75話 ヤマト
「ここ町…なんだよね?」
僕は率直な疑問を口にした。
「はい…おそらく」
あの博識なミハエルでさえも自信がなさそうだ。
その町は外観から異質だった。町の外周は高い城壁に囲まれており、上空から見ればまるで鉛筆のような綺麗な六角形の形をしていた。これまで立ち寄った町でもここまでの城壁を建設しているところはなかった。王都に匹敵する堅牢さだ。
さらに城壁の上には、大砲のような兵器が見えた。迎撃能力という面では、下手したら王都よりも高いかもしれない。
城門を潜れば、これまでとは違った意味で圧倒された。
区画は均等に整理されており、中央の広場に向かって通りが伸びる。広場には大木が悠然と立ち、青々とした葉っぱ達が木陰を提供する。そこは町民の憩いの場となっていた。
どう見ても先に都市計画を立てて、その計画に沿って町が建設されたとしか思えない。
これまで見てきた町は、寄せ集まって出来たような作りばかりだった。
「この町を設計したのは、たぶん僕と同じ世界から来た人だと思う。これまで見てきたどの町よりも機能的だし、どこかで見たことがあるんだ。歴史の教科書だったかな…?もし守さんだったら、なんて多才な人だろう」
「私も同意します。この作りは考えつかないですね…」
広場へ繋がる通りの一つを歩きながら、僕とミハエルは率直な感想を言い合っていた。カタリナは辺りをキョロキョロとしながら後を着いてきている。時より立ち止まり、珍しそうに眺めた後、置いてかれまいと走って追いつくを繰り返していた。
気持ちは分かる。店の品揃えが他に類を見ないほど、多種多様なのだ。
様々な食料品から豊富な種類の酒、見た目がビールらしき酒まである。僕は飲めないけど、この世界で初めて見たから、他に流通していないんだろう。
さらには、魔物の肉を扱った専門店まで見かけた。
僕は、魔物の肉なんて、と最初は思っていた。王都で開かれた歓迎会で口にした肉、牛肉のようで独特の味わいがあった。この美味しい肉の種類を聞いて驚いた。なんと珍しい魔物の肉だったらしい。あまり市場に流通することはなく、魔の森というところで取れた珍味だった。
いわゆる高級食料を扱った店という扱いなのだろう。
この通りから一本奥に進めば、今度は武器や防具を扱う鍛冶屋が立ち並ぶ。
この通りを抜けるのは大変だった。カタリナが店先に並んだ剣に釘告げになってしまい、一歩も動けなくなってしまったからだ。ミハエルと僕の二人がかりで、カタリナの首根っこを掴み、引きずるように先へ進んだ。
チラッとしか見れなかったし、僕に武器の知識はないけれど、いい武器だと直感的に思った。クリフトロックで売られていた武器よりも質が高い気がする。
「ああ〜!あの剣、欲しかった〜!」
「あなたの給料じゃ、買えないでしょ!我慢しなさい!」
「ああ〜」
カタリナの声が通りに響き渡った。珍しい光景ではないのかもしれない。町民達は気にすることなく、日常を過ごしている。
さらに、奥の通りには、夜になればネオンの光が漏れてきそうな歓楽街まであった。
この町は、初めて訪れる人にとって、刺激が強過ぎる。早く町長の家に向かおう。
※
町の中をうろついて一時間が過ぎた。
困った。全然見つからない。
普通なら目立つ場所にある大きな家が町長宅だ。この町にはそういう家がない。人目を引くのは店ばかりだ。
優しそうな女性を見つけた。あの人に聞いてみよう。
「すみません、町長の家はどちらですか?」
「え…、はい、私の家ならこの角を曲がったところにありますよ」
僕の顔を見たその女性は最初驚いた顔をしたが、すぐに笑顔で教えてくれた。
「ご丁寧に、ありがとうございます!」
お礼を言って、案内された家に向かおうとする。待てよ、今、私の家って言ってなかった?
「「今の人が町長!?」」「戻りますよ!」
大急ぎで戻ったが、既にあの女性は居なかった。その代わり、マントを付けた屈強な獣人達に囲まれた。
「こいつらが、姉さんをつけ回していた奴ですかい?」
「どうする?やっちゃう?」
何やら物騒な相談が始まってしまった。
(カタリナ、ミハエル、どうしよう…!)
(ここは、受けて立ちましょう…!!)
(流れに身を任せましょう。関係者に会えるかもしれません)
(そうだね、様子見といこう)
コソコソと密談をして方針が決まった。勇者の運命に身を委ねよう。決してノープランではない、勇者ならなんとかなるはずだ。
「ゴルァ!何を喋ってる!」
「とりあえず、ボスと姉御に判断を仰ぐぞ!」
偉い人に会えるみたいだ。話が通じる相手ならいいんだけど。
「え!? ここでやらな、モガモガ」
(静かに!)
全力で、カタリナの口を塞いで暴走を止めた。
※
獣人達に連行された先は訓練場だった。ここで日々、練度を積んでいるんだろう。
王都で毎日通っていた訓練場よりも広く、設備が充実してそうに思える。入口を潜り抜けたときに感じた違和感。周りを見渡すと、薄い膜が張ってあるみたいだ。
(魔法防壁です。この模様は初めて見ました。王都にある防壁よりも丈夫かもしれません…)
ミハエルは目を丸くしてから僕に耳打ちした。これには、驚いた。
この町は何もかも時代の一足先を行っているみたいだ。
「なんだぁ、こいつらは」
待ち受けていたのは、猪のような耳を待つ一際屈強な獣人と、やたら露出がある服装の褐色肌の女性。この女性も相当に鍛え上げられた肉体を持つのは、一目瞭然だった。
「へい、なんでも姉さんの家を探っていた奴らです」
「なんだと!? んー、この辺では見ない顔だな?ローズからも情報は入ってないし。どうするかな」
「ふーん、面白そうじゃないか!あんた達、結構やるだろ?ローズ達が帰ってくるまで、ちょっとアタイと遊んでおくれよ!
マントス、アタイが先だからね」
なんとも交戦的な女性だ。うちのカタリナといい勝負だ。
「あなたとは、気が合いそうね。ちょうど私も同じ提案をしようとしていたところよ。ふふふ」
カタリナが怪しい笑みを浮かべながら、前に出る。
あー、もういいや、どうにでもなれー。
ミハエルも呆れたような顔だ。
「ヴォルガばかり、ずるいぞ!俺だって我慢してたんだ!おし、じゃあ俺達もやるか!」
気持ちのいい笑顔で提案することじゃない。それにしても悪い人ではないのかもしれない。さすがに大怪我することはないだろう。受けて立つか、ないよね?
「逃げられないなら、仕方ないですね…」
こうして、第一戦ヴォルガ対カタリナ。第二戦マントス対僕の模擬戦が始まった。
ちなみに、ミハエルは監督だ。分析能力を存分に活かしてもらおう。




