62話 勇者ノ能力
最初に案内されたのは、神秘的な建物だった。光が空中で乱反射して、キラキラと空間が輝いている。
その美しさに見惚れていると、先を急ぐように急かされる。
案内された小部屋には、位の高そうなシスターが待ち構えていた。ここは教会か。
「こ、これは…!」
誘導されるがままに怪しげな水晶に手をかざすと、三回、水晶の色が変わった。
「初めて見る能力です、まさに勇者に相応しい…。
一つ目は『仲間強化』、恐らくパーティメンバーの能力を底上げするものでしょう。
二つ目は『能力共有』、予想にはなりますが、傾向からしてパーティメンバーの能力を行使できる、というものではないでしょうか。
最後の『帰還』、これがよく分からない。二つ目まではパーティメンバーがトリガーになっていましたが、これは個人の能力のようです。いずれにしても検証が必要ですね!」
「「おおー!」」
落ち着いた見た目とは裏腹にシスターは興奮のあまり声が上ずっている。
護衛についてきた兵士達からは歓声が上がった。当事者である僕自身はあまり実感がない。いきなりあなたの能力はこれです!って突きつけられても、ピンとこないよ。つい一昨日までは魔法なんて無い、安全な日本にいたんだから。
「早速、王に報告するとして、能力の検証に入りましょう!」
護衛の兵士の一人である、青髪の女性はカタリナといったか。俺の手を引いて、訓練所まで連行された。華奢な見た目なのにすごい力だ、全く振り解けない。途中から諦めてされるがまま手を繋いでいた。側から見たら姉と弟のように見えなくも無い。
「さあ、構えてください!こう見えても私は訓練学校を首席で卒業したんですよ!どこからでも掛かってきてください!」
見た目は可憐、中身は脳筋。
何を言っても通じなそうだ。
「本当に強引だね…。能力なんて、どうやって使えばいいんだ…」
「え、使えないんですか!?
勇者様!こう、ふんって感じですよ!」
剣を片手に、空いた手で拳を作り力いっぱい振り下ろすカタリナ。天才と馬鹿は紙一重と誰かが言っていたが、この時何となく理解した。
僕が困り果てていると、訓練所にもう一人の兵士が入ってきた。気がつけば、周りにギャラリーが集まってきている。
「カタリナ、それじゃ誰も分からないよ。
初めまして勇者様、ミハエルと言います。宜しければコツを教えて差し上げますよ」
柔らかい物腰の青年だ。金髪で甘いマスクの顔はさぞかしモテるだろうな。
「げ、ミハエル!勇者様は私が…」
「ぜひお願いします」
間髪を開けずにミハエルの提案に乗る。
「そんな…」
「カタリナ、誰にも向き不向きはあるから、君は天才肌タイプだろう。私はなんとか訓練学校を次席で卒業できたけど、大変だったんだよ」
どうやらミハエルは苦労人らしい。辛かった日々を思い出すようにどこか遠くを見つめていた。
「さぁ、始めましょう。先ほど勇者様の能力はパーティを組んで発揮されると予想できます。まずは私とパーティを組みましょう」
パーティ!ゲームではここでアイコンが出るはずだけど、何も起こらない。
「あの、どうやって…?」
僕は恐る恐る聞いてみた。すると、ミハエルひ嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれた。
「ああ、そうでした。説明が遅れました。
パーティを組むのに特別な契約は必要ありません。
まず、ホストとなる人がメンバーを勧誘し、そのメンバーが同意すればパーティ結成です。パーティの人数に制限はありませんが、四人から六人くらいまでが一般的ですね。
パーティを抜ける時は、メンバーが抜ける意思を示したら簡単に抜けられます」
なるほど、そういう仕組みか。パーティを組むことで色々な恩恵がありそうだ。そうでなければ、わざわざこの面倒な仕組みが世間に浸透するはずがない。
「ミハエルさん、僕のパーティに入ってくれませんか?」
さっそく勧誘してみた。
「ミハエルでいいですよ。はい、もちろんです」
僕自身は…特段変わったとは思えない。
「これは…!?すごい…力が湧いてくるようだ」
ミハエルは自身の両手を見つめながらそう呟いた。
「勇者様、すごいですよ。恐らくこれが一つ目の能力、仲間強化なのでしょう。パーティを組むことで適用されたのですね」
「私ばっかり仲間外れにしないでっ、よっ!」
痺れを切らしたカタリナが訓練用の木剣で切り掛かってきた。
その剣筋をミハエルは冷静に受け流す。最初はカタリナが攻めていたが、何度か剣戟を交わすうちそれは拮抗し、最終的にはミハエルに軍配が上がったようだ。
「負けた…ミハエルに負けた」
カタリナが地面に手をつき、落ち込んでいる。
「私は、訓練学校時代ほとんどカタリナに勝つことはありませんでした。これが勇者様の力なのですね。凄まじいの一言です」
「僕自身の力ではないから。ミハエルの努力が身を結んだだよ」
「…勇者様。
と、ところで私のタレントはご存知ですか?今の勇者様にピッタリだと思いますよ」
「そうか、二つ目の能力だね。たしか、『能力共有』だったかな」
「私は、負けないぞ!」
ゆっくりと立ち上がったカタリナが今度は僕に向けて切り掛かってきた。剣なんて触ったことも振ったこともない素人だ。
一瞬で勝負が決まる、と思っていたんだけど。
「なんで、勝てないんだよぉ!」
半泣きになりながらも、正確無比な剣筋で木剣が振るわれる。
最初の一撃を防いだのは、偶然だろう。咄嗟に上げた手に剣が握られていて、たまたまそれで防げただけだった。
ただし、それからは実力でカタリナの攻撃を防いでいた。時には受け流し、時には躱し、剣を交わした時間はゆうに一時間は超えようとしていた。
「これが、私の能力『分析学習』です」
それまで見守っていたミハエルが声をかけてきた。二人の息が上がり、動きに精彩を欠いたタイミングだった。
「本来は長い時間をかけて相手の動きを分析し予測するものですが、勇者様の場合は分析し自身の動きに取り入れるまでに昇華しているようですね。全く末恐ろしい、さすがは勇者様です。カタリナの人間離れした動きとそっくりでしたよ」
「なるほど…、確かにこの能力は今の僕にピッタリだね」
「ハァハァ、勇者様、まだ勝負は…」
最後まで言い終わる前に、カタリナは倒れた。
「た、大変だ!」
「いつものことですよ、彼女は倒れるまで訓練するんです。後は私がやりますので、また今度お会いしましょう。今日はありがとうございました」
ミハエルはペコリと頭を下げると、慣れた様子でカタリナを背負い、医務室まで運んで行った。
カタリナとミハエルのおかげで能力を把握することができた。
「すごい…、これが僕の能力か。
でもこれって、一人じゃ何も出来ないじゃないか!?」
訓練所に僕の悲痛な叫びが響き渡った。




