74話 岩ノ町
「ここが、クリフトロック…」
僕は入口から谷底を覗き込みながら、そう呟く。入口は一つで、周囲は切り立つ崖。要塞のようなその町の作りは、過去に戦争があったのかと連想させられる。
一歩足を踏み入れれば、町は賑わいを見せていた。
「いい魔石揃ってるよ〜」「珍しい鉱石を仕入れたぜー」
「この町は製鉄や魔石の売買が盛んなようですね」
ミハエルの言葉に同意する。
通りの両脇には、多種多様な店が並んでいた。武器防具を扱う鍛冶屋、魔石や鉄鉱石などの原材料を売る店といった具合だ。珍しい店ばかりで目移りしていると、ある一角から一際大きな声が聞こえた。
「なんだと!?この魔の山産の魔石がそんな安く売れると思ってんのか!?この道、一筋のビクトルを舐めるなよ」
「あ、いや…その辺の魔石と一緒だろ?」
喧騒の中でも目立っていて、人だかりが出来ていた。何やら揉め事かな?
「ビクトルどうしたそんな声を出して」
「おう、ガンテツ。いや、こいつがな…」
「ふむ、なんだと!?冗談もいい加減にしろ!」
途中で合流したガンテツとやらは、話を聞いてさらに白熱したように怒りだした。
そんな二人の達者から、烈火の如く怒りをぶつけられていた若者に救いの手が差し伸べられた。
「親方〜!!」
「おう、なんの騒ぎだ?お、ガンテツ、ビクトル久方ぶりだな」
騒ぎを聞きつけた親方が駆けつけてきた。先ほどまで対応していたのは、その弟子だったらしい。
「この魔石を売りに来たら、この小僧がな…」
「何!?この馬鹿者!よく見ろ!
魔石の中に眠るこの秘めた力を!魔の山産の魔石は普通とは違うっていつも言ってるだろ!」
「だってよぉ、オラ初めて見たんだ、許してくれぇ」
「すまん、このとおりだ。買取に色をつけるから、これからもうちに卸してくれ」
ひとまず親方の謝罪で丸く収まったようだ。一安心。
「ん?おめぇさんは…」
その時、辺りを見渡したビクトルは野次馬の中から僕を見つけた。
挨拶しておくか。
「こんにちは。ヤマトに向けて旅をしている者です。一応、勇者と呼ばれています…」
未だに勇者と名乗ることに慣れない。
「勇者!? ってことは守と同郷か?」
僕の言葉に、ガンテツが反応した。
「はい、おそらく。名前からしてボクと同じ日本から来たと思います」
「おお、それだ!ニホンだ!これはめでたい!俺達の町に来るなら、ガンテツの紹介と言って町長を訪ねてくれ。今日は時間がねぇが、色々とニホンの話、聞かせてくれよな」
「その話、俺も気になるな。守の突拍子もない発想には、色々と苦労かけられたからな!」
ガンテツはガハハと大声で笑うと、陽気に去っていった。ビクトルも乗ってきた。
とにかくこれで、ツテが出来たぞ。なんだかこの世界に来てから、イベントばかりだ。これも勇者の運命なのかな。
「気持ちのいい人でしたね」「あの男、出来る…」
カタリナはなぜか戦う前提で人を見る癖があるようだ。見た目とは裏腹に、やはり脳筋。
※
その後、旅に必要な物資を補給し、町を出発した。
それからは渓谷で盗賊や魔物に襲われることもなく、目的地であるヤマトに到着した。
道中、巡回の街道警備の人達が、魔物と戦っている場面に何度か出くわした。数名がチームとなり、危なげなく魔物を倒していた。
「あのマントは…」「ええ、警備ですね、どれどれ」
ミハエルはゼフィール様から貰った眼鏡を装着する。その眼鏡は、鎖がついた片目にかける方式だ。見る者に、知的な印象を与えるだろう。分析を得意とするミハエルの能力とは非常に相性がいい。
『魔物発見!目標、ゴブリン二体!隊形A!』
『セット!前衛!』『おう!』
『後衛!左に単体魔法!』『はい!』
前衛が魔物を足止めし、指示を出している隊長は遊撃のため中衛の位置で静観。後衛が魔法で遠距離からの一撃。火の玉を直撃を受けたゴブリンは炎につつまれたまま暫く暴れた後、やがて動かなくなった。
『一体クリア!気を抜くな!』
『『了解!』』
相方を失ったゴブリンは取り乱し、手にした棍棒を振り回した。隊長が加わり、前後から挟み撃ちにされたゴブリンは健闘も虚しく、胸から生えた剣を見下ろしたまま最期を終えた。
『戦闘終了!隊列解除!警戒に戻る!』
『『了解!』』
「よく訓練されていますね。凄まじい練度です。王都の兵よりも高いかもしれません…」
「そんなに?!すごい…」
その者達は、ランティスで見たマントと同じ揃いの格好をしていた。人や獣人が混じって行動していたから、本当に共存しているんだな。
ヤマトに近くに連れて、治安が良くなってきたのも、この人達のおかげなのだろう。
ヤマトに着いたら、まずは町長を訪ねてみよう。ガンテツさんの紹介と言えばいいんだったな。
次に、スミスさんから教えてもらった店で魔石の加工だ。
町長や町の人達に会うのが今から楽しみだ。




