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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第二章 魔王対決編
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88話 沼地ノ戦イ5


 中心には、最後の首になったヒュドラ。三方向から慎重に包囲網を崩さないよう狭めていく。”同調”により僕達の連携は完璧だ、と言いたいところだけど、どうしても茜が突出してしまう。


(茜!出過ぎだぞ!追い詰められた敵ほど油断したらダメなんだ)


 窮鼠猫を噛む、終わり良ければ全てよし。日本の格言が頭をよぎる。後者のは少し違うかもしれないけれど、最後こそ慎重になるべきだと僕も思う。それに何となく、最後の隠し球を持っていそうな雰囲気があるんだよなぁ。


(はいはい、分かってるよ。最後のトドメはあたしにやらせてよね!?)


(そんなの任せるから、もう少し下がって)


(やった! 誰にも譲らないからね)


 茜には、変なこだわりがあるらしい。僕もシモンも興味はないから、どーぞどーぞ状態だ。


 包囲網は狭まる。ヒュドラは酷く警戒している。

 後は、僕の合図を待つのみ。

 一瞬の静寂。


(いくぞッ!)


 僕と茜は左右から同時に斬りかかる。シモンはサポート。何かあった時のための遊撃要員だ。


(入るッ!)


「もらった!! ーー何ッ!?」


 最後の首を刃が捉えた瞬間、視界の端で何かが動いた。それは首の間に割って入って…その身に受ける。


「頭がないのに、動いてる…」


 茜は思わず声に出す。

 それは、先ほど苦労して頭を落とした文字通り"ヒュドラの首"だった。この時は状況を飲み込むのに精一杯で、考察まで頭が回らなかったが、後々考えてみると、ヒュドラは複数の脳を持っていたと推測される。

 九つの首、それぞれが脳を持ち、真ん中の首がその取りまとめのような役割を持っていたのではないか。一つの体に九つの頭。その不完全な生き物は、司令塔が一つになったことで獣、本来の動きを取り戻す。単純に、速さのキレが増したのだ。

 その巨体から想像出来ない速さ。速さとは即ち、攻撃力に直結する。速さに乗った一つ一つの攻撃は、慣性に従い、その強さを無慈悲にも僕達に伝えた。余すところなく。


(茜ッ!?)


 まずは最も接近していた茜が吹き飛ばされた。先ほどの僕と同じように湿地帯を転がる。見ただけで分かる大怪我だ。早く治療しないと。ただ、次の標的は僕らしい。ヒュドラが振り向く。


 ヒュンヒュンと風を切る音。頭のない首を手足のように自由自在に操る。まるで二刀流の剣士だ。二刀どころではない八刀流だけど。


(シモン!援護を頼む!)


(ま、かせろ。グフッ、後ろは振り向くなよ)


 背後から赤、青、緑の魔法が放たれた。

 その隙に身を屈め、足を曲げ、一気に加速する。シモンに託されたのだ、やり遂げたのだ。シモンに出来るなら、僕にだって出来るはずだ。


「ーー風魔法『身体強化(フィジカルバースト)』」


 急加速。体中の筋肉が等しく悲鳴を上げる。魔物の体を借りて、この負荷。シモンはこれを使いこなしていたのか。涼しい顔をして。やっぱり凄い男だよ、シモンは。


 急制動でめちゃくちゃな動きをしながら、ヒュドラを翻弄する。体が軋む音を立てるが、無視する。ふと、背後が視界に入った。シモンが突っ伏している。毒が回ったのか、限界が来ていたようだ。人の体でよく踏ん張った。僕は魔物の体だから、まだ猶予はありそうだけど、もうすぐ倒れる予感がする。残された時間は少ない。速くヒュドラを倒さないと…。


(しまった!)


 足の踏ん張りが効かず、体勢が崩れる。ヒュドラは、その隙を見逃してくれるほどのお人好しではなかった。鞭のようにしなった首により、上空に打ち上げれる。


(ここで、終わり、なのか?)


 空中。夕陽が目に入る。


(もうこんなに時間が経っていたのか。お昼ご飯も食べないなぁ。ああ、それにしても綺麗な夕陽だ)


 地平線のように広がる湿地帯に、太陽が沈む。茜色の夕陽が空を徐々に染め上げていた。周りの景色がゆっくりと流れる。


 上昇から落下に切り替わるその瞬間、うっすらと、それでも確かに聞こえた。


 狼の遠吠え、を。


 ヒュドラは固まる。首一つ動かせないように見える。僕は首の付け根あたりに着地、剣を思いっきり突き立てた。


「ギャアアアアアアアアア」


(茜ッ! 止めは僕が貰って、いいのか!? 茜!!起きろ!)



(…あたし、だって、言ったでしょ!!)


(茜!!)


