68話 風ノ祭壇
その祭壇は、ピラミッドのようだ。
頂点は平たく、貢物を置く台座が設置されている。貢物の中身は主に魔石、酒などの嗜好品を納めると喜ばれるらしい。
台座までは階段が続き、両脇には火が灯る。
「ここに魔石を置いて、と」
レイテは町長に家に蓄えられていた大量の魔石を台座の上に置いた。
何も起きない。もういいのかな?
「え!?でも!はい、分かりました…仰せのままに」
レイテが一人で喋っているように見えるが、誰かと会話してるのかな。
次の瞬間、重い何かが動く音がした。
ーーズズズ
台座がひとりでに動き、人が通れるだけの隙間が空いた。中を覗くと階段になっており、地下へと続いているようだ。
「ゼフィール様から神託がありました。勇者様に会いたい、ストレス発散に付き合えって言ってます…」
レイテは困った顔でこちらを見る。
そんな顔で見つめられても困る。しょうがない、乗り掛かった船だ。最後まで付き合おう。さすがに命を落となんてことにはならないだろうし。
「とりあえず会ってみようか」
「そうこなくっちゃ!」「まーそうなりますよねー」
カタリナとミハエルも賛成だ。ミハエルは渋々といった感じだけど。
階段を慎重に降りると、そこには地下とは思えない広大な空間が広がっていた。外のように明るく、風が吹いている。頬を撫でるような柔らかな風から肌を突き刺す鋭い風と、まるで意思を持つかのようだ。
道らしき標の周囲は切り立った崖で、谷間のようになっている。
ーーピイイィィィ
独特な風切り音が聞こえた。
「勇者様!後ろ!」
レイテが叫ぶ。
振り向くと目の前に鋭利な爪が迫っていた。咄嗟に左手の盾を構えた。
甲高い音と衝撃。
王から賜われた盾は無事に僕を守ってくれた。無理な体勢で受けたためか左手が痺れている。
「勇者様!大丈夫ですか?!」
「大丈夫、心配ないよ。この盾とレイテのおかげだよ」
空を見上げると、美しい女性が空を飛んでいた。両手は翼となっていて、服かと思ったそれは全身が体毛で覆われている。
足は鋭い鉤爪、さっきはこれにやられたんだろう。
人の言葉を発することはなく、金切り声に近い音だ。
その女は、まるで小手調べだと言わんばかりにこちらを見渡すと、再度降下の姿勢に入った。
「ハーピー、です。風の下級眷属で、魔物に近いです。お爺ちゃんから伝え聞いてはいましたが、初めて見ました…」
眷属ということは殺さない方がいいんだろうな。僕としても知性はなさそうだが見た目が女性の魔物を手にかけるのは抵抗がある。
先の不意打ちでは遅れを取ったが、今度は何一つ見逃さない。
「分析学習」
筋肉の動き、降下の軌道まで、よく見える。鉤爪の接触に合わせて、剣の腹で思いっきり叩いた。
「ピュアピィピィ!!!」
ハーピーは横からの衝撃にバランスを崩し、地面に投げ出された。
素早くカタリナが駆けつけ、ハーピーを見下ろしながら悪そうな笑みを浮かべた。
「ピ、ピィ…」
哀れなハーピーは乱暴に気絶させられた後、グルグル巻きに縛り上げられた。これじゃあどちらが襲われた側か分からないな。
渓谷を進むと、今度は二体のハーピーに襲われた。またもやすごい美人だ。
一体を僕が、もう一体をカタリナとミハエルで受け持つ。ハーピーは先ほどの戦いを見ていたのだろう。容易に攻撃を仕掛けては来ず、機会を窺っている。使い勝手のいい遠距離攻撃を持ち合わせていない僕達は牽制くらいしかやることがない。
その均衡を破った者がいた。
「風魔法『風の刃』」
レイテの魔法だ。
半月を描くような湾曲した風の刃は、二体のハーピーに命中した。
一体は直撃を受けて撃墜。もう一体は直撃を逃れ浅く入っていたが、翼を傷つけられたためか変な飛び方になっていた。
「やっぱり…。魔法が強くなってる…」
レイテはまじまじと自身の手を見比べてそう呟いた。
「パーティの仲間を強化する、これが僕のもう一つの能力なんだ」
「すごい…すごいです!さすが勇者様です!」
レイテから急に尊敬の眼差しを向けられた。今まで情けないところばかりだったからか、少し照れる。
ほどなくして我に返ったハーピーが血相を変えて突貫してきた。相方が居なくなったからか、分が悪いと感じたのか、短期決戦を挑む。
もうタイミングは覚えた。
盾は要らない。
僕は両手で直剣を握り直すと、野球の素振りのように思いっきり踏み込んでフルスイングをかました。もちろん剣の腹を向けて。
鉄の塊を脇腹に受けたハーピーは降下の勢いも相まって、ひどく鈍い音が響いた。
制圧完了。
レイテの魔法が直撃した方の損傷は激しいが、二体ともちゃんと生きている。さっきと同じように簀巻きにして先を急ぐ。
それから何度もハーピー達の襲撃にあっては、撃ち落とし簀巻きにする、を繰り返した。そして、二十体を超えたころ、やっと渓谷の終着点に到着した。
奥に両開きの大きな深緑色の扉が見える。
一つ問題があるとすれば、巨大なハーピーらしき人影が扉の前に陣取っていることだ。
これまでに見たハーピーはすべて女性だったが、あれはどう見ても男だ。しかも筋骨隆々、鉤爪は大きく鋭い。そんな異質なハーピーが腕を組みながら目を瞑り扉の前で静止していた。
「どう見ても扉を守るボスだよね?」
どこか否定して欲しいと思いながら、誰にでもなく独り言になった。
「私が一番に切り掛かっていい?」
「明らかに今までとは違いますね。強敵です」
「あれは、雄のハーピー…お爺様のお話にも出てこない眷属です。どんな力を持っているか分かりません」
カタリナは一旦無視するとして、レイテの先祖でさえ、ここまで進んだ人は居なかったのかもしれない。
慎重に近づくと、その異質なハーピーは目をかっと見開いた。
「我が名は、ハルピュイア!
お主達、我が主人と対面するにふさわしいか、試させてもらおう!さぁ、剣を抜くがいい」
バサっと大きく翼を広げた。
空を駆ける大翼、凶悪な鍵爪、人の言葉を話す知性を持つ怪物との戦いが始まった。




