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異世界育児  作者: 葉山 友貴
第二章 魔王対決編
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87話 沼地ノ戦イ4

 ラミアに変化した茜は湿地帯をスルスルと器用に移動する。しかし、先ほどまでのキレはない。口では威勢よく言ったものの体の不調は確かなようだ。それは同調を通しても伝わってくる。


(本当に優秀な能力だ)


(何が?)


(何でもないよ)


 体の状態まで伝わる、一方で、思ったことが全部伝わってしまうのは難点だ。僕がまだ使いこなしていないってのもあると思うけど。


 僕はウルフ形態だ。細長い足では湿地帯には不向きだ。面積の小さい足は一歩歩くたびに沈んでしまい、足を取られる。だから、リザードマンの足を拝借させてもらった。村での一件で、部分変化はお手の物だ。水かき付きの足なら、この湿地帯でも自由に動くことができる。


 残るは真ん中首だけだ。口から毒のブレスを吐き出される。毒は確かに厄介だが、注意していれば食らうことはない。

 的を絞らせないように、茜と左右に分かれて、ヒュドラに肉薄する。


 茜には予備の剣を預けてある。タイミングを合わせて、同時に切りかかった。


ーーガギンッ


 牙で受けられた。

 当然そんなことをしたら、ヒュドラとてただでは済まない。鋭い剣先はヌルヌルとした牙の表面を滑り、ヒュドラの顔面まで迫る。


「アサヒッ!離れろ!」


「ーッツ!?」


 ギリギリで、茜の声に反応できた。間一髪のところで飛び退く。


ーーシュウウウ


 周囲に煙が立ち込める。顔を覗かせたのは、先ほど首を跳ねたはずのヒュドラ達。


「な!?」


 想定外の出来事に体が硬直。その瞬間を狙われた。


「グフッ、ハッ」


 鞭のようにしなった首の一つに吹き飛ばされた。サッカーボールのように湿地を転がり、顔を突っ伏すようにして止まる。

 天地がひっくり返り、自分の位置を見失う。茜は?みんなはどうなった?同調からは、混乱していて正常な判断が出来ない。


(みんな無事か!?)


 痛みとグルグル回る視界に顔を歪めながら問いかける。


(ぐ、いてえ。あたしは無事、といはいかないけど、生きてるよ。ホークのおかげ)


(俺は外から見ていたから分かる…)


 シモンの話では、苦労して倒した首が一斉に復活。俺は茜に突き飛ばされ、直撃は避けられた。茜はホークに庇われて二人同時に吹き飛んだらしい。


(ホーク!大丈夫か?!)


(ピイ…)


 ホークは、一命をとりとめた。ただし、暫くは動けそうにない。敵は首を跳ねても復元してしまうほどの回復力を持ち、強力な毒を併せ持つ、万事休すとはこのことだ。


 チラチラと退路を模索していると、同調を使ってもいないのに、こちらの心を読んだかのように、リヒトが声を上げる。


「逃がさないよ?」


 ヒュドラがその巨体とは考えられないほどの素早さで、初めて攻めてくる。ここで決めきる気だろう。


(ホークを安全な場所に避難させて、茜は守りを固めながらゆっくり退却。隙を見て逃げるぞ!)


(ホークは分かった。ただ逃げるのは嫌!)


(茜、今回は勝てない。アサヒに従うんだ)


(絶対に嫌!ここで逃げたら強くなれないよ!)


(茜!!)


 茜とシモンが言い合っている。


(シモン、ちょっと待て)


 何か引っかかる。どうしてここで、攻めてきた?確かにチャンスだ。ただ僕の目には、焦ってるようにも見える。もう少しで違和感の正体にたどり着きそうなのに、時間がない。


(茜、シモン!時間を稼いでくれ!もう少しで何か閃きそうなんだ!)


(さすが、アサヒッ!)(やり合うのかよ…)


 シモンは剣に魔法を纏わせ、魔法剣士のような立ち振る舞い。僕の勇者の能力と合わさることでシモンの能力は開花した。『器用貧乏(ジャック・オブ・オール)』。元々は広く浅く発揮する能力だった。魔法は三種類ー火、風、水を行使し、ある程度は近接戦闘もこなす。破格な能力だが、一つ一つは弱く、とても実践で使えるレベルではなかったそうだ。しかし、幼い頃から茜に無理やり鍛えられ、対応力で多面的な戦いを可能にした。本人は自覚があまりなく、自信がないようだけど。それが、僕の能力で全体的に底上げされた。すると、どうだろう。魔法士並の魔法を三種類も使い、近衛兵と見間違うほどの剣を使う凄腕の魔法剣士となった。シモンがいれば、暫く持ちこたえるだろう。


 目を瞑り、情報を整理する。これまでの戦闘を振り返る。不死身に近い回復力も持つならば、そもそも攻撃を避ける必要はない。風魔法は受けていた。それなのに、火魔法は防いだり、避けてなかったか…?水魔法は試していないから分からないが、火に弱い可能性はある。


 元の世界でヒュドラの神話がある。なんの偶然かは分からないが、神話の中では不死身のヒュドラに対し、首を跳ねた切り口を焼いて復活を防いだという逸話があったはずだ。


(シモン、ヒュドラに火魔法を使ってくれないか?)