 蛇から獣に、その姿を変えた茜は夕陽を背負い、ひた走る。低く、鋭く、ただ速く。

 途中シモンの剣を拾い、両手に剣を構えたままどんどん加速する。

 茜の接近に反応したヒュドラは首達を動員して迎撃の姿勢を見せるが、首達の動きは鈍い。もしかして、全くの偶然だったけど、この剣の下を神経のようなものが通ってるのかな?


「ハアアアアアァァァ」


 気合いの掛け声。両手を物凄い速さで動かし、首を輪切りにしていく。


(ダメだ! 火魔法を付与しないと、すぐに回復する!)


 ん?よく見ると、茜の持つ剣が赤く発光している。火魔法だ。いつの間に…?

 ハッと、シモンをみると親指を立てたまま気絶していた。流石だ、すれ違い様のあの一瞬で、二つの剣に火魔法を付与したのだ。本当に最後の力を振り絞って。


「いっけええええええ!!」


 拳を空に突き出す。


 剣を振り、踊るように軽やかに、天へと登る。その姿は、まるで天女のように美しく、龍のように恐ろしく僕の目に映った。巨体は巨大な音を立てて、湿地帯に降り注ぎ、その後には沈黙が訪れた。


 夕陽は沈み、夜の帳が降りる。

 僕達は勝ったのだ。


「茜ッ!! 勝った!!生き残ったぞ!」


 僕はすぐに茜の元に駆け寄り、抱き上げた。


「…アサヒ、うるさい…、痛い…。あと、あたしを、ヒュドラの近くへ。もう、歩けないや。えへへ」


「ご、ごめん!分かった、ちょっと待って」


 茜に肩を貸し、ヒュドラの亡骸の近くへと歩く。すると、ヒュドラから淡い光が茜へと吸い込まれていく。


「きた。漲ってきた!! よーし、全快だー!」


 先ほどまで瀕死の状態が嘘のように、ぴょんぴょん飛び跳ねている。敵を倒すと、回復するの?何そのチート能力。本当は茜が勇者なんじゃないの?やさぐれ思考に陥ってしまう。気持ちが落ち着いて来たら、毒が回って来た。アドレナリンが切れたかな。あ、倒れそう。


 僕がフラフラしていると、思い出したかのように茜がやってきて、僕の頭に手をかざす。


「ほい、ヒュドラの毒は治したよ。ヒュドラの力を取れてよかったね!」


 何事もなかったかのように振る舞う。死闘を演じたばかりなのに、肝が座ってる。大物の器だ。間違いなく、僕よりも大きい。


 そのあと、シモンを解毒する。ただシモンは毒が抜けても、立ち上がれなかった。体力的にも限界を迎えていたらしい。今は、茜に背負われている。


(あれ、血の匂い…?いや、気のせいかな)


 茜の後ろを歩いていた僕はふと振り返る。誰も居ない。ヒュドラの亡骸だけが薄く、赤く染まっていた。この時はヒュドラに勝った衝撃で、空中で聞こえた狼の声も頭から抜け落ちていた。


 僕らは、村への帰路に着く。











 暗闇の中、湿地帯の中で一人呟く男。黒いスーツ、黒ネクタイを着けた青白い顔。


「今回は、災難でしたねぇ?」


ーーおや?クロノさんですか?


 青白い顔の男ークロノの隣に、何もない空間から白衣の男ーリヒトが現れた。泥で白衣の裾が汚れている。


「全く想定外ですよ。おかげで、被験体93(ヒュドラ)を失ってしまいました」


「おや、それは災難でしたね」


 クロノは(ねぎら)いの言葉をかける。


「ただ、良質な実戦データは取れました。まだまだ改良の余地があったので、いい機会でしたね。それよりも、あの勇者は素晴らしい。研究のしがいがありますよ…」


「勇者には、手を出しては、いけませんよ?」


 リヒトの発言を遮るように、語気を強める。周囲の温度が下がる。


「わ、分かってますよ。クロノさんには感謝してます。いくら合理的とはいえ、恩に報いるだけの良心は持ち合わせていますから」


 焦ってその場を取り繕うリヒト。アサヒ達の前では見せなかった姿。


「ただの確認ですよ?そんなに焦らずとも。私はあなたの協力者ですから。 新しい研究室にご案内しましょう。おもちゃも用意してありますよ」


「それはありがたい。このだたっ広い湿地帯にはウンザリしていたところです」


「それでは、行きましょう。決して私は裏切りませんよ…あなたに利用価値があるうちは」


 最後の言葉は誰に向けたものではない、独り言だろう。二人が去った後には、湿地帯の淀んだ空気だけが漂っていた。


やっと、倒せました。もうどんだけ戦ったんだよって感じですが、お付き合い頂いてありがとうございます。倒してくれてホッとしてます。


行き当たりばったりで、今後も進んでいきます。頑張ります。

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