79話 勧誘
玄関の扉が開く。
自然と目が合った。
赤髪の長髪、整った顔立ちに、引き締まった身体。しばらく見つめ合ったまま時が止まる。
残念なのは、そんな少女が訝しげに眉をひそめていた。
まずい、第一印象は最悪だ。
「おー、遅かったなー。勝手に上がってるぞー」
ベストタイミングで、奥からひょっこり顔を出したシモンが参戦してきた。危うく不審者として扱われるところだった。
「シモン!! 私の部屋に怪しい男がいる!」
言葉だけ聞けば逮捕だ。
「俺が連れてきたんだ。茜に話があるんだとよ」
「初めまして、そして驚かせてごめんなさい。
僕は神代 朝陽、勇者です。茜ちゃんと同じ日本からこの世界へ呼ばれました。
一緒に魔王を倒すために、仲間になってくれませんか?」
「え、日本!?確かに、黒髪…!
魔王を、倒す…? 魔王、父さんの仇…」
あまりの情報量に混乱しているようだ。
無理もない、ただ一人の肉親を失って同郷の者と初めて会ったんだ。しかも、今の生活を捨てて魔王を倒す旅に出るなんて、即決は出来ない。
「行きたい!!
けど、私はマモル村の狩人だから…でもな…」
「お姉ちゃんに任せなさい!!」
どこからか声が聞こえた。窓から顔だけがこちらを覗いている。
「ニーナ姉…!」
「狩人の心配ならお姉ちゃんが居れば大丈夫。この村分なら私一人で余裕だ」
顔しか見えないが、おそらく胸を張っているのだろう。
「分かった!ありがとう!!勇者様、魔王討伐をお受けします!
あと、シモンも連れて行こう。こいつはこう見えて色々と器用なんだ!」
「え!俺も!?
どうせ断れないんだろうな…分かったよ」
「やった!ありがとう!
シモンもありがとう、無理はしなくていいからね」
過酷な旅が予想される。こんなことは言いたくないけど、下手に戦力に差がある仲間を引き入れてしまったら、本末転倒だ。
茜ちゃんの実力はみんなのお墨付きだったけど、シモンの評判までは聞いてないぞ。
「もちろん、後ろの方に隠れてるよ」
本人が一番わかってるらしい。それでも着いてくるなんて、案外言動とは違い、根性があるのかな。
「でも、一つだけ条件。
勇者様にあたしが認める実力があるか、見極めさせて。
あたしは、魔王の強さをこの目で見た。あの魔王を倒す力があるのかこの体で感じたい。
ついでにあたしが勇者様の予想より弱かったら、この話はなかったことにしていいし!」
最後に茜はそう付け足した。
やっぱりここでも戦うのか!
マモル村の広場には人だかりが出来ていた。娯楽の少ない村暮らしでは一大イベントになるだろう。
「相手を殺したらダメよ。特に茜」
審判はニーナがやってくれるようだ。
「分かってるよ!でも普段、魔物が相手だから難しいな…」
剣呑な会話が聞こえてきた。生きて帰れるかな。
カタリナ、ミハエルとのパーティーは解除していないから能力はまだ使える。どうにかして茜に認めさせるんだ。
「クエー!」
「ホーク!」
ニーナからの開始の合図を待っていると、大きな鷲のような魔物が茜の腕に降り立った。羽を畳んでも大きい。全長は大人くらいあるんじゃないかな。
「ク、クエ?」
「心配しなくても大丈夫。ちょっと遊ぶだけだからね。ホークもみんなと一緒に見てて」
この魔物はどうやら茜のペットらしい。上目遣いで茜を心配する姿は見ててかわいい。
戦いで共闘されたらと、戦々恐々としたいたけど、どうやら一対一で戦うみたいだ。
「よーい、はじめ」
いきなり始まった。まだ心の準備が出来てないよ。
「じゃあ、あたしから行くよ。上手く受けてね。
発現ーモデル:ビックベア」
茜の四肢が体毛で覆われ、鋭い爪が生える。体を丸め、四足獣のように走る。
一気に加速し、迫ってくる。
「クッ! 速い!」
「いい反応だね!そうこなくっちゃ!」
初撃はなんとか回避できた。
熊のような手足を見て、そんなに速そうじゃないなと勝手に決めつけてしまった。
テレビのドキュメンタリー番組を思い出した。熊はああ見えて、人よりもずっと速い。トップスピードまでの加速度であればライオン並みだったはずだ。
爪を使った息もつかせぬ連撃。
ミハエルの分析学習が無ければ、思いっきりもらっていただろう。
段々と目が慣れてきた。
「いいね、いいね!楽しくなってきたよ!ギアを上げるよ!ついて来てね〜!
発現ーモデル:ラビット、ワイルドウルフ
うぐぐ、グルルル!」
様相がまた変わった。
今度は、足が細くしなやかに引き締まり、まるでウサギのようだ。顔つきは獰猛な狼だ。牙を剥き出しにして、唸り声をあげている。理性残ってるよね?
