿下!もちろんありますよ!さあ、こちらへ。」

当然の様にロイゼン殿下はリリア嬢の隣に座る。

婚約者がある身としては考えられない行動だ。

リリア嬢の周りにはたくさんの令息が群がり、皆がうっとりとほほ笑みながらリリア嬢の作った焼き菓子を食べる。

それはまるで楽園の風景のように、皆が幸せそうに寛いでいる。


それに対して、それを遠くから見つめる令嬢たちの視線の冷たさは地獄のように冷たい。

婚約者本人を諫めても聞く耳を持たず、リリア嬢に話しかけると令息たちが騎士気どりでそれを遠ざける。


わずか数ヵ月でリリア嬢は学園に女王陛下の如く君臨していた。


事態を重くみた私たちは即座にリリア嬢の手作り菓子を入手し、成分を鑑定に回し、マイル子爵家への潜入と監視が始まった。

マイル子爵家の温室に栽培が禁止されている中毒性の強い植物が発見されるまでにそう時間は掛からなかった。


だがその短い期間に、学園ではロイゼン殿下が婚約を破棄してリリア嬢を王太子妃に迎えるだろうという噂が広がっていた。


「ケイト様、もう諦めてください。私とロイゼン殿下は想いあっているのです。」

勝ち誇った顔でケイト嬢を見下すリリア嬢。

「そうだとしても、私が殿下と結婚することは覆りません。」

毅然と接するケイト嬢だったが、その身体は微かに震えている。

「ふふ。そんな虚勢、いつまで持つか楽しみですわね。」

リリア嬢はクスクスと笑いながらその場を立ち去る。


だがその栄華もその日までだった。


次の日から中毒症状の出ている貴族令息たちを『特別カリキュラム』と称して、学園から遠く離れた王族の持つ別邸に隔離。

王国騎士団と影による徹底監視の中、解毒治療が開始された。


リリア嬢は栽培禁止の植物を所持していた疑いで、父であるマイル子爵家当主はもちろん一家全員外出禁止になっていた。

植物が鑑定され、それを加工していたことが証明されるまでの数日の猶予でしかないが。


学園に残された婚約者たちには事情説明が行われたが、いくつかの婚約は破談になったようだ。


今回の件は関わる家も多かったために、秘匿することは不可能と判断され、マイル子爵家による造反事件として公表されたが、庶民の間では同時期に起きた人気有名演劇役者のスキャンダルの方が話題になっていて特に取り上げられることもなかったという。


もちろん影の暗躍によるものだが、それを知るのは国王陛下だけだ。


3日後、栽培禁止植物の栽培と、それを使用して高位貴族令息を誑かしたとしてリリア嬢とそれを指示したマイル子爵家当主を捕縛。

子爵家は取りつぶしとなり、当主は即日斬首。

リリア嬢は情状酌量の余地があるとして、斬首は免れたが修道院に送られた。

残された家族は散り散りになり、リリア嬢も含め数年以内に前後してそれぞれ不慮の事故で亡くなるだろう。

王家に仇なす可能性がある者を生かしておく理由はない。



ロイゼン殿下は正気を取り戻した後、ケイト嬢との関係修復に奔走し学園を卒業した翌年に豪華絢爛な結婚式を挙げ、国民たちからも祝福をうけた。


元々優秀であった上に、今回の事件後は更に思慮深くなられた。


数年後にはきっと立派な国王になり、私たちの主となるだろう。


影の暗躍を知る者は少ない。


私たちはいつまでも影。


それでいい。


名前もいらない。


だが、国王という強い光の影に私たちは必ずいる。


そしてその光を奪おうとする者を全て薙ぎ払っていくのだ。


最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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