85話 沼地ノ戦イ2
翌日、早朝。
「おはよう。珍しく茜が早起きしてる」
既にストレッチしている茜がいた。いつもなら最後に起きて、寝起きは悪いはずなのに。
「あたしだって、やる時はやるんだ。シモンを起こしてご飯を食べたら、出発だよ」
「ふあぁぁぁ…おはよう。みんな、早いね」
最後にシモンが起きてきた。この状況で熟睡出来るなんてある意味、肝が座っている。僕なんか夜中に何度も目が覚めてしまった。
携帯食料による簡単な朝食を済ませ、僕らは出発した。
洞窟の入口から外の様子を窺っていると、音もなく茜の肩に着地した。ホークだ。一晩中見張っていたのかな?頭を擦り付けている、いつまで待っても中々出てこないから寂しかったんだろう。この霧の中、よく見つけられたものだ。鷹の目がいいのは、間違いない。
「…こら、ホーク!大人しくしろッ」
声を潜めながら、ホークに注意する。なるべくならギリギリまで見つからないようにしたい。茜がホークに作戦を伝えている。時よりホークは首を傾げている。ちゃんと伝わっているかは疑問だけど、予備的な立ち位置だし、まぁいいか。
「今のうちに、ホークもパーティに入れておこう」
『パーティに入る?』
「ピィ!」
シュバっと敬礼するようなポーズを取った。その後、茜の肩の上に乗る。そこが定位置みたいだ。
「…待ちくたびれたよ。まさか、一晩出てこないとはね」
霧の中、慎重に進むと突然、目の前にリヒトが現れた。
相変わらずの神出鬼没。
「すぐに出てこいとは言われてないし、ゆっくり休ませてもらったよ」
「まぁいいよ。日本にいた頃は、研究に没頭するあまひ徹夜なんて当たり前だったからなんともない。これからのデータのことを考えたら、、ゾクゾクする!」
急に光悦とした表情を浮かべる。マッドサイエンティストとはこういう人を言うのだろう。
「さぁ、見たまえ」
霧のせいでよく見えないが、リヒトはグングンと地面から離れていく。
ーーバオオォォォォン
轟音と共に霧が晴れていく。現れたのは、九つの鎌首を持つ巨大なドラゴン。そして、中央にある首の頭上にはリヒトが立つ。僕らを見下ろすその顔はニヤニヤと気色悪い笑みが張り付いている。十数メートルはあるその巨体。大木ほどの太さはありそうな九つの首には、あの首輪が嵌められていた。漆黒の魔石が妖しく煌めく。今まで見たものの中でも巨大な魔石だ。
「ーー沼地の支配者ヒュドラ」
シモンは呟いた。
「これ逃げれるのかな?」
足場の悪い沼地。霧は晴れて遮蔽物は少ない。おまけに巨大な化物ドラゴン。逃げるには、悪条件ばかりが揃っていた。
「さすが、リヒト様〜!」「やっちまってくだせい!」
どこからともなく湧いてきたチンピラ盗賊達だが、次の瞬間、
「やれ」
ーーブオオオオォォォ
一つの首が持ち上がったかと思うと、盗賊に向かって紫のブレスを吐き出した。
「ぎゃあああ!!話が違う」
「おえええ!く、苦しい…!」
「君たちはこれまで役に立ってくれたよ。出来の悪い駒としてね。でもこの"服従の首輪"が完成したから、もう用済み。出来の悪い手駒は処分しないと、自分の首を締めるからね」
ブレスが収まると、ドロドロに溶けた人間だった物が残されていた。紫の霧が不気味にゆらゆらと漂っている。
「毒だ!吸い込むな!」
茜はいち早く察知し、僕たちは風上へと退避した。
「なんで奴だ。人を物としか見ていない」
茜の手に力が入る。ここからは僕の出番だ。
「僕が指揮をとる。茜は目の前だけに集中して。他のことは全部任せて欲しい。絶対にあいつを倒そう。
発現ーーウルフ」
「ーー同調。クッ、物凄い情報量だ」
茜、シモン、ホークの思考や体調など膨大な量のデータが一気に頭に流れ込んできた。頭が痛い。同調って、意思疎通するだけではないのか。その人の能力や体調まで分かるとは。情報に集中せずに漠然と全体を捉えるようにしたら、少しはマシになった。パソコンのバックグラウンドで、プログラムを実行するイメージだ。必要な時、見たい情報に意識を集中させるといい感じだ。
そういえばシモンはどんな能力を持っているんだろう。小さい頃から茜に付き合っているんだから、それなりだも思うんだが…。
「なんじゃこりゃあ!?」
「うおっ!アサヒ、どうした?」
思わず変な声を出してしまった。
「シモン、君の能力なんだけど」
「ついにバレたか。ハハ、使えないだろ?俺に出来ることなんて、せいぜい陽動くらいしか」
「何を言ってるんだ。強力な能力だろう?」
「ウソをつくな。俺の『器用貧乏』は、使えないんだよ」
ああ、そうか。分かった。シモンが無気力になった理由も、全部。
期待することを諦めたんだ。自分自身に裏切られてばかりだから、自分を守るために欲を捨てたんだ。でも、それって悲しい。もっと傲慢でいいんだ。わがままでもいいんだ。
「シモン。僕が輝かせてあげるよ」