茜の能力が分かった気がする。魔物の特徴や体の一部を取り込んで自身の力とする。そういう能力だと思う。
普通に強すぎないか!?勇者の能力並みだ。いや一人で戦うとしたら、勇者よりも圧倒的に強い。
「理不尽な世の中は、異世界でも同じだね、全く」
愚痴を言っても始まらない。どうにかして認めさせないと。
僕の持ち合わせてる武器はそう多くはない。
「グルルル。この姿になると、速すぎて自分でも上手く制御できないから、鼻も使うんだ。気持ちが昂っていつもやりすぎちゃうのが難点なんだけど」
ニッコリと笑ったつもりなのかもしれないが、獲物を見つけた肉食獣にしか見えない。赤ずきんに出てくる狼がかわいく見えるくらいだ。
「せーの!」
次の瞬間、茜の姿が消えた。
悪寒を感じておもむろに盾をあげた。
次にやって来たのは、衝撃。
そして、僕は訳も分からないまま吹っ飛んだ。
こう何度も吹き飛ばされてると、さすがに慣れる。体勢を立て直し、地面を抉りながら止まる。
今何をされた?
盾で防御できたのは全くの偶然だ。
「初めて防がれた!」
ぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
ふと、道中で聞いた噂話を思い出した。
レストランで食事していると、酔っ払いの声が聞こえてきた。会話の内容から察するに、その者達は魔物を狩ることを生業する狩人の集まりだった。
ーー奴に気を付けろ。もし出会ったら全力で逃げろ。
ーー笑っているうちがチャンスだ。もし真剣な顔になったら、諦めろ。
ーー真っ赤なその姿。恐れを込めて俺達はこう呼ぶ。
『スカーレット』と。
お前ら、よく覚えとけよ。
その時は、凶暴で恐ろしい魔物だと思っていた。でも今なら分かる。繋がってしまった。
「…スカーレット」
思わず呟いた、呟いてしまった。
「誰から、聞いた…?
あたしはその呼び方が大嫌いなんだけど」
距離を取っているのに、僕の呟きはバッチリ聞こえていたらしい。茜の髪が逆立っているように見える。
真面目な顔になった。まずい、怒ってる。
また視認すらできない攻撃がやってくる。
こんなとき風の魔法が使えれば…。
待てよ。風魔法は体内の魔素を掌に集中させて放出していた。
そのやり方で、カタリナの能力を使えないかな?
茜の重心が前方に傾いてきた、あまり時間は残されていないようだけど、とりあえずやってみよう。
魔素を目に集中。
うぐぐ、よし、集まってきた。
この状態で、発動だ。
「身体強化ーポイント:目」
見える。周りの風景がスローモーションだ。
茜を捉えた。もう目の前まできてる。ゆっくりと進む世界で茜のだけは普通に動いている。
右腕を振り上げた。鋭い爪が来る。避けなきゃ。どうして?盾が上がらない。
そうか!身体も強化しないと動体視力についていかないんだ。
思考はそこで途切れた。
目を開けると、青空が広がっていた。一瞬気を失っていたらしい。
「もう終わり?勇者様」
「まだ、まだ、だ。もう、少しで掴めそう、なんだ」
お腹に痛みを感じながら起き上がる。急所は外してくれたらしい。優しいような、意地が悪いような。鈍痛は今も続いている。そんなに長くは持たない。
さっきの反省点は、目だけを強化したのがいけなかった。どんなにいい目を持っていても体がついていかなければ意味がない。
目は常時強化しておいて、動作に必要な体の一部を流動的に強化して戦うんだ。
再度、茜が迫る。
左側面からの攻撃は、角度をつけて盾でいなす。正面から受け止めたら力負けしそうだ。
受けた衝撃を利用して回転。
遠心力も乗っけて、鞘付き剣で叩いた。
「ッツ!」
茜の脇腹に当たった。目を見開いて驚きを隠せないでいる。反撃は予想外だったのだろう。
そこからは拮抗した剣戟と爪の応酬。
手数はあちらが上、一撃の重さもあちらに軍配が上がる。必死にカウンターを叩き込むので精一杯だ。
流麗とはいかない。大雑把な部分強化では消耗も大きい。しかし、何とかやれていた。
「勇者様、あたし楽しいよ!勇者様なら受け止めてくれるよね?」
「お手柔らかに、頼む、よ」
鋭い踏み込みと共にそんな言葉を交わす。
すると、茜は覚悟を決めた顔つきになり、後ろに飛んだ。
僕との間に距離ができる。何をやる気なんだろう。普通なら、次の行動を起こさせないように、追撃するべきなんだけど。
直感的に受け止めないといけないと感じた。
「ふぅぅ…。解除」
深く息を吐いた。
茜が元の姿に戻った。嵐の前の静けさのように、落ち着いて集中している。
「発現ーモデル:クロコリザード、ダイダリオン」
茜の瞳孔が縦に割れた。
体は鱗で覆われ、背中からは大きな翼が生える。四肢の爪は鋭さを増し、触れただけで怪我をしてしまいそうだ。
一度翼をはためかせば、生温い風がここまで届いた。
その姿を見た者は口を揃えてこう言うだろう。
ーードラゴン、と。




