67話 風ノ洞窟
僕達はトラキア洞窟に足を踏み入れた。
風が洞窟内に反響し、怪物の唸り声のような音がする。洞窟内には苔が淡く光っており、その光源を頼りに奥へ進む。
「トラキア洞窟には魔物が出現します。
風の祭壇まではコボルトなどの比較的弱い魔物しか出ませんが、その奥には強力な魔物が生息していると聞いています」
レイテは先導しながら、説明してくれている。
コボルトは、初めて戦う魔物だ。
「コボルトは洞窟内に好んで住むゴブリンに似た魔物ですね、私達であれば問題にもなりませんよ」
コボルトの姿に考えを巡らせていると、ミハエルから捕捉が入った。ゴブリンと似ているなら問題ないと思う。
僕はレイテに気になったことを聞いてみた。
「ミハエルありがとう。僕はこの世界に来たばかりだから、知識に疎いんだ。
そういえば、レイテは戦えるの?」
「そうなんですね!これからはもっと丁寧に説明しますね!
私は風の巫女です。巫女は催事の際。風の祭壇まで祈りを捧げに行きます。道中出現する魔物を倒しながら進むんです。
私に風魔法を使わせたら、なかなかですよ?」
魔法…!
城にいる間に知識として勉強はしたが、ちゃんとした魔法はまだ見たことがない。パーティを組めばもしかして僕にも使えるのかな。
「頼りにしてるよ。それなら、この洞窟を攻略する間、パーティに入ってくれないかな?試したいことがあるんだ」
「はい、喜んで」
レイテがパーティに加わった。
これで僕の能力なら魔法が使えるはずだ。
僕は目を瞑り、呼吸を整えた。
目を開け右手突き出し、こう叫んだ。
「いでよ、風魔法!!」
洞窟内に声だけが反響した。
…何も起きない。
恥ずかしさだけが込み上げる。
ーーギャアギャ
そればかりか声に釣られて、コボルトとコウモリがこちらに近寄ってきた。
踏んだり蹴ったりだ。
「…風魔法『風の矢』」
レイテの掌から不可視の力の塊が発出された、と思う。風の矢は魔物に命中し、断末魔と共に魔物は動きを止めた。
「すごい…。僕にもに使えるはずなんだけど、やり方を教えて欲しい」
「凄いのは勇者様です。それが勇者様の能力なのですね?
私は風魔法でよければ喜んで。
まず魔法を放つ前に、体の中の魔素を感じ、手に集めます。そして、一気に掌から外に出すイメージで、『言霊』を唱えることで風魔法は発現します。集中力が最も重要です」
風魔法の場合は飛ばす魔法が多いらしい。一方で土魔法や木魔法は壁や生やすといった使い方もあるそうだ。
うーん、魔法は奥が深い。
気を取り直して、もう一度、まずは魔素を感じるところから。
ここまでは分かる、能力を発動する感覚に似ているからだ。この体内の魔素を手に集める感覚をまずは掴むんだ。
四苦八苦すること、小一時間。
「勇者様!すごいです!手に集まっています!普通はこの感覚を掴むだけでも一年は練習するんですよ!」
「気に抜くと、せっかく集めた魔素が散らばってしまうね」
コツが掴めたところで後は実践あるのみだ。魔法は能力発動に比べて難しいけど、その分強力な武器になるはずだ。戦闘中に試していこう。
暇を持て余し模擬戦を始めていたカタリナ、ミハエルに声をかけ、探索を再開する。
※
やはり実践では練習のように上手くいかない。コボルトやコウモリのような弱い魔物でさえ、勢いよく迫ってくると焦りが生じてしまう。
だから、僕は、目を閉じた。
カタリナとミハエルとの付き合いは短いが、二人のことは信頼している。もちろん、その強さも。
だから僕は、魔法を撃てる。
「…風魔法『風の矢』!!」
レイテのような単体を対象にした魔法の規模とは異なる。
それはまるで城攻めを目的としたバリスタのような攻城兵器だ。周囲の魔物を巻き込み、それでも威力が衰えずひたすらに突き進む。
洞窟の壁面まで到達すると、激しい音を立てて壁をえぐり、静けさがやってきた。その通り道に残されたのは激しく損傷した魔物の死骸だけだ。
「え、何この威力?!私の魔法と全然違う!!」
興奮するレイテの声を聞きながら、僕は立つことが出来ず、思わず座り込んでしまった。
お酒を飲んだことはないけど、二日酔いってこんな感じなんだろうな。視界がグルグルと回って気持ち悪い。
「ゆ、勇者様!?大変!」
「いけません!少々値は張りますが、背に腹は変えられません、これを。魔素回復薬です」
ミハエルは自身のポーチから小瓶に入った紫色の薬を取り出した。
「それは!お爺ちゃんの給料、一月分で買える薬…」
高価な薬なんだな。レイテが羨ましいそうに見ている。よし、飲むぞ。
でも、すごく嫌な臭いする。少しだけ味見程度に飲んでみた。
「苦い!これ凄くまずいよ…」
「我慢してください!一気に魔素を使って空っぽの状態なんですから、ある程度補充しないとまともに動けませんよ」
どうしても飲まないと先に進めないのか。
ええい、僕は一気に小瓶の薬を飲み干した。
「うへー」
苦くて、すっぱくて、生臭い。
想像もしようがない味だ…。今度から魔法を使う時は気をつけよう。魔素の制御がうまく出来ないと、またありったけの魔素を使ってしまいそう。
気を取り直した僕達は、奥へと進んだ。レイテが催事で使っていた祭壇まであと少しだ。




