90話 修行
「よし、テストだ!茜がどこまで強くなったか、見てやろう」
「あたしがどれだけ強くなったかだとぉ?足元すくわれないように気をつけな!やってやろうじゃないの!」
「何も言ってないけど、僕達もやるんだ…」
「アサヒ、茜といるとこんなの日常茶飯事だ。諦めな」
さすがシモン。この展開にも全く動じていない。伊達に小さい頃から茜に付き添ってきただけはある。
ーーゴーレムは魔素で核を作り、そこに肉付けして出来上がる。材料は周囲から調達する。主に土や石が多い。
こいつらの厄介なところは、生物ではないから痛みや恐れといったものがない。命令をこなす為に、自身の犠牲も問わず、それでいて"連携"してくる点だ。そう言った意味では、不死の魔物よりも厄介と言える。あいつらは、生者を憎み、その感情に突き動かされるまま襲ってくるから、連携なんてまるでなっちゃいない。
もう一つの特徴といえば、ゴーレムには"術者"が存在する。その術者さえ倒してしまえば、魔素供給の切れたゴーレムはいずれ停止する。それでも核にした魔素が尽きるまでは動くらしいけど。ただ現実的には、ゴーレムからの攻撃を掻い潜り、術者を探し出して倒すのは中々難しいらしい。
ゴーレム戦で最も気をつけなければいけないのは、"物量"。ゴーレムを構成するのは、その辺にある土や石。魔素供給があれば、たちまち損傷を修復してしまう。その不死身の体を存分に活かした飽和攻撃。まずこれに慣れなければならない、とのことだった。
人形からの攻撃を躱し、いなす。本番さながらの波状攻撃を一身に受けながら、フォルカスは説明を続ける。そんな中だ、防御に手一杯で話がなかなか頭に入ってこない。
仮想敵は、フォルカス特性の魔素人形。
魔素でゴーレムを形作り、表面に土や石を貼り付けた細部にまで拘った作品となっている。偽ゴーレムからは細い糸のようなものが伸びており、フォルカスの指へと繋がっている。この糸も魔素だ。偽ゴーレムは全部で十体、フォルカスの両手指の数だけ。本番よりは数は少ないが、巧みに連携を取りながら攻め込んでくる様は、鬼気迫るものを感じる。とても余裕を持ってなんて、対処できない。
通常、魔素は体から離れれば離れるほど操るのが難しい。実際、茜やシモンは体を覆うようにして戦っているのを見た。二人ともごく自然に使いこなしているから、あえて触れはしなかった。ちなみに僕は出来ない。その二人でさえ、遠距離武器に魔素を纏わすことは出来ない。それほどの難度なのだろう。
それなのに、フォルカスはゴーレム大の魔素を十体も同時に操っている。それだけでも魔素操作においての極地にいると言えよう。
「いつまでやれ、ば、いいんだ、よ!」
茜は、ゴーレム達の波状攻撃を軽業師のような動きで避ける。体感では、一時間は経っている。倒しても倒してもすぐに前線に復活する偽ゴーレム。それならばと、術者のフォルカスを攻撃するが、ゴーレムを巧みに操り、行手を阻まれる。思わず口からは愚痴が溢れた。
「ハァハァ。きつ、い…ぐっ」
僕の呼吸が乱れる。偽ゴーレムの猛攻を段々と捌けなくなってきた。ゴーレムのその手が脇腹を掠める。思わずくぐもった声が漏れた。
「アサヒっ!」
茜が僕に気を取られた瞬間、前後左右、全方向から一斉に襲い掛かられる。
「今日はここまでにしよう」
その一言で、偽ゴーレム達の動きが止まった。茜の首元に無骨な拳を突きつけた形で。
「あー!くそー!」
「そう、悲観することはない。茜、シモンは想像以上に強かった。アサヒは、お前はもう少し鍛えた方がいいな。今は何とかなっているかもしれないが、いずれ壁に当たるだろう。それも近い将来」
