80話 一期一会
ーードラゴン
「ギャオオオオオォォォ!!」
まるで理性とは対称的にある暴力を具現化した姿だ。叫び声に身が竦む。
「かっこいい!私もめったに見れない茜の本気だ!やっちゃえー!」
審判は茜に夢中で、止める気はないらしい。
「何でもありか!まともにくらったら死ぬよね?確実に。避けることも出来ないし、困ったな」
さっき日記を読まなければよかった。守さんがどんな思いで茜を育てたか。そんな茜はまだ幼い頃に守さんを亡くして、行き場のない怒り、やりきれない思いを抱えている。拳を振り上げたまま振り下ろす先がないんだ。
だから、ここで僕が受け止めないといけない。
でも、どうやって?何かないか、必死にポーチを探る。
傷を治すポーション、買い直した魔素を回復するポーション。この状況を打開するとは思えない。
その時、何かが手に触れた。
偶然か、それとも必然か。
風の魔石。まだ加工前の原石だ。
普通ならこの状態では何も使えない。
でも、ゼフィール様は言っていた。この魔石は僕と一緒に成長する、と。
普通の魔石ではないはずだ。これに賭ける。
この時、勇者は知りもしなかったが、このアプローチは間違ってはいない。
魔石とは、力の塊である。それを取り出しやすいようにカットし、調整しながら研磨することで汎用性を持たせることが宝石職人の仕事だ。
極論から言ってしまえば、魔石の状態でも、魔法は発現する。
幾ばくも残されていない時間の中で、僕は願う。
どうか力を。
茜の想いを受け止めるだけの力が欲しい。
それに呼応するように、魔石は熱を持ち始めた。
ーーいいだろう、主よ。我は、主と共にある。
声が聞こえた気がした。まさかこの魔石が?
とにかく今は、目の前に集中だ。
体内に意識を没入させて、風魔法の感覚を思い出す。
敵を打ち破る力ではなく、受け止める力を願う。
茜は大きく地面を蹴り出すと同時に翼を広げ、地面すれすれを滑空するように飛んだ。かなりの速さだ。
単純に巨大な質量をぶつけただけでも物凄い破壊力を生み出すだろう。それに竜の怪力が加わる。想像を絶する威力になるだろう。
「茜、安心してぶつけて来い! 僕は逃げないぞ!」
「ギャオオオオ!!」
想いは言葉となり、言葉は力となって発現する。
何人も通さぬ、嵐の防壁を。
「風魔法『嵐の大楯』!」
目の前に突如現れた突風吹き荒れる嵐は、徐々に収束し、僕を覆い隠す大楯となった。
周囲への突風は弱まったにも関わらず、力の本流はそのままだ。それよりもさらに凝縮し、より強固な盾へとなっている。
次の瞬間、茜が大楯に激突する。
暴風の壁は竜の突撃から守ってくれた。
しかし、徐々に押されている。圧力が半端ない。風の大楯に魔素をどんどん吸い取られていく。少しでも気を抜いたら一気に押し込まれる。
「グ、ギギギ」
「ま、ける、かっ!」
押し返しては、押されを繰り返す。
一進一退の攻防は続く。
半刻が過ぎた。
もう魔素が底をつきそうだ。
茜は地に足をつけて突撃している。息が荒い。消耗してもう飛ぶ力も残ってはいないだろう。
もう少しだったのに、先に限界を迎えそうなのは僕だ。
頭が回らなくなってきた。魔素が足りない。このままだと風の洞窟の時みたいに、魔素が空っぽになって失神してしまう。
僕は、盾を構えた。
最後まで足掻いてやろうじゃないの。
ふと、親指に何か引っかかった。ボタンのような突起がある。
ーーおまけをつけといたからな。
スミスさんのしたり顔が頭に浮かんだ。
悔しいけど、これに賭けよう。
風魔法はまだ数秒は残っている。
チャンスは一度きり。
「今だ! 風魔法、解除!」
「ギャ?」
突然障害物が消え、茜は前のめりになりながら、たたらを踏む。
反撃だ。今度は僕から前へ出た。
「はああああぁぁぁ!!」
気合いのかけ声と共に盾のボタンを強く押しこんだ。
一瞬の静寂。
何も起きない。
「「…??」」
困惑して二人で首を傾げる。
「ギャオオオオオ!」
「スミスさんに騙された!?」
気を取り直して、再び茜が前進する。
盾を構えて、やけくそで迎え撃つ。
盾に触れたその時。
前方に指向性の大爆発。
「ギャオ!?」
「うわ!!」
爆風で茜の巨体が浮き上がった。
今がチャンスだ。
懐に潜り込む。
「風魔法『嵐の大楯』ッ!」
刹那、下から盾を展開。
残る魔素を全て注ぎ込み、押し返した。
茜は、ひっくり返った亀のようにお腹を見せている。
「あー!茜ー!」
「やった…。もう…ダメ」
音が遠のいていく。
審判の判定を聞き届ける前に僕は意識を手放した。
「ここは…?」
目を覚ますと知らない天井。
「起きた!」
起き上がると、茜がそばで看病してくれていたようだ。奥にニーナもいる。僕を見ると、急いで駆け寄ってきた。
「この勝負!引き分け!」
僕を指を刺してそう言い残すと、満足そうに帰っていった。ニーナも変わった人だ。
終始、茜贔屓の審判だった。
「あたしが気がついたら、勇者様は倒れてるし。ニーナ姉は、何も教えてくれないし。シモンは長いから途中で帰ったとか言うし。
どうなったの?」
「覚えてないの?!」
「あたし、あの姿になると記憶が無くなるんだよね! 今回はいけるかと思ったんだけど、またダメだったみたい! テヘッ」
悪びれる様子もなく、本人はそう言い切った。ちょっと失敗しちゃったくらいのノリだ。
「こっちは死にかけたよ!もう過ぎたことはいいや…。
それで旅は一緒に行ってくれるの?」
茜に付き合ってたら、ちょっとやそっとじゃ動じなくなりそうだ。シモンの苦労の歴史が目に浮かぶ。
「もちろん! 勇者様と戦って、なんかスッキリしたし!
