72話 風ノ祭
風の町アリオリアまで戻った僕達を待ち受けていたのは、手厚い歓迎だった。
「勇者様〜ありがとう〜!」「風が戻ったぞ〜!」
自由気ままに吹く風。
あちこちで風車がクルクルと回っている。煙突からは煙が立ち昇る。活気が町中から溢れ出していた。
すると、レイテが突然振り向いた。
「ようこそ!風の町アリオリアへ!
勇者様、本当にありがとう。こんな光景がまた見られるなんて…」
その大きな瞳に涙を浮かべている。
ど、どうしよう。こういう時にモテる人はさりげなくハンカチを差し出したりするのかな?!僕が慌てていると、すかさずミハエルが布を渡して耳打ちしてきた。
(チャンスですよ、勇者様!女性はこういう時に優しくされると、イチコロなんですよ!ファイトです!)
ミハエルに送り出された。
「ぼ、ボクハ、ユウシャトシテ、トウゼンノコトヲ、シタマデダヨ。キレイな、マチダネー!
ハイコレ、ナミダ、フキナヨ」
ミハエルが変なことを言うから、意識するあまり変な片言になってしまった。
「ぷっ!なんですか、勇者様ったら!
ミハエル様との会話なら丸聞こえですよ?風の巫女は、風に乗せてたくさんの声を聞けるんですから」
そう言うと、レイテは声を上げて笑った。つられて僕も笑う。やっぱり女の子には敵わないな。
「風が復活したので、お祭りをやります。ぜひ見ていってくださいね!約束ですよ?」
その後、家主不在の町長宅でくつろがせてもらった。部屋はたくさんあったから、不自由なく過ごすことができた。その間、町民が訪ねてきては、ひっきりなしにお礼を言われた。
たくさんの人と話しているうちに、あっという間に夜になった。
町民の案内で、祭りの会場へ向かう。辺りは既に薄暗い。道中、どこもかしこもカラカラと風車が回っている。
「ささ、勇者様!特等席です!こちらへどうぞ!お付きの方々もこちらへ。もうすぐ始まりますよ。代々、この町に伝わる舞です」
大きな広場には特設の舞台が出来上がっていた。僕達は案内された席に腰を下ろした。カタリナ、ミハエルも興味津々といった顔だ。
ーータン、タン、タン、タン
甲高い太鼓の音が響いた。一瞬、風が止む。太鼓の音に合わせ、幕が上がった。
「「おおー!!巫女様ー!」」
幕が上がりきると、中央に白いヒラヒラした衣装を身に纏った女性が現れた。袖口から白い布が伸びているが、お腹は露出しているなかなかの衣装だ。顔は薄いベールで覆われていて表情は見えない。巫女って呼ばれてたから、レイテなのかな?
手には扇子を持っていた。巫女が腕をゆっくりと上げると、ざわついていた会場は一気に静まり返った。
ーータ、タ、タン
太鼓の音を合図に舞が始まった。
音に合わせて風が舞う。
風に合わせて布が舞う。
幻想的な舞台だ。美しい。
踊りがひと段落すると、舞台の上座から魔物のような化物が、下座からは勇者一向のような一団が現れた。ただし、勇者の仲間には異形の者もいた。肩から翼を生やした様相。今なら分かる、あれはハーピィだ。それも雄のーーハルピュイアのことかな。
ーータン、タン、タ、タ、タン
太鼓の音に合わせ、戦いが始まる。
戦況は一進一退。
太鼓のリズムが速くなるにつれ、巫女の踊りも激しさを増す。
戦いの結果は、勇者の勝利で終わった。
ーータン、タン、タ、タ、タン
太鼓の音は続いている。勇者一行と化物は別の者と入れ替わった。
今度は、さっきとは格好が少し異なる勇者と化物の戦いだ。ハーピィはいないが、異形の従者が勇者の仲間にいた。
ーータ、タ、タ、タ
太鼓の音が速くなり、戦いは激化する。巫女の舞もピークを迎えた。
化物の一撃が勇者に深々と入った。勇者一行の負けで戦いは終わる。
ーータン、タン、、タン、、タン
太鼓の音がゆっくりと、小さくなっていく。
巫女は風車のようにクルクルとまわり、やがて倒れ込んだ。
風が止み、幕が降りた。
僕は気がつけば、握り締めた手にしっとりと汗をかいていた。それだけ真剣に見入っていた。僕だけじゃない、会場にいた人達も同じだ。最初はパラパラと拍手が鳴り、すぐに割れんばかりの拍手喝采となった。
幕の隙間から、巫女がちょこんと顔を出した。
「みんなー!ありがとー!これからもよろしくねー!」
「レイテちゃーん!よかったぞー!」
凄い物を見た。カタリナは未だ口が開けっぱなしだ。
レイテは巫女服のまま、舞台から会場へ降りて僕達のところへ駆け寄ってきた。
「レイテ!凄かったよ!本当に凄かった!
レイテの踊りもキレイだったし、戦いも迫力があった!」
興奮のあまり思わずレイテの手を取り、一息に感想を言った。
「えへへ、勇者様、ありがとう。それと、みんなの前で恥ずかしいです…」
「あ…ご、ごめん!」
やってしまった。
観客の見世物になってしまった。皆がニヤニヤと笑っている。
「行こう!勇者様!」
レイテに手を引かれ、僕達は走り出した。
通りを抜けて、町を一望できる高台へとやってきた。
「ここが私のお気に入りの場所なの。勇者様に見せたくて、連れて来ちゃいました!」
目の前には、幻想的な景色が広がっていた。風車と提灯、それに風車。風は自由に、紙吹雪がキラキラと夜空を舞う。
僕は、しっかりと目に焼き付けた。
「ありがとう、レイテ。こんな景色が見れるなら、この世界も悪くないかなって思ったよ」
「ふふふ、良かった」
暫く舞台の感想を言い合ったり、トラキア洞窟の冒険のこと、僕のいた世界のことなど時間を忘れて語り合った。
「…そろそろ行かなくちゃ」
「そうだね、夜も遅い。
明日、ここを立つよ」
「うん、勇者様はみんなの勇者様だもんね」
「今日は本当に楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、風を取り戻してくれて、本当にありがとう」
別れを惜しむように僕達は帰路に着いた。
※
翌日、町民達に見送られて、アリオリアを出発した。
「私、勇者様のこと、忘れないよー!」
遠くでレイテが手を振っている。
「僕もだよ!また来るね!」
応えるように手を振り返した。
街道に戻ると、カタリナとミハエルがニヤニヤして待っていた。
「青春ですね、勇者様!」「若いっていいですね」
二人を華麗にスルーして、次の町へと進む。




