76話 模擬戦
目の前では高速戦闘が繰り広げられていた。
カタリナは木剣を振り下ろすと、ヴォルガは余裕を持って回避する。
今度は、ヴォルガが三段蹴りを放つ。カタリナは地面を転がり、それを紙一重で躱す。
二人とも体捌きは一級品だ。余裕を持って対応している辺りは、ヴォルガが一枚上手だろうか。まるで軽業師のようで、野性的な動きだ。
次に、ヴォルガはかかと落としを繰り出した。それが防がれると、重心を乗せて空中で一回転。遠心力を乗せた両足かかと蹴り。
予想外の動きに、カタリナは思わず受けに回ってしまった。衝撃に体が沈む。
ヴォルガの追撃だ。正中線に足が伸びる。まともに入ると思った束の間、カタリナは防御を捨て、相打ち覚悟で渾身の突きを繰り出した。
互いの攻撃で、共に後方へと吹き飛ぶ。
「私としたことが、弱気になっていたぞ!ふはは!」
「楽しいねぇ!そうこなくっちゃ!あはは!」
二人の戦闘狂は楽しそうに笑い合っている。
正直に言うと、カタリナの防御はそこまで上手くはない。それなのに、なぜ訓練学校で右に出る者が居なかったのか。それは、『攻撃は最大の防御』を地で体現しているからだろう。
そこからカタリナの守りを捨てた攻撃により、ヴォルガに傾いていた戦況は拮抗するまでに戻したと思う。
「「おお〜!」」
「カタリナちゃん!頑張れー!」
「「姉御ー!!」」
気がつけば兵士の他にもギャラリーが集まっていた。カタリナの応援団もいた。可憐な見た目に騙されてるよ。
「冷たい飲み物はいらんかね〜、おいしい食べ物もあるよ〜」
「さぁ、賭けた、賭けた!手堅く行きたい人はヴォルガ、大穴はカタリナだー!」
移動販売に、何やら賭け事まで始まっている。賑やかになるわけだ。
「カタリナ!相手の動きをよく見るんだ!ゴクゴク、美味しいなこれ」
いつの間にか、ミハエルは飲み物と食べ物を両手に抱え、観戦モードに入っている。ここは野球場ですか。なんだか気が抜けちゃったな。僕も気楽に行こう。
少し目を離した隙に決着がついたみたいだ。結果は、ヴォルガの勝利。やはり現実は甘くない。
敗因はカタリナのスタミナ切れだろう。果敢に攻め続けてはいたものの、後半は動きに精彩を欠いていた。カタリナは奥の手を使ってないとはいえ、ヴォルガに至っては魔法や能力を使った形跡はない。カタリナの完敗だった。
「う〜、悔しい!!でも、楽しかった!強かった!またやりたい!」
「アタイもいい運動になったよ。最近の男どもは情けないことに訓練に付き合ってくれる奴が少なくてねぇ。また遊ぼうな」
最後は硬く握手をして終わった。いい感じで締まったし、もうやらなくていいんじゃないかな?
チラッと横を見ると、早く闘いたくてウズウズした猪の獣人がいた。図体は大きいがおもちゃを前にした子供のようだ。諦めて戦うしかないのか。
「第二ラウンド〜!
我らがボス、マントス〜!対するは、異世界からの訪問者、ゆ〜う〜しゃ〜!!」
「「おお〜!!」」
ボクシングの試合かよ!
さしずめ僕は挑戦者ってところか。
マントスと向かい合う。僕よりも頭二個分は大きいから、見上げる形だ。
マントスが大振りの拳を振るってきた。挨拶代わりの一発だろう。速さに慣れるまでは受けることもさえ危ない。一つでもミスれば、一発で終わってしまう。それだけの威力を感じた一撃だった。
最初から飛ばすよ。全部、丸裸にしてやる!
