82話 追跡
「ぷっはー!やっぱり暑い日はエールにかぎる!」
茜が真っ赤な飲み物を一気に飲み干した。ちょっと貰ってみたが、なかなか刺激的な味だった。イズミ村で作られた飲み物らしい。ちなみにお酒ではない。
ヤマトに集積した後、各方面へ運んでいるとのことだ。周辺の村にまで販路を伸ばしているとは、商売上手だな。
「グビッ、ふぅ〜」
シモンは慣れた様子で、お茶を飲んで一息ついている。
僕達はこの日、アルゴリス近くにある村へと寄っていた。村といっても思ったより発展している。村を訪れる人向けの食堂や店もある。昼前に到着してすぐに茜が食堂に直行したため、早めの昼食といったところだ。
食事を終え、情報収集と準備のために村を見て回る。
すると、すぐに感じる違和感。
村人達の顔が暗く、活気がない。しかも子供や若者、特に若い女性の数が圧倒的に少ない。昼は仕事があるのかもしれないが、すれ違う人は男性や年配の方ばかりだ。
「何か変だよね?」
「確かにみんな元気がないね。お腹が空いてるのかな!?」
茜は本気でそう思ってそうだ。
道具屋で必要なアイテムを物色しながら、そんな話をしていると、店の奥から何やら物騒な声が聞こえてきた。
「もう我慢ならん!! ワシは行くぞ!」
「あんたが行ったら、あの子の覚悟が無駄になっちまうよ! それに他の村の子達に何されるか分からないよ」
「ぐぬぬ、しかしな」
どうやら事件の匂いがする。勇者のトラブル巻き込まれ体質をここでも存分に発揮してやろう。
少し話を聞いてみようか。
「すみませーん!」
声をかけると、店の奥から老夫婦が現れた。夫の見た目は年老いたと言えど、がっしりした体格で他の村人にはない活力を感じる。額に刻まれた皺は苦労を乗り越えたような歴史を連想させられる。いかにも職人気質といった雰囲気がある。
それに寄り添う妻は献身の態度だ。年相応だけど、昔は村一番の美人と呼ばれていたような面影がある。
「あらあら」
「おお、これは珍しい。客がおったか。欲しいものはあったか?」
「ええ、これをいただけますか?
それと、さっきの話、少し立ち聞きしてしまったんですが、何かあったんですか?
こう見えて僕らは魔王討伐に向けて旅をしている勇者一行です。何か力になれることがあれば言ってください」
携帯食料や水、ポーションに解毒薬などをカウンターに置きながら、尋ねてみた。どうせフラグが立つなら、自ら突っ込んでやろうではないか。ただ立ち入ったことであるから、怒られるかもしれないけどね。
「勇者、様…?
なんてことだ!今日ほど、神に感謝する日はない!」
「あなた!よかったわねぇ!!」
目の前で、感極まって泣き出す老夫婦。まだ解決できるって決まってないんだけど、言い出せない空気だ。
「娘とその子供が、人攫いに拐かされたんじゃ。他の村人達の若い子らも同じじゃ。それを人質にされて、食料から金目の物まで取られてしもうた。奴らは定期的にやって来て根こそぎ奪っていきやがる。
できた娘とかわいい孫なんじゃ、どうか頼む。この店にあるもんは何でも持っていってくれてかまわん。どうか…」
立派な体格のお爺さんが背中を丸めて小さくなって頭を下げた。
その光景は僕の心に込み上げるものがあった。許せない。心に火が灯る。
「アサヒ、あたし許せない」
いつも明るい茜だけど、表情がない。これは相当怒っている。今回は茜に完全に同意だ。
「分かってる。僕も怒ってる」
「まずは盗賊のアジトを突き止めるところからだな」
シモンもやる気だ。茜は守さんを亡くした過去からか、家族には機敏に反応する。それはこの短い旅で分かった。
シモンは、まだよく分からないが、彼なりの筋は通す人だと思う。自分の判断基準でぶれない心を持ってるような印象だ。
「明日の昼、ちょうど奴らが食料を調達にやってくる日じゃ。そこで上手く聞き出せれば…」
「たぶん、やってくるのは下っ端だよね。
それなら俺に任せて。アジトの場所を聞き出せないと大変だから、こっそり後をつけてみる」
「一人で大丈夫!?」
「シモンに任せておけば心配ないよ。普段はダルダルだけど、やる気を見せたときのシモンは凄いんだ」
「茜がそこまで言うなら。もし戦いになったり危ない目に合いそうだったら逃げていいんだからね」
「その辺は適当にやるよ」
シモンに任せることになった。茜はそう言ってるけど、大丈夫かな。少し心配だ。
「今日はうちに泊まってくといい。娘達が使ってた部屋が空いてるからの。あと店にある必要な物は遠慮なく持っていってくれ」
お言葉に甘えて、薬やロープなどを調達する。他に携帯食料など必要なものを揃えて、その日は、道具屋に泊まらせてもらった。
しかも、お爺さんが秘密裏に村のみんなに話を通してくれたようだ。たくさんお土産をいただいてしまった。失敗はできないな。
「ラドン様が来たぞ!貢物を持ってこい!」
翌日、いかにもチンピラ小物風な男達が団体でやってきた。全部で五人。見た感じこれなら僕一人でも何とかやれそうだ。
いけない。カタリナや茜と一緒にいると、思考が物騒になってくる。人の心だけは忘れないようにしよう。
「…持ってけ」
爺さんが村のみんなから集めた大切な食料を渡す。
「お、お前は道具屋のじじいか。 娘と孫は実に働き者だぞ? 色々とな、ワハハ!」
「貴様!!」
「なんだ俺様に歯向か…、ゴホッ!!」
「「ラドン様!」」
「フン!口ほどにもない」
なんとお爺さんが手を出してしまった。ラドンとやらチンピラの急所に重い一発。
ラドンは地面をのたうち回って未だ起き上がれない。
「ゲホッ、じじい! 覚悟は出来てんだろうな!?お前ら、やっちまえ!」
「フン!一人でも多く道連れにしてやるわい!」
作戦と違う!
