64話 初戦
西に伸びた街道を歩く。
王都を出発してから、三日が経過した。道中、魔物や盗賊に襲われることはなく、順調に進んでいた。
この日も夕暮れ時になり、今夜の野宿先を物色していた時のことだった。
「あ、あれは!?」
一番先に僕が見つけた。子供くらいの身長に、緑色の肌、汚れた腰布。それは真っ先に名前が浮かんだ。
ーーゴブリン
「ゴブリン!左右に一体ずつ、二体!気を抜くなッ!」
ミハエルが普段の丁寧な口調から、短く要点だけを伝える口ぶりに変わっている。戦闘モードなんだろう。
「うらああああ!」
抜刀した直剣を担ぎ、カタリナが左のゴブリンに目掛けて真っ先に走る。そのまま速さを殺さずに肩口から一刀両断。
二つに分裂したゴブリンは何もできずに、ただ崩れ去ることしかできない。
次は僕の番だ。ゴブリンと対峙し、腰の鞘から剣を抜く。体が硬直して、もたついてしまう。
ゴブリンと言えば魔物中では弱いと聞いていたが、命のやり取りをするのだ。その行為に強い弱いはない。
「ふっ、ふっ」
脈が速い、短く呼吸を繰り返す。
魔物とはいえ、初めてこの手で生き物を殺す。
「ゲギャギャ!」
ゴブリンも簡単にはやられまいと必死に粗末な棍棒を振り回す。
その棍棒を左手の盾で受ける。甲高い音を立てて弾く。衝撃は少ない、力は強くない。
返す刀で、切り返す。が、攻めきれない。
「浅いか!?」
「グ、グギャ!」
手傷を負ったゴブリンは、逃げようと及び腰になっている。
「に、逃がさない!」
剣筋なんてない、ただ力任せに剣を振るっただけ。不格好もいいところだ。
「ハァハァ、感触がまだ手に残っている。
気持ち悪い…。ゴブリン一匹にこの有様か、魔王なんて倒せるのかな」
「ゆーしゃさま〜」
二人が追いついた。ゴブリンを追いかけるうちに二人から離れてしまっていたようだ。
「…ごめん。全然周りが見えていなかったよ。あと、ゴブリンに手こずって面目ない」
ただの高校生だった自分を勇者として信じてついて来てくれた二人に申し訳なさを感じてしまい、頭を下げた。
「「ブッ!」」
二人は顔を見合わせ、同時に吹き出した。
「あ、頭を上げてください!誰でも初戦はそんなもんですよ!私は一人で仕留めきれずに教師の手を借りて留めを刺しましたよ」
「わ、私も初めてはダメダメでした!一撃で倒せずに、二撃で…」
ミハエルはカタリナの口を押さえた。彼女なりの励ましのつもりなんだろう。二人とも優しいな。
「カタリナは肝が座っているね。その点、僕は…」
「アワワワ、ゆ、勇者様!あの、ほら」
「勇者様、要は慣れです。
命のやり取りでの経験値は訓練の何倍も成長の糧になるでしょう。一つ、気になったのですが、先ほど私達の能力は使っていましたか?」
慌てるカタリナを放置し、ミハエルは僕の失敗を指摘する。
「…使ってなかった、と思う。緊張のあまり大事なことを忘れていた。教えてくれてありがとう」
「そうそう、勇者様!魔石は回収しましたか?
そのままにして放っておくと、ゾンビやグールといったアンデットになったり、他の魔物が捕食して強化される場合もあるので、出来るだけ回収するのが一般的です。売ればお金にもなりますからね」
ミハエルの教えで、ナイフを使いゴブリンの亡骸から魔石をえぐり出す。丁度、へその辺りにあった。
魔石は混濁したやや緑色をしている。綺麗とは言えないけど、初めて拾った魔石だ。大事にしまった。
その夜は、夕食時に反省会を開いた。冷静に考えると、他にもやらかしていたことに気づく。
寝具に横になると、目の前には満点の星空が広がっていた。
夜空に浮かぶのは赤と白、二つの双月。
異世界に来たんだ、と改めて実感する。今日ゴブリンから拾った魔石を取り出して、何となく月にかざしてみた。中で混濁した影が動いたような気がした。
不思議な感覚。
もっと強くなろうと心に決めた瞬間だった。
※
翌日、街道を歩いていると、日がまだ高いうちに一匹のゴブリンを発見した。
「集団からはぐれた個体でしょうか。いずれにしても単独とは珍しい」
人間がパーティを組むように魔物も集団で行動することが多い。数というのはそれだけで強いのはどの世も同じか。
今回は昨日のリベンジだ、一人で戦わせてもらおう。
「僕に任せて欲しい」
ゴブリンと対峙するが、二回目となると昨日ほどの緊張感はない。
落ち着いて能力を発動する。
「分析学習」
動きが手に取るように分かる。
ゴブリンは棍棒を振りかぶるが、それが振られる前に持ち手に刺突を入れた。
「ゲギャ!?」
痛みに思わず棍棒を落とすゴブリン。武器を失った哀れなゴブリンは、自身が獲物となった。丸腰の相手に剣を振るうのは少し気が引けるが、この先こういうことにも慣れないといけない。心を鬼にして、剣に力を込める。
「…ふうぅぅ」
首から上下に別れたゴブリンが、後ろに倒れこむ。僕の勝ちだ。
「勇者様、やりましたね!」
「二回目にして一撃とは、なかなかですね…むむむ」
ミハエルは手放しに褒めてくれた。カタリナはなぜかライバル心を燃やしている。彼女の性格が読めない。
ゴブリンから手早く魔石を回収。
もうすぐ町に到着だ。久しぶりにふかふかのベッドと美味しい食事にありつける。僕達の足取りは軽かった。




