70話 死闘
「か、風魔法『風の刃』」
レイテが動揺している。
目の前に繰り広げられているのは、瞬きすら許されない高速戦闘だ。
ハルピュイアは空中を縦横無尽に飛び回りながら避ける。曲芸飛行もいいところだ。
「風魔法『風の弾丸』!」
地上から空中にいるハルピュイアに風の弾丸を打ち込むが、高速で移動する対象に対して小さな弾は当たらない。拳銃もそうだが、基本的には近距離での運用が力を発揮する。
「フハハ!遅い、遅いぞ!今度はこちらだ!そら!
風魔法『竜巻』」
小型の竜巻が現れた。
「きゃああああ!」「ぐ!」
小型と言えど、自然災害に分類されるそれは、後衛に控えていたレイテとミハエルに甚大な被害をもたらした。
レイテは竜巻に巻き上げられ、回転しながら空中に放り出された。レイテの護衛のために近くにいたミハエルも一緒だ。
ミハエルはレイテを抱えて着地、地面を転がり衝撃を逃がす。しかし、体にかかる負担は大きかった。二人分の体重がかかったミハエルは足を痛めてしまった。レイテも全身を打ってまともに動けない。
「回復されたら面倒なのでな」
やられた。
戦線を維持すための回復役、生命線を絶たれた。
頭上を取られた状態で戦っては不利な状況が続く。どうにか地上戦に持ち込めれば。
その時、カタリナと目があった。私に任せろということらしい。
今度は、僕が発射台だ。
カタリナから何か呟く声が聞こえた。
「…私の能力はしがない身体強化だった。ただ体が丈夫に、力が強くなるだけ。それでも私は愚直に磨き続けた。気がつけば学校では一番に、張り合う相手も少なくなった…。
今、私は楽しいぞ!
身体強化!!」
カタリナはさらに前傾姿勢になり、急加速する。そのまま僕を踏み台に、ハルピュイア目掛けて一気に空へ飛び出した。
「はぁああああ!!」
全体重を乗せた一閃。
しかし、直線的な攻撃は読みやすい。難なくハルピュイアの爪に阻まれた。
「ぬ!?」
思いがけない威力に、空中でバランスを崩す。その一瞬を皆逃すほど、カタリナはお人好しではなかった。
ハルピュイアとカタリナの視線が交差した。そして、立場は逆転する。
頭上を取ったカタリナは一回転した勢いを乗せ、全力で切り掛かった。
急所を狙えば防がれていただろう。
およそ体から離れた剣筋にハルピュイアは反応出来なかった。
勝ち取ったのは、片翼。
カタリナの狙いは、初めから翼だった。
片翼を失ったハルピュイアは満足そうなカタリナの口元を見た。声は出ていないが確かにそう聞こえた。
(わ、た、し、の、か、ち)
…認めよう。
この者達は強者であると。
認めよう。
この瞬間、勝負の、駆け引きに負けたと。
認めよう。
我が主人、ゼフィール様と謁見する資格があると。ただし、私を倒せたらだがな。
片翼になり、不格好な飛び方になった。飛行を維持できず少しずつ高度が下がっているのに、さっきより圧が増したのは気のせいではない。
自由落下を続けるカタリナは格好の的だ。
ハルピュイアは風の魔法を放つ。
不用意に近づかないのは、手痛いしっぺ返しを警戒してのことだろう。カタリナは守りを固め、地面に着地するまで耐えるしかない。
「羽の矢!!」
地面が目前に迫ってきたところで、ハルピュイアは残された片翼を犠牲に攻撃を放った。
どうしてもカタリナを潰したかったようだ。いくら頑丈な身体を持っていても空中では、なすすべがない。羽の矢は、カタリナに全て命中し、地面に激突。
よかった、息はあった。
全身から羽が生えているようだ。根本からは血が流れている。早急にレイテの治療が必要だ。
回復魔法の感覚は攻撃魔法とは違う。僕はまだコツを掴んでいない。軽い怪我ならまだしも大怪我は治療できない。
地面に降り立ったハルピュイアを改めて見た。
自慢の翼は片腕ごと失った。残りの片翼でさえも羽は全て抜け落ちた。そこには隻腕のハーピィが満身創痍で立っていた。
しかし、感じる圧力は増している。動けない。早くカタリナを治療しないといけないんだ。
「そこを退いてもらうよ」
「やってみたまえ」
それが戦闘の合図だった。
腕がない方の脇腹から剣で切り掛かった。隻腕で弾かれた。羽で覆われている間は分からなかったが、薄らとウロコで覆われている。このウロコが剣を弾くほど、硬質化しているのだ。
何度も剣戟を交わす。隻腕のはずが、戦況は拮抗していた。両腕が揃っていたら、初めから本気だったらと考えると恐ろしい。
僕は距離を置くためにバックステップを踏んだ。
「風魔法『風の…』」
「させぬ!!」
隻腕が伸びて僕の腹を掠めた。集中力が途切れ、魔法は不発に終わる。
発動に溜めを要す魔法は近距離戦闘に向いてないのかな。
剣で決着をつける。
僕はこの短期間で習得したすべてを使い、ハルピュイアに挑む。大振りの攻撃がきた。今だ。
頭上を隻腕が通りすぎる。懐に潜り込んだ。
ふと、目が合う。しまった、誘い込まれた。
「風魔法『風の十字架』」
頭上から地面に押しつけられる突風が吹いた。
動けない。
ハルピュイアが大きく振りかぶった。
まずい、逃げなきゃ。
ダメだ、動けない。
視界がスローモーションになる。
歯を食いしばれ。
「グフッ!!」
地面を跳ねながら吹き飛ぶ。ただの一撃で瀕死の重傷だ。粘土のようにひしゃげた盾を横に置いた。攻撃の寸前で、盾を差し込めた。これが無ければ、無事では済まなかっただろう。