そろそろ自分の人生は、自分で決めなきゃね!」
笑顔が眩しい。
なんだか腑にに落ちない気がするけど、仲間になってくれるのならよかった。結果よければ全てよしだ。
そうだ。僕はポーチから風の魔石を取り出した。僕の命の恩人ならぬ、恩石だ。
「茜と戦ってるときに、この魔石から声が聞こえた気がしたんだ」
「うわー、綺麗な魔石! しかもすごくおっきい!こんな凄いの、ネネのお店でも見たことないよ!」
茜がはしゃいでいる。魔石を覗くと、渦巻きが以前よりも速く、力強くなっているような気がした。
「そうと決まれば、村のみんなやマリアさんにお別れの挨拶しなきゃ!」
茜は急に立ち上がり、どこかへ走り去ってしまった。まさに嵐のような子だ。
それからの日々は、出発の準備に追われた。
残念なことに、フォルカスという強い魔族が住んでいたのだが、守さんの死後、魔王を追って一足先に旅立ったとのことだった。
この数日間で、茜と仲良くなった。
僕達は色んなことを話した。日本のこと、ヤマトのこと、僕の弟のこと、それから守さんのこと。僕も弟を失っていたから、茜の気持ちは痛いほど理解できた。
僕の場合は、亡骸が見つかってないから、諦めていないだけだ。
風の魔石の加工を忘れていた。
ヤマトに戻り、紹介された店を訪れた。今日は一人だ。ミハエルとカタリナは行きたい店があるらしく、それぞれで回っている。
「こんにちは〜」
「お前は、誰だニャ!?」
いきなり面食らった。猫耳の女性獣人だ。
「こら、ノノ!お客さんに向かってそれはないでしょ」
もう一人の猫耳獣人が奥から姿を現した。登場するやいなや拳骨をお見舞いしている。
「ふぎっ!げ、ネネ姉!
…ようこそ、いらっしゃいませニャ!」
何事もなかったかのように、接客が始まった。もうこのやり取りは何度もやってるのだろう、妙に手慣れたものだ。
気にしたら負けだ。
「この魔石を装備できるように加工して欲しいんです」
ゴトリと、カウンターに置いた。
その瞬間、一気に真剣な表情。職人の顔つきになった。
「こ、これをどこで手に入れたニャ!?」
「すごいわ。それにしても…あなた、守さんに雰囲気が似ているわね」
ノノとネネは魔石に見入っている。
「風の神様からいただきました。守さんと似ているのは、たぶん同郷だからだと思います。一応、勇者です」
もう自分から勇者と名乗ることに慣れてしまった。
「ゆ、勇者ニャ!? 少し、時間がかかるニャ。でも、やってやるニャ!」
「出来るんですか!?ありがとうございます」
「私を誰だと思ってるニャ!?大船に乗った気でいるニャ。三日後に取りに来いだニャ」
どこに出しても、悔しそうな顔で断られていたのに、引き受けてもらえた!
少し不安だけど、ネネさんが居れば大丈夫だろう、と漠然と感じた。
ほくほく顔のカタリナ、ミハエルと合流した後は、露店を冷やかして宿に帰った。二人とも目当ての物は買えたらしい。
カタリナは魔法剣、ミハエルは魔法盾だ。僕に同行するこの任務に報償金が出るようで、その前金を全部使ったようだ。あとでじっくり見させてもらおう。
こうして、僕達は準備を終え、出発の朝がやってきた。
魔石はちゃんと宝石になった。着けやすいようにブレスレットにしてくれた。くすんだ緑の宝石、よく見ると奥で竜巻が渦巻いているような錯覚に陥る。不思議な宝石だ。
これを目の下にクマを作ったノノから受け取った、感謝。不安に思ってごめんなさいと心の中で謝っておいた。
見送りには、大勢の人が集まっていた。茜が囲まれている。みんなに可愛がられていたんだな。
名残惜しいけど、カタリナとミハエルは、ここでお別れだ。元々、ヤマトまで僕を無事に送るまでが任務だ。短い付き合いだったけど、濃い時間を過ごせたと思う。寂しい気持ちが込み上げてくる、感傷に浸ってしまった。
「勇者様。短い間でしたが、ありがとうございました。王都に寄ったら、ぜひ訪ねてください」
「勇者様との冒険楽しかった!私に会いたくなったら、王都に来てね!」
二人は姿が見えなくなるまで、手を振っていた。出会いもあれば、別れもある。
「あの二人は好きだったわ」
「いい人達だったね」
「クエー!」
茜とシモンも好意的に思っていたようだ。そして、ドサクサに紛れて、茜のペットのホークも付いて来た。寂しがり屋で、離れると駄々をこねるらしい。仕方がないか。
それと、年も近いし、これから僕達の間では呼び捨てで呼び合うようにした。
「また会えるさ。さぁ、旅の始まりだ」




