73話 水ノ町
「ようこそ、水の町ランティスへ」
門を潜ると運河が張り巡らせた美しい町並があった。人々は歌いながら小舟で行き交い、活気が溢れている。
町は高低差がある作りなのに、小舟で登るにはどうすればいいんだろうと、僕は暫く眺めていた。
ある小舟が行き止まりまで進むと、水中から間欠泉のように水柱が噴き出て、小舟を上層へ押し上げる。魔法が町の一部に組み込まれた調和した町だった。
僕達はある店を探していた。
風の神ゼフィール様から貰った魔石をアリオリアの宝石屋で加工出来るか見てもらったところ、うちでは出来ないの一点張りだった。成長する魔石なんて聞いたことないそうだ。
そんな経緯があって、この町の宝石屋でも話を聞いてみることになった。案内人に腕のいい職人を紹介してと頼むと、一人だけ心当たりがあると言われた。
指定された店を目指して通りを歩いていると、嫌でも気づく。
「獣人…?」
「ええ、そうですよ。王都では見かけませんが、ヤマトに近づくにつれて見かけるようになりましたね」
僕の独り言にもミハエルは答えてくれた。城でこの世界を習っていたから知識では知っていたけど、実際に見るのは初めてだった。
体格のいい獣人達は、揃いのマントを羽織っていた。町人から挨拶されているところを見ると、仲良くやっているようだ。
「おう!お前ら見かけない顔だな!」
ふと目が合った獣人の一人から話しかけられた。
「こんにちは、綺麗な町ですね。僕達はヤマトに向けて旅をしています」
「ヤマトに行くのか!?最近行ってないから羨ましいぜ。あそこは獣人にとって天国みたいなところだからな〜気をつけて行けよ!
この町で事件に巻き込まれたら俺達に言え!このマントが目印だ!じゃあ、またな!」
獣人は遠い目をしたかと思えば、マントを見せびらかせてどこかに行ってしまった。困ったら言えと言っていたから、自警団みたいなものかな?
「獣人にとって、天国…?」
「恐らくですが、ヤマトは獣人と人間が共に暮らしているからでしょうか。これは他の町には見られない特徴です。まだまだ獣人差別は根強いですからねぇ」
ミハエルも今の現状に何か思うところはあるようだ。それにしても、差別を無くして共生するウルトラC的なことを、やってのけるなんてますます守さんに興味が湧いてくる。
そうこうしているうちに、目的地に到着した。良く言えば伝統的な、悪く言えばオンボロな店構えだ。
「すみません、魔石の加工をお願いします」
奥にいる店主に声をかけて風の魔石をカウンターに置いた。
のそりと、動くのも億劫そうな店主がやって来た。ジロリと品定めをされるように、舐め回すように全身を見られた。そんな店主だったのに魔石を見つけるとの目の色が変わった。
「こ、小僧…こいつを、どこで?」
震える手で魔石を持ち上げた。逡巡したのち、悔しそうな顔をすると魔石を元の場所に戻した。
「ちょっと縁がありまして、風の神様からいただきました」
「ガハハ、普段なら冷やかしかとおっぱらうとこだがな。これを見せられちゃあ信じるほかあるまい」
「これを装備できるように加工して欲しいんです」
「…それは、出来ん」
店主はそっぽを向いてしまった。
「そうですか…、残念です。町の案内人から腕のいい職人と聞いていたので」
「昔なら、いや見栄はよそう。全盛期のワシでさえ、加工できるか怪しい代物だ。
ましてや、今は、ほれ」
手が震えている。加齢によるものではない、ケガの後遺症かな。
お礼を言って帰り支度をしていると、
「まぁ、待て。諦めるのは早い。
…ここを、訪ねてみろ」
店主は紙にサラサラと地図を書いてくれた。場所は、なんと旅の目的地でもあるヤマトだ。
「それに、今のワシでもそれくらいは修理できるぞ?」
店主は、僕が背負っていた壊れた盾を指差した。ハルピュイアとの戦いで壊れたままだった。この盾を装備していないためか、今では初見で勇者とバレることも少ない。
いつかは直さないとな、とは思っていたところだった。僕は素直に盾を差し出した。
「ほう、小僧。勇者だったのか、どうりで似ているわけだ…。
なんでもない、明日同じ時間に取りに来い」
「ありがとうございます、えーと」
「ワシは…、スミスだ」
「ありがとうございます、スミスさん。よろしくお願いします」
既にこちらに背を向けているスミスさんに挨拶して、店を出た。ぶっきらぼうな人だったけど、悪い人ではなさそう。
そのあとは時間が出来たので、町を観光して回った。
翌日、完璧に修理された盾を受け取った。スミスさん曰く、おまけを付けてやったとのこと。おまけってなんだろう。
次の町はクリフトロックというらしい。崖を利用してできた自然の要塞だ。早くも見るのが楽しみだ。




