66話 風ノ町(二)
「風が…、何も感じない…どうしよう!」
レイテが慌てふためいている。
ーードォン!
同時に、町長の家の方角から大きな破壊音が聞こえた。
「町長の家に行ってみよう!」
僕はレイテを連れて、急ぎ向かう。
「町長を出せ!」「話が違う!」「俺達の風が…どうしてくれるんだ!?」
到着すると、現場では暴動が起きていた。
家の周りの塀は破壊され、警備の者が暴徒をなんとか引き留めているが、突破されるのは時間の問題だった。
「皆さん!落ち着いてください!」
僕は声を張り上げた。震えずに言えた自分を褒めてやりたい。
「誰だ…もしかして勇者様…?」
「勇者様だと!?」
みんなから視線が集まる。緊張する。
「これから僕が町長と話してきます。皆さんここは一旦引いてください」
人垣をかき分けて進む。警備に当たっていた男は僕を救世主かのようにお礼を言い、道を開けてくれた。
「やや、勇者さま!民衆を追い払っていただきありがとうございました!あいつら散々いい思いをさせてやったのに、風が止んだ途端に掌を返しおって…」
邸宅の奥からは悪態をつきながら、小太りな男が現れた。どこかに隠れていたのか、汗びっしょりだ。
「追い払ってのではありません。一旦帰ってもらったのです。僕が町長から直接話を聞くために」
僕の心に火が灯った。
「話ですか…ええ、そうですね。助けていただいたお礼もあります、何でもお話ししましょう」
先ほどから汗が止まらないのか、ハンカチで拭ってばかりだ。
「どうして代々続けてきた祭りや供物を辞めてしまったのですか?風の神ゼフィール様の怒りを買うとは思わなかったのですか?」
「う、どうしてそれを…?
そこの娘の入れ知恵ですかな?」
町長は僕の後ろに控えているレイテをギロリと睨む。肥えた顔といい、ギョロっとした眼球は、まるでガマガエルのようだ。
「これには深い訳がありまして、そこの娘とジジイが私を陥れて町長の座を狙っていたんです!証人もいます!」
勝ち誇った顔で高らかにそう宣言する。
「そんなことしてません!私とお爺ちゃんは、皆のためを思って!」
「怪しい者を捉えました」
その時、いつの間にか居なくなっていたミハエルが戻ってきた。憔悴した小男を連れている。
「この男から聞きました。町長から金を貰って、嘘の証言をした、と。そうですね?」
「はいい!その通りですう!嘘の証言をしましたあ!」
すっかりミハエルに怯えている。この短時間で何をしたんだ?しかし、これは好機。
「…嘘をつきましたね。自身の私利私欲のために何の罪もない人達を騙して。許せません!」
「くそ、あんだけ金を払ったのに使えないヤツめ!もういい!であえー!」
のそりと奥から柄の悪い二人組が現れた。一人は長身で痩せ型、もう一人は背は小さいがガッシリとした体格だ。およそ暴力を生業にしているのだろう。いずれにしても外に居た警備の男達とは明らかに雰囲気が違う。
「カタリナ!ミハエル!」
「待ってました!!難しい話は分からないけど、こいつらを倒せばいいんでしょ!?任せて!」
「こういうのは苦手なんですけどね」
カタリナは剣を抜くと、迷わず小さい男の方に突撃した。屈強なカタリナは力勝負に強い。ちゃんと役割は分かってるようだ。
小さい男は手斧を取り出す。
剣戟が始まった。見た目に反して、この男は器用なタイプだったようだ、カタリナがタタラを踏む場面があった。カタリナの剛力を上手く受け流している。
それもいつまでもは続かないだろう。カタリナの本気はまだまだこんなものじゃない。
「あ、兄貴!コイツ、やりますぜ!」
分が悪いとみた小さい男は兄、長身の男に助けを求めた。
兄弟が背中を合わせて仕切り直しかと思われたが、兄の長身の男は音もなく崩れ去った。その胸からは長剣が生えていた。
「ぐはっ!み、見えなかった、ぞ」
「あなたの構えは無駄がありすぎます。それでは自ら死角を増やしているようなものですよ」
ミハエルは剣を引き抜くと、何度か振るい、血を飛ばした。
「ひ、ひい!お助けを!」
弟の小さい男は武器を捨て、縮こまってしまった。
「またミハエルに負けた!勝てない…」
カタリナも床に手をついている。
「降参するなら命までは取らない。知ってることは全て話してもらうけどね」
「へ、へい。
アッシ達兄弟は汚れ仕事専門。町長の依頼で、事故に見せかけてあの娘の両親を襲ったのもアッシらですわ。脅かすくらいにしたのたのですが、まさか死ぬとは…。
一緒にいたジジイは怪我で済んだみたいですがね」
「なんですって!?パパとママは、あなた達が…」
レイテは驚きの声を上げた。大きな瞳に復讐の炎が燃え上がった。
「ひ、ひい!ええい、そこをどけ!」
町長は太った体から想像できない素早さで、裏口から外へと逃げ出した。
「待ちなさい!」
レイテを筆頭に町長の後を追う。小さい男の見張りはミハエルに任せて僕達もレイテの後に続いた。
「町長が裏口から逃げたぞー!」「逃すか!」
住民に見つかり、あっさりと捕まった。その体躯では長時間は走れない。
「皆さん!町長の罪はすべて明るみになりました。
処罰は後にして、これから私は勇者様達と『トラキア洞窟』に行って、風の神ゼフィール様に会ってきます。また町に風を、お願いしてきます!」
(後でお礼はするからお願い、勇者様!)
レイテから小声で耳打ちされた。
これも人助けだ、仕方ない。決してかわいい女の子にお願いされからじゃないよ。
呼応するように僕は剣を空に掲げた。
「おおー!!」「勇者様も同行してくださるぞ!」「レイテ、頼んだぞー!」
「おお、楽しそうなことなってきた!」
「やれやれ、まだ旅は始まったばかりだというのに」
カタリナとミハエルには苦労をかける。
こうして、僕達はトラキア洞窟へと向かう。風の神ゼフィールと会うために。