「出し惜しみはしないよ。
分析学習」
「ほう、雰囲気が変わったな。いい感じだぞ」
攻撃のクセ、タイミング、防御の仕方、全て余すところなく観させてもらう。
余裕を持って避けてるつもりでも、予想からさらに伸びてくる。紙一重での回避が何度かあった。冷や汗が頬を伝う。
しかも、徐々に速さを増しているような気がする。横から走る拳を頭を下げて避ける。次は、下からすくい上げるような掌底だ。後ろに一回転して回避。
その後も、避けて、避けて、避けまくった。
「がはは!逃げてばっかりじゃあ勝てねぇぞ!俺はなぁ、尻上がりだからよ!」
「余裕でっ、すね! そこです!」
後ろの回り込んで、首筋目掛けて一直線に木剣を突き出した。
「甘いわ! フン!」
次の瞬間、その丸太のような首に力を込めると、僕の突きが弾かれてしまった。そんなのアリ?
「やっと捕まえた、ぞ! ほれぇ!」
動揺した僕の首根っこを掴むと、一回転して放り投げられた。何度も地面を転がり、壁に叩きつけられて止まった。
立ち上がると、まだ視界がぐるぐる回っている。マントスが大股でこっちに歩いてきている。距離を開けないと。言うことを聞かない足を無理やり働かせて、何とか走った。
「おいおい、また鬼ごっこかよ。いい加減にしないと、力んで思わず大怪我させるぞ?」
冗談じゃないよ、本当に人かな?
魔物よりも強固な肉体をしていそうだ。
それと、回避に専念したことで分かったことがある。
力や頑強さは言うまでもなく、あちらの圧勝だけど、速さだけは僕に分がある。それなら、一つだけ試したいことがある。
目を瞑り、木剣を両手で持って前に出す。リラックス、あくまで自然体に。
体内の魔素を意識して、新たな能力を発動した。
「能力調整」
羽のように軽かった体に重みを感じる。カタリナの能力は、常時発動型の身体強化だ。全体的に身体能力を底上げする、地味だけど強力な能力だ。ただ、どうして一発の火力が欲しい場面がある。
だから今回、それをいじった。
「うおおおおお!!」
己を鼓舞するよう声を張り上げ、マントスに切り掛かった。
先までの違いに気付いたマントスは、この戦いで初めて防御に徹した。
反撃するために、左腕で受けている。その判断は悪くない。ただし、普通ならだ。
速さを捨て、防御も捨てた、攻撃力の一点特化。その尋常ならざる、強化幅を見誤ったのだ。
「おおおおおお!!」
「なに!? うが!」
防御された腕ごと振り抜いた。二メートルほどの巨体が宙を舞った。
何回転かしたのち、壁に激突して止まった。これだけ暴れても壁には傷一つ出来ていない。
マントスは大の字に手足を広げ、少しの間、仰向けに寝転がっていた。
「人間に吹っ飛ばされたのは、守以来だ…。
おい小僧!気に入ったぞ!名前は?」
そう言いながら何事もなかったかのように立ち上がる。どれだけ丈夫なんだ。
「神代 朝陽。勇者です」
「アサヒ…勇者? その不思議な響きは、守と同郷か?」
「はい、この町を見て確信しました。守さんは僕と同じ日本から来たと思います」
「ニホン!それだ!守から前に聞いたことがあるぞ! なんてことだ、これはめでたい。おい、今日は宴だ!」
マントスは興奮してヴォルガに話しかけている。
「アンタ!それを早くいいなよ!今日は飲むわよ〜」
話す間も無く模擬戦が始まったのは、あえて言わないでおこう。
「侵入者はどこだ!?」
突然、訓練場に犬耳を頭に乗せた女性獣人が入ってきた。
「ローズか! こいつらなんだけどよ、守と同じニホンから来たんだよ!
そんで、あれ…? お前らは何でヤマトに来たんだっけ?」
「魔王を倒すために、仲間を探しにきました!
やっと言えた…」
「「え!? 魔王…!」」
「魔王を倒す目的なら、ついて行きたい気持ちはあるけど…、町長に会いに行こう」
みんなはローズの意見に同意した。