(いいけど、すぐ回復するんだろ?意味あるのか?)


(ちょっと確認したいことがあってね)


(分かったよ、この攻撃を掻い潜って当てるの大変なんだけどなッ!)


 シモンは器用にヒュドラの攻撃を捌きながら、同調で会話していた。風魔法で一気に加速すると、ヒュドラを追い越し、背後から火魔法を纏わせた剣で首を傷つけた。切断するまで深く踏みこむと、戻りが遅れてしまう。安全なマージンを残しつつシモンは完璧に遂行した。茜の言う通り、やる時はやる男だった。


(…よし。回復しない!)


 これも罠の可能性が無い訳ではないが、まで手がかりがなかった中での一筋の光明だ。

ここで賭けなければ勝ち筋はない。


(シモン、僕と茜の剣にも火魔法を…クソッ!)


 突然、ヒュドラが突っ込んできた。それもシモンと僕らとの間に割り込むように。これでは剣に魔法を付与できない。真ん中の首を除く八つの首から猛攻を受ける。防戦一方になってしまう。


『毒霧』


 茜の口から紫の煙が吐き出される。それは霧のように周囲を埋め尽くす。視界を遮られてしまうが、僕は同調の効果で二人の位置が分かる。


(これ毒だから、吸わないように)


(そういうのは、やる前に言って、くれッ)


 少し吸い込んでしまった。肺が焼けるようだ。


(みんな、どこだ?!)


 シモンは孤立する。茜も視界に頼らずに位置がわかるようだ。シモンに近づいている。僕も急いで向かう。


(隣にいるぞ)


(うわっ、ビックリした! 危うく声を出すところだったぞ…。火魔法を付与する。剣を出してくれ。俺は見えないから、手に触れるように)


 シモンは両手で僕と茜の剣に火魔法を同時に付与する。相変わらず器用だな。


 音も無く、僕らは首を狩る。背後から次々と首を落としていくと、ヒュドラは動揺して動きが散漫になっていく。僕は同調により二人の位置は分かるが、ヒュドラの位置は分からない。シモンについては、紫の霧しか見えない。茜の指示に従い、言われたとおりに全力で剣を振るうのみ。指示が大雑把で適当だったことはご愛敬だ。


「…ゼェ、ゼェ」


 毒霧を吸い込んでしまった。無呼吸でいつまでも動けない。なるべく最小限の動きで剣を振っていたが、限界が来てしまった。シモンも同様に、気づけば膝をついている。


(うぐっ、喉が…)


(大丈夫!?あいつを倒したら、ちゃんと解毒するから!)


(良かった。解毒できるのか…)


(当たり前でしょ?あたしをなんだと思ってるの。とにかく解除するわね)


『解除』


 一気に霧が晴れた。空気が美味しい。まさか味方の攻撃で死にかけるとは思わなかった。


 息を吹き返したのは僕らだけではない。ヒュドラは先ほどまでの制御された動きからは、かけ離れた野生的な、本能に身を任せたような動きに変わった。それに虎視眈々とこちらを観察する不気味さはない。破壊と血を求める魔物らしい行動をとる。理由までは分からないが、正直こちらの方がやり易い。


 残る首は四つ。

 その内一つが、獲物に飛びかかる蛇のように一直線に僕に襲いかかってきた。直線的な攻撃は避け易い、回転して躱す。そのまま遠心力を利用し、首を切りつける。重心を乗せた一撃だったが、片手では切り落とすに力が足りない。首が戻る前に、踏み込んで上段から両手で剣を振る。しっかりと重心を乗せた一撃。背後に首が落ちる音を拾う。まだ振り向かない。目の前の敵に隙を見せたら、次の瞬間、首が落ちるのは自分かもしれないのだ。


 茜は蛇のような体を使って、大木のように太いヒュドラの首を締め上げている。とんでもないな。張り切って毒が回らなければいいけど。シモンは風魔法で身体能力を底上げして戦ってるな。でないと、あの速さは説明できない。


(あっ!シモンが食われた!)


 と思ったら、水魔法で作った分身だった!芸がこまかい…。あ、チラチラこっちを見てる。しょうがない、反応してやるか。


(シモン、すごいな。魔法を使いこなしてる)


(アサヒ、見てたのか?まぁね)


 白々しい返事が返ってきた。

 そうこうしているうちに、シモンと茜は、それぞれ一つの首を倒していた。残りは真ん中の首、一つ。


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