いくらお爺さんといえど、五人相手に丸腰は分が悪い。
僕と茜はそれぞれ別の物陰から見守っていた。視野を広げるために、分散したのが仇になった。指示ができない。
そうだ!!この前、狼の魔物を倒して手に入れた"同調"の能力!今こそ使う時だ!って、どうやって使えばいいんだ…?
茜は突然の展開に戸惑いを隠せないでいた。僕に視線を向けている。
シモンは追跡するために村の出入口に張っているから、ここにはいない。僕が何とかするしかない。
そうしているうちに手下の一人がお爺さんに向けて、剣を振りかぶる。茜の距離からもう間に合わない。
「お爺さんは殺させない」
茜の能力は間近で見てきた。
試したことはないけど、原理は分かっている。ぶっつけ本番だ。
速さだ。
お爺さんまでの距離を一瞬で詰める速さが欲しい。
イメージはできた。後は実現するだけだ。
「発現ーモデル:ラビット」
魔素が足に集中する。
次に現れたのは、ウサギの足だった。
「よし!成功だ!
あぁ、まずい!早く行かなきゃ!」
お爺さんの背中に凶刃が迫る。正面のチンピラの相手をして気づいていない。
足に力を溜めて一気に解放。
風景が一瞬で切り替わる。
「今、何か通り過ぎなかったか?」
「うるせぇ、そんなことはどうでもいいだろ!目の前に集中しろ!このじじい案外やるぞ!」
「力を入れすぎて通り過ぎちゃった…」
茜を見ると、腹を抱えて爆笑していた。後で何を言われるやら。
気を取り直してもう一度だ。
いきなり身体能力が激変すると、加減が難しいな。茜は器用に使いこなしていた。天才肌ってヤツなんだろう。
「そーっと、力を入れて。今だ!」
再び跳躍。
今度はお爺さんの後ろのチンピラ目掛けて一直線。
「フギャ!」
断末魔を残してチンピラは吹き飛んだ。
すぐに飛んだから顔は見られてないと思う。
「なんだ!?急に吹っ飛んでいったぞ!」
「アガッ!」
もう一つ。
「なんだ!?」
「ゲブァ!」
残り二人。
ラドンとその手下は背中合わせでキョロキョロと辺りを警戒している。
「なんなんだよう…」
「ラドン様、一体何が起きてるんですかい!?」
「俺が知るか!帰ってボスに報告するぞ!」
「そ、それがいいですね、アギャ!」
ラドンが恐る恐る振り向くと、ついさっきまで背中を預けていた仲間はいない。気がつくと、一人になっていた。さっきまで戦っていたじじいもいつの間にかどこかへ行ってしまった。
「どうなってんだよぅ」
ーー帰れ
「ひっ!」
耳元で声が聞こえるが、振り向いても誰もいない。
ーー帰れッ
「ひいいいいい」
ーー待て。そこに伸びてる奴らを回収していけ
「わ、分かりましたあぁぁ!」
歩けそうな部下を叩き起こし、未だ気を失ってる部下を背負わせて、一目散に逃げ帰っていった。一時はどうなることかと思ったけど、ひとまず作戦は成功。これからはシモンの仕事だ。
「「「おおー!!」」」
隠れて見ていた村人達から歓声が上がった。
「勇者様、面目ねえ。ワシのせいで失敗するところだった。娘らのことで、頭に血が昇っちまって」
「結果オーライだから大丈夫ですよ」
「そうそう。アサヒの面白い失敗も見れたし。あたしは満足」
「だって、本当に難しいんだよ。自分の足が魔物の足に変わっちゃうんだから」
茜にからかわれて赤面してしまう。
「あたしだって、いきなり使うのはあんまりしないよ。ちゃんと練習してからだ。
アサヒは二回目からは使えてたから、才能あるよ」
からかわれたと思ったら褒められた。
正面から目を見て褒められる機会なんてないから、今度は別の意味で赤面してしまう。
「ありがとう。別の才能が欲しかったけどなぁ」
ひとまず後は、シモンの帰り待ちだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
書き溜めが無くなったので、これから不定期更新になります。
遅くて住みませんが、生暖かく見守って下さい。
宜しければ、お気に入り登録、☆評価をお願いします。
激しく励みになります。




