08話 狩人見習
異世界生活 17日目開始。
昨日は聖母こと、マリアさんと出会った。
なんとかミルク問題は解決しそうだ。
あとはオムツだな。色々と試してみよう。
今日からカザンと狩人訓練だ。
天気のいい日の午前中は、基本的に毎日らしい。うへぇ。
という訳で、早速マリアさんに茜を預け、村の外れにある訓練所までやってきた。
マリアさんはかわいい赤ちゃんね、女の子は楽しみだわ、と言って笑顔で引き受けてくれた。まじ聖母。確かマリアさんのところは男の子だったと思う。
定期的にお世話になるのだ。後で何かお礼の品を持っていかなければ。大事な茜の世話をしてもらうのだ、仲良くしていきたい。
道連れに、ふと目についたウルフも連れてきた。散歩にも行けず暇を持て余していただろうし、ちょうどいい機会だ。
「今日から、狩人候補改め、狩人見習いとして訓練してもらう。
訓練中、俺のことは師匠と呼べ。これも習わしなんでな」
そう言って、まるで鬼教官かのように使い込まれた木刀を地面に突き立てた。有無を言わせない迫力がある。
「はい、師匠」「ワンワン」
むず痒いが、我慢だ。いずれ慣れるだろう。
それにしても、ウルフはたまに言葉を理解しているかのように振る舞う。賢い犬だ。
ウルフは茜が生まれた日、近所の空き地に捨てられていた犬だ。
どこか運命的なものを感じて、思わず家に連れて帰った。
その後、彩夏にはたっぷり怒られたが、最終的には折れてくれた。
家族の一員になってからは、誰よりも可愛がっていたな。
「まずは、狩人の仕事を説明する前に、守は自分のタレントの把握からだ。まずは攻撃だ」
そう言うと、カザンは様々な武器を地面に並べ始めた。
剣、斧、槍、弓…こんなに多種多様な武器を持っているカザンは武器屋か?物騒すぎる。
「おし、準備はいいか?始めっ!」
それからの俺は、カザンの指示で、木で出来たカカシ相手に打ち込みを始めた。途中、相手をカザンに交代し、攻撃を続けた。
「おいおい、お前の力はそんなもんか?これならゴブリンだって倒せないぞ?」
「はぁ、はぁ。こっちは都会育ちのサラリーマンだぞ…ぜぃ、ぜぃ。こなくそ!」
カザンは、強かった。
攻撃が全然当たらないから本気になって打ち込んだが、お手本のように綺麗に受け流された。
最後に、弓で遠くの的を射る。
これも全然当たらない。掠りもしない。
素人目に見ても分かる、これは才能が無さそうだ。
「よし、もういい。 次は防御面だ。
これから守を攻撃するから、覚悟しろよ。さっきのお返しだ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら、カザンが武器を片手に近づいてくる。
「ちょっ、まっ」
掛け声と共に、もの凄いスピードで、上下左右から木刀で撃ち込まれた。
ーーキン、キン、キン、チッ。
いっ、たくない。
よかった、痛くないぞ。
最後、舌打ちしてなかったか?
効かなかったから良いものの、最後の方は結構本気の目をしてた。大人気ないぞ。
色々な武器で滅多打ちにされた後、刃がついた剣で数ミリ斬り付けられたが、俺にはどれも効かなかった。なんぼのもんじゃい!
最後に、そこに立てと言われた場所にぼけっと突っ立っていると、弓に矢をつがえたと思ったら射ってきた。
矢は俺に刺さることなく、矢尻が折れて落ちる。ただ少し衝撃があった。ただの矢なんだよな?
その所作には、何というか一体感があった。
矢を射るまでの一連の動作に淀みがなく、美しささえもある。カザンは絶え間なく矢を射る。
本当にベテランなんだな。
段々、矢の強さが増してきた。まだ、痛みは無いが時間の問題だと直感する。
体感にして十分ほどだろうか、辺りに矢が散らばった頃、手を挙げて少しの痛みを申告したところで終わった。
「守、お前凄いな。俺の矢を受け続けてピンピンしてるとは。これだけ射れば初なら、ワイルドボアでも倒せるだろうよ」
「なっ!?」
今、なんて言った?魔物に向けるような攻撃を浴びせ続けてたのか?
カザンに抗議しようとしたところで、不安そうにしているアンナさんが現れた。どうしたんだろう?
「本当にやっていいのかい?」
「守のためだ! 大丈夫、俺が保証する」
「あんたがそこまで強く言うなら、何かしら理由があるってことさね。分かったよ」
アンナさんの心配を他所に安請け合いをするカザン。嫌な予感がする。
すると、アンナさんは目を閉じて、深呼吸をした。
次に目を開けたときには…。
「ファイヤーボールッ!」
拳大の火の玉がこちらに向かって飛んでくる。
待て待て!死ぬ!流石に死んでしまう!