ギクリ。自分でも感じていたことだ。それでも人から指摘されると落ち込む。真っ直ぐに見透かすようなフォルカスの視線が痛い。
「分かって、ます…」
「こらー!アサヒは凄いんだぞ!?アサヒと一緒なら、あたしはどこまでだっていけるんだから!」
なぜか茜が僕の代わりに憤慨している。直情的だけど、根はいい子なんだよな。単純だけど。
「ねぇ!?アサヒ!! あんたからも何とか言ってやりなよ!」
「いや、フォルカスの言う通りだ。この中で僕が一番弱い。ちょっと考えさせてくれ」
僕は一人その場を後にした。ちょうど落ち着いて考えたいと思っていたところだった。
「また明日、同じ時間に集合だ」
背後から声がかかる。それに振り向かず、手を上げて応えた。
僕は村を歩く。湿地帯から救出された村人が戻り、村は活気付いていた。道行く人から口々にお礼を言われる。今更ながら実感してきた。僕はこの村を救ったのだ。動機はあいまい。流されて、なし崩し的に引き受けたかもしれないけど、みんなが笑顔になってくれて本当に良かった。村人と他愛もない話をして、お爺さん家に戻った。
その夜、寝床を抜け出した僕は一人村の外へ来ていた。見上げれば、夜空には満点の星空。赤い月に、青い三日月。改めてここは日本じゃないんだ、と認識させられる。
「ふぅ、やるか」
まず、茜とシモンに追いつくのが目標だ。二人が自然に行なっていた魔素を纏う技術から始めよう。僕の見立てでは、恐らくこの技術はこの世界での戦闘の基礎となっていると思う。
目を瞑り、集中。自身の体の内部へと意識を向ける。海に潜るように、深く、深く。意識と無意識の境界まで。
「いい集中だ、精が出るな。私で良ければ少し教えようか? これでも魔素の扱いには自信があるのでな」
「ぬわっ」
ビックリした。いつの間にか背後にフォルカスがいた。急に声をかけないでほしい。驚いて変な声を出してしまった。
「守に教えていたときを思い出すな。あれは楽しかった」
「僕は、守さんみたいに強く、ない。才能が無いんだと思う」
「いや、守に才能は無かったぞ?大雑把な性格だからなのか、魔素の操作が苦手でな。自身の覚えが悪いのを、私の教え方が悪いと人のせいにする始末だ」
「守さんが…? 数々の偉業を打ち立てた、あの守さんが、才能ない?」
「ああ、それは間違いない。アサヒの方が飲み込みは早いぞ。見所がある。
ただ…」
「ただ?」
フォルカスは続けた。大切な宝物を思い浮かべるような顔で。
「守は諦めなかった。何度も、何度でも、ただ愚直に繰り返した。出来なければ、寝る間も惜しんで、ひたすらに練習していたな。
強いて言えば、あいつは努力する才能と、丈夫な体があった」
やっぱり凄いじゃないか。それでも意外だった。何をやっても器用にこなすイメージが僕の中であったからだ。
でも、以前よりは前向きになれたかな。僕は守さんのようにはなれない。だけど、強くなるんだ。僕なりのやり方で。
「やっぱり、守さんは凄いや。そうこなくっちゃね。フォルカス。いや、フォルカス先生!僕に、魔素の使い方を教えて欲しい!」
「せ、先生!? 初めからそのつもりなんだが…、その先生って呼び方はやめないか?」
「教えてもらうんだから、先生だよ。よろしくお願いします!フォルカス先生!」
「分かった、分かった。まずは、落ち着け。まずはな…」
フォルカスの講義は、空が白み始めるまで続いた。飲み込みが早いとフォルカスは言うが、一日で使いこなせはしなかった。しかし、それっぽい形には出来た。早く茜とシモンに見せたい。後は繰り返し、反復練習あるのみだ。