予想もしてなかった展開に、回避が遅れ、直撃する。両手を突き出し、顔を守る。
ーーボウッ
茜…、まだ小さなお前を残して、この世をさるパパを許しておくれ。
恨むなら、そこのイケおじを恨むんだよ、と。
あれ、そんなに熱くないぞ。もわっとするくらいだ。
炎の中に佇む姿は、人間離れしていることだろう。
これが、俺のタレントか…。
凄いじゃないか。
「おし、生きてるな! よかった!」
カザンとアンナさんが駆け寄ってくる。
カザンがホッとしていたのは気のせいか。
自信あったんじゃなかったのかよ!
アンナさんは、火魔法のタレント持ちで、さっきの魔法はかなり手加減してくれたらしい。
これからアンナさんだけは怒らせないようにしようと、心のメモに記録した。
本来なら魔物相手に放つ魔法だったらしく、カザンから頼まれた時は半信半疑だったそうだ。
「これで、だいたい分かった。
守のタレントは防御特化でまず間違いない!攻撃面は全然ダメだけどな」
カザンの言葉に少し落胆する。
防御特化って、地味だな。
もっとこうズバーンと、かっこよく魔物を倒す能力がよかったな。
「何言ってんだ、最高の結果だろう。 いいか、攻撃面は後から鍛えればいい。
防御技術ってのは、習熟まで時間がかかる。
狩人は生き残ってなんぼの世界だ。死ににくいってのは、それだけで貴重な才能なんだよ」
カザンが熱く語っている。
昔の出来事を思い浮かべながら話しているようだ。
そういえば、狩人には前任者がいたはずだ。
事情があって、急に辞めたと言っていたが、今は何をしているんだろう。
その人にも訓練に参加してもらえれば効率が上がるんじゃないか?カザンに提案してみる。
「前任者か、あいつは、死んだ。 責任感のあるいい狩人だった。
片目に傷がある『ビッグベア』という森の深部にいる魔物だった。 俺と二人がかりで、なんとか撃退したが、その時に負った傷が悪化してなぁ。
マリアの旦那だった人だ」
衝撃だった。
だから昨日、違和感があったのか。
マリアさんも、大事な人を亡くしていたとは…。
出来ることは協力しよう。
願わくば、どうか時間が彼女を癒してくれますように。
※
「ふえええ、ふえええ」
「おー、よしよし…」
その日の深夜、急に茜が泣き出した。
オムツは交換したばかりだし、母乳も寝る前に貰ったばかりだ。
泣き方がいつもと違うことが気になる。
抱っこしてゆらゆら揺らしたりしたが、全然泣き止まない。
「ぶうええぇぇぇ!!あ"おーん!!」
泣き声が力強くなってきた。本気泣きだ。
茜の顔が紫色になって、痙攣し始める。
「あ、あかね!? 大丈夫!?」
「ワンワン!!」
ウルフが吠える。
分かってる!!でも、どうすればいいんだ!?
救急車?119番!?スマホは…!?
何やってんだ、落ち着け。
とにかく助けを呼ぼう!!
茜を抱いて、気が動転しながらも、マリアさんの家の扉を乱暴に叩く。今は一分一秒すらおしい。
「マリアさん!助けてください!
茜が…茜が、大変なんです!!」
寝巻き姿のマリアさんは、俺の取り乱した様子を見るとすぐに家の中へ招き入れてくれた。
ベッドの上に寝かせて、茜を見てもらう。
「魔素の中毒症状が出ているわ。
守さん、茜ちゃんに『ヒマカの実』は飲ませた?」
マリアさんは落ち着いた様子で、茜をひと目見て原因を突き止めた。
「ヒマカの実…? 飲ませてません。それは何ですか? 助かるんですか?!」
「ヒマカの実を知らないの!?
そうだわ、守さん達は魔の森で暮らしてたのよね? あそこは魔素が濃いから、普通よりも進行が速いんだわ。 アンナさん達もまだ先だと思って、伝えてなかったのね…。すぐに準備するわ」
マリアさんは一人納得すると、棚の奥から大事そうに薬箱を取り出した。
その中からクルミのような実を、すり鉢で手早く粉状にすり潰す。
それを水に溶かして、茜に飲ませてくれた。ギャン泣きの時に飲ませたら、気管に入って危ないが、今は緊急事態だ。茜は少量口に含むと、泣き声が少し収まった。
「これでもう大丈夫。 ヒマカの実は、どのお家にも常備して置くものなのよ」
優しく諭すように教えてくれるマリアさん。
俺、何も知らなかった。
暫くして、茜が泣き止む。
顔色も良くなってきた。よかった…。本当に、よかった。
俺は改めて異世界の怖さを思い知った。
知らないだけで、生死に関わる。
これまでの常識は通用しないんだ。
医者が居ない世界、医療が未発達の世界。些細なケガが命に関わる危険な世界。日本での感覚は捨てよう。
今回は助かったが、次は助かるとは限らない。
この事件をきっかけに、守は貪欲に異世界の生活様式を学んでいくことになる。
文字通り寝るまま惜しんで勉強した。
その結果、守は驚異的な速さで、この世界に馴染んでいった。
異世界日記 17日目
自分のタレントが分かった、防御特化のいい才能だった。
アンナさんは怒らせないようにしよう。
夜、茜が危機に直面した。マリアさんのおかけで助かった。目が覚めた、本気で勉強しよう。この世界のことを